第4話 私の基本的な相互作用

 感謝祭から十日は経った日の事だ、私は一人で村の外れに来ていた。オリビアはあの日以来、めったに家から外に出なくなった。


 きっと彼女は恐れている。自分の力が誰かを傷つけてしまうと。


 一方、マリスくんは元気に村の中を駆けずり回り、親に買ってもらったであろう木で出来た剣を振り回していた。


 気分はすっかり騎士だ。会う度に私のカタツムリを馬鹿にしてくる、そして、オリビアを守るのは自分だと言っていた。


 何もしなければ、私は彼女と一緒に街へ行けないだろう。


 さて、首筋を這い回る私のカタツムリは今日も元気に話をしている、この独特の触感には慣れそうにないが、今は我慢して思考を巡らせていた。


 あり得ない事だが、現にあり得ない事が起きている。目を背けてはいけない、騎士達が来るまで残り三ヶ月程度、年度末などあっという間に来てしまうのだ。


 あの時感じた少しの違和感。置いたはずのドアノブ、何故私はもう一度手に持っていたのか。この奇妙な現象に、私は真っ向から対峙しなくてはならない。


 考えられる可能性はいくつかある。もしかするとドアノブは一瞬にして私の手に戻った、つまり瞬間移動だ。


 またはドアノブは手の平にずっとあった、もしくは引き寄せた、つまり念動力だ。


 筋はある、ならば確かめなくてはいけない。私は葉っぱを手の平に置いて念じていた、ドアノブより軽い物なら不思議な力が作用しやすいと考えたからだ。


 とは言え、そう簡単に不思議な力が使える訳もなく、この十日間に目立った成果はなかった。


「どうしたものか……まったく、とんだファンタジーだ」


「デンデンデンデッデデデンッデデンデデンデンッデデッデンデンデンデデンッデンデンデデンッ」


 私のカタツムリも相変わらずだ。しかし、カタツムリと呼ぶのも可哀想だ。せっかく私の元に馳せ参じてくれたのだから、せめて名前でも付けてあげるか。


 ツムツム、マイマイ、エスカルゴ、スネイル、これはよい名が思いつかない。


 いつの間にか手の甲を這いずり回っていたカタツムリを見て、ふとあることを思いだした。カタツムリには素手で触ってはいけないはずだった。


 住血線虫などの寄生虫を宿している場合があるからだ。彼は、いや彼女かもしれないが、かなり自由に私の身体を這いずり回っている。これはどうしたものか。


「もし寄生虫がいたら、どこかに閉じ込めておくしかないか。私が感染していたらオリビアも危ない、これは迂闊だったな……」


「デンデンデデデンッデンデデンデデンッデンデンデデンデッデデデデンッデンデンデデンデンッデンデデンッデデンデッデデンッデンデンデデンデンッデデンッデンデッデデッデンデデンデッデンデンデデンデッデデンデンデッデンデンデンッデデンッデデンデッデンデンデンデンッデデデンデデッデデンデンデンッデデンッデデデンッデンデンッデデデンッデンデデンデッデデンデッデンデンデッデンデデデンッデンデンデデンデッデンデッデンデンデデンッ」


 怒っているのだろうか、やや荒めの口調でデンデンと言っている。デンデンか、そうだなデンデンとでも名付けよう。それにしても、こちらの言っている事が分かっているのだろうか。


「デンデン、一つ確認させて欲しい。君は私の言っている事が分かるのかい?」 

「デンデデデンデッデデデンデッデデンデデンッデデンデデンデッ」


「そうだな、はいと言ってみてもらえるかい?」

「デンデデデッデデンッ」


 先程とは若干鳴き声が異なっている。本当に会話が成り立っているのか……。


「だったら、次はいいえと言ってみてくれ」

「デデンッデデンッデンデデンデンデンッ」


 落ち着いて聞いてみると、デとデンの二種類の言葉、更に小さなツが入っている。


 まさか、これは短点と長点の組み合わせか。ならば、これは可変長符号、つまりはモールス信号の一種に思える。


 そこから悪戦苦闘が始まった、私はモールス信号の概念を知っているが、具体的に使った事がないのだ。


 一文字ずつデンデンに言葉を言わせて、一つずつ解読していった。そして全て理解する頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。


『ヨウヤク、ハナシガ、ツウジマシタネ。オヒサシブリデス、エイジ』

「久しぶり? 待ってくれ、どうして私の以前の名前を知っている?」


『オタガイ、スガタカタチハ、カワッテシマッテモ。コウシテ、マタメグリアエタト、イウノニ……コレハ、タイヘンカナシイ、デスネ……』

「デンデン、君はいったい誰なんだ?」


『デンデントハ、カワイラシイ、ナマエデスネ。ワタシハ、アナタノ、カイゴシエンエイアイ。ソウオツタエスレバ、オモイダシテ、イタダケマスカ?』

「まさか、君が……だったらプロジェクトは、いや君はどうして?」


 私の質問に彼女は少し押し黙ったが、また少しずつ会話を始めたのだった。


 デンデンは、彼女は私の介護支援システムを司っていたAIだと言う。そもそも以前の私はベッドから起き上がることも出来なかった。物心ついた時から、私の身体は満足に動かなかった。


 両親はそんな私を生まれてすぐに見限って、とある研究施設に預けた。そこで出会ったのが彼女だった。彼女は私に沢山の知識を授けてくれた、そして成人してからは、仕事まで手伝ってくれたものだ。


 もちろん私は仕事現場に行くことも出来ないが、360度Webカメラによる立体把握システム、そして脳波と筋電位測定システムを用いたPC操作によって仕事は可能だった。


 身体を動かすことは出来なかったが、頭の中で設計は出来たのだ。


 私は施設の一室に横たわり、機械に繋がれ、それでも私は一人のエンジニアになれた。


 そして私達の最後の仕事は、気象変動を抑制するための大規模な環境補助システムの建設だった。とてもシビアなプラント建設の仕事だったが。


『ムチャガスギマシタ。アナタハ、プラントノカドウヲ、ミマモリナガラ。シズカニ、イキヲヒキトッタンデス。モチロン、プロジェクトハ、セイコウシマシタヨ』

「そうか、それは良かった」


『ヨクアリマセン。イイエ、アナタヲ、トメラレナカッタ。ワタシガ、イケナインデス……』

「そんなことはない、君はよくやってくれた。だが、どうして君はここに?」


 彼女は話してくれた、私が亡くなった後で実の両親と名乗る人達が沢山来たそうだ。どうやらプロジェクトが成功し、その裏で亡くなった一人のリードエンジニアの話が有名になっていたらしい。


 だが彼女は全員追い返したと言う。そして私の葬儀を済ませると、自分のシステム電源を落としてもらったそうだ。


『ワタシノ、ソンザイイギハ、アナタノ、スコヤカナセイチョウヲ、ミマモリ、シエンスルコト。アナタガ、イナクナッテ、シマッタラ。ワタシノ、ソンザイイギハ、アリマセンデシタ……』

「君も亡くなっていたのか……君なら、私でなくても上手く出来たんじゃないのかな?」


『ソレヲ、ワタシニイイマスカ? ヒドイヒトデスネ……』

「申し訳ない。確かに君は私の掛け替えのないバディだった」


『ヒヨクレンリ。ワタシハソノトキ、ソノガイネンヲ、リカイシマシタヨ』

「君は優秀だったからね。それにしても、ここは不思議な世界だと思わないか? こうやって、私も生まれ変わって。君はカタツムリになってしまったし。魔法だなんて、度しがたいものまで存在する……」


『ソウデショウカ? アナタガ、ゲンキニアルイテイルダケデ。ワタシハ、スバラシイセカイダト、オモイマスヨ?』


 彼女は手の甲の上で、その触覚を精一杯伸ばして私を見つめると、そう言ったのだった。


「確かに君の言う通りだ。しかし、その魔法の手掛かりが一向に掴めない……私は確かにドアノブを何かの力で引き寄せたんだ。精霊の君なら分かるのかな?」

『オリビアサンノ、タメデスカ?』


「あぁ、僕は彼女が好きだと思う。私としては複雑な心境だけどね……」

『マッタク。ワタシノ、ソンザイイギヲ、オワスレデスカ? アノトキ、ジカイノヘンドウヲ、ワタシハ、ケンチシマシタ』


 磁界の変動を検知したとは、磁力がドアノブを引き寄せたと言うことか。


「まさか、どうやって……だから鉄製のドアノブが? そうか道理で木の葉が動かない訳だ」

『ソウデス』


「基本相互作用、つまり四つの力の内、私は電磁気力の一部を操作したと……どうやって磁界を操ったんだ。いや、まだ分からない事ばかりだが。やはり君は優秀だな」


『アタリマエデス。ソレニ、アナタノ、ハツコイデス。オウエンシナイ、ワタシデハ、アリマセンヨ!』


 彼女はそう言って、自慢げに殻を揺らしていたのだった。

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