宇宙ビジネス

 資本主義に一筋の光明を見出すとすれば、無尽蔵の資源が眠る宇宙というフロンティアが残されていることである。もし人類が宇宙に飛び出すことができるなら、飽くことを知らず拡大を続ける資本主義に無限の市場を提供することが可能になる。IT産業で成功を収めた起業家や莫大な資産を保有する大金持ちの中には、この点に着目し、すでに事業を展開している人たちがいる。テスラ・モーターズのCEOイーロン・マスクは、宇宙空間への物資や人の輸送を担うスペースXを立ち上げた。同社は火星探査や火星への人類の移民を将来的な目標として掲げ、NASAの輸送業務を請け負うなど、着実に宇宙での事業を推し進めている。Amazonの創業者ジェフ・ベゾスはブルー・オリジンという宇宙ベンチャーを主催する。氏は「将来的に地球を救うには宇宙を活用しなければならない」と語り、地球文明の宇宙への拡張を構想する。Xプライズ財団を創設したピーター・ディアマンディスは、賞金コンテストというツールを用いて宇宙産業の振興を図る。その発想の原点は、1927年に開催された賞金コンテストでチャールズ・リンドバーグが成し遂げた大西洋単独無着陸飛行である。地球資源への依存を非効率とする氏が目指すのは、宇宙資源の探査と開発だ。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグは、人工衛星、ドローン、レーザー技術などを組み合わせ、これまで十分なサービスが受けられなかった地域へのインターネットインフラの構築を進める。さらに、これらの企業家を支える投資家も存在する。スティーブ・ジャーベソンは「宇宙産業はネットの黎明期と同じ状況にある」と捉え、ベンチャーキャピタルのDFJを介してスペースXやプラネットに投資を行っている。氏はイーロン・マスクの宇宙ビジネスが破綻しかけた際に、陰で事業を支えたと言われる。

 世界に名を馳せる資産家がこぞって宇宙ビジネスに財を投じるのは、無限の広がりを持つ宇宙には人類のいまだ知らぬ世界が隠されているからである。人跡未踏のフロンティアを開拓する事が彼らの夢とロマンを掻き立てるのである。そして、それぞれが人間社会における稀有の成功者として、地球資源の枯渇という現実を前に絶滅の淵に立つ人類を救おうという使命感を抱いているに違いない。”Noblesse Oblige”に根ざす彼らの思いは本物だ。しかし、彼らを突き動かしているのはそうした善意ばかりではない。資本主義という枠組みの中で行き場を失った富をどこに振り向けるかを考えた時、はじき出された答えが宇宙だったのである。先に述べた通り、資本主義の本質は資本を増幅させる事にあり、その要求を満たし続ける為に人類が宇宙に進出することは必然的帰結とも言える。危険な旅には違いないが、宇宙というフロンティアを開拓する事ができれば、人類は半永久的に増殖し、繁栄を続けることが出来る。逆に言えば、資本主義に代わるより合理的な社会システムを構築しない限り、人類は宇宙に活路を見出すしかないということだ。

 最後に、日本に目を向けてみると、いくつかの企業が本格的に宇宙ビジネスに参画している。欧米や中国と比べるとやや遅れをとっている感は否めないが、高い技術力を誇るこの国ならではの取り組みがなされている。2007年には、H2Aロケットの打ち上げサービスがJAXAから三菱重工業に移管され、打ち上げ成功率やオンタイム打ち上げ率においては高い水準を誇っている。キャノン電子は大きさ50×50×85センチメートル、重量65キログラムの小型衛星を開発し、2017年にインドからの打ち上げを成功させている。将来的には一機の販売価格を10億円以下に抑えることを目標に製造手法の確立に努めている。堀江貴文が立ち上げたインターステラテクノロジズは小型衛星を低軌道に投入する為の専用ロケットを開発中で、費用低減の為の量産化を目指している。その他、衛星軌道上のデブリを取り除くサービスを提供するアストロスケールや、月・惑星探査用の小型ローバーを開発するispace等のベンチャー企業もある。ispaceは月面探査レース「グーグル・ルナXプライズ」に参加するHAKUTOの運営母体で、将来的には超小型宇宙ロボットを惑星に送り込み、人類が宇宙生活圏を築くことを構想している。同社はまた、ルクセンブルク政府と提携し、同社の月面探査ローバーに先方の開発した質量分析計を搭載するなど、グローバルな事業展開にも着手している。

 2016年現在の宇宙産業の市場規模は、情報通信や地球観測を含む衛星サービス、衛星の製造、ロケットの打ち上げ、ネットワーク設備や衛星放送設備を含む地上設備等を合わせて3391億ドル程度であるが、多業種が注目する産業分野である。すでに具体的なビジネスを展開する企業が存在する一方で、いまだ未開拓の分野が多く残されており、地上のような地理上の制限がないことを考えれば、ビジネスの裾野の広がりは無限大である。ここでいち早く宇宙事業に参画し、フロントランナーとなることができれば、企業としての今後の発展は計り知れない。そして、これから宇宙事業に参入するのであれば、事業発足当初からグローバル市場を見据えて計画を立てる必要がある。宇宙事業の推進には異業種間の連携が不可欠になるため、狭い国や地域で独自に研究・開発を進めるよりも、より広い分野の知見や技術を共有できる世界を舞台に事業を展開するほうが理に適っている。宇宙探査機を小惑星帯まで飛ばし、サンプルを採取して地球に帰還させるというミッションを世界で初めて成功させるなど、高い技術を誇る日本と、他分野で先行する世界が手を組めば、宇宙開発はますます加速する。

 物流業に限って見ても、ロケットの量産が可能になれば、大量の物資を地球から宇宙へ輸送する事になる。衛星軌道から月や惑星へとビジネスが展開していく中で、物流サービスが全産業の根幹を支える要となる。そして、より安く、より安全に宇宙にアクセスする手段として、宇宙エレベーターという構想も最早夢としてではなく、現実的な問題として議論されるべき時が来ている。ロケットの量産化と高頻度での定期的な打ち上げについては、すでに計画の段階から実行の段階へと移行しつつある。投下すべき資本があるのなら、後発の企業や投資家はその先を見据えて新規事業に臨まねばならない。物流界が新たに踏み込む事業の一つとして、「宇宙エレベーター」には一考の価値がある。

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