物流の未来
人類の繁栄を維持するという意味において、資本主義が最早恃むに足るイデオロギーでないことは明らかだが、現在のところこれに代わる有力な経済システムは提示されておらず、資本主義と結びついた市場経済とともに発展してきた物流界が今以上の発展を遂げるためには、新たな価値の創造が不可欠である。大量生産・大量輸送・自由貿易により、モノの移動を活発にするという従来の発展モデルが通用しなくなることは、資本主義の行き詰まりを見れば明らかである。資源の節約、輸送コストや人件費の削減、また、タイムロスの削減等の観点から、地産地消が推奨される現在においては、全体的な経済活動に占める物流の割合はむしろ縮小していくと考えられる。これは農産物に限らず、工業生産物にも当てはまる話で、例えば、多くの自動車メーカーが国内だけでなく海外にも生産拠点を有している。人件費や為替リスク、輸送コストを削減し、経営の合理化を図る上でメーカー企業としては当然の施策であるが、物流界には逆風となる。となると、今後いかに新たなサービスの形を創出していくかが、物流界の発展の鍵となる。
近年の技術の進歩は社会に大きな変化をもたらした。特にAIやロボット工学の進歩は目覚ましく、今後様々な分野でオートメーション化が進むと予想される。物流に関する分野では、例えば、宅配サービスにスーパーコンピューターと自動運転車を併用することで、短時間により多くの荷物を届けられるようになる。宅配における最短ルートの算出は難しい問題で、配達件数が増えればその組み合わせの総数は指数関数的に増加する。さらに現場では、配送先の間の距離、積荷の量や荷降ろしの作業時間、交通量など、さまざまな条件を加味しなければならない。実用に耐えるレベルでこの計算を行うことは、従来のコンピューターでは不可能であった。富士通では同社が開発したスーパーコンピューター「京」が8億年かかる計算を1秒で出来るコンピューター「デジタルアニーラ」を開発中である。これはデジタルコンピューターに量子コンピューターの理論を組み込んだもので、実用化されれば、これまでは時間がかかりすぎた計算を瞬時に実行でき、状況の変化に応じてリアルタイムに最適ルートを提示することが可能になる。これをマザーコンピューターとして個々の配達車を集中管理すれば、配達件数の増加にも対応でき、昨今問題になっているドライバーの過重労働の軽減にも繋がる。さらにマザーコンピューターと自動運転車を直接繋げば、ドライバーの手を介する必要さえなくなる。自動運転車については、自動車会社だけではなくグーグルなどの新規参入企業が開発を進め、すでに実用段階に入っている。
また、荷物の配達に機動性の高いドローンが導入されれば、地上の道路を車で走って荷物を届ける方法は時代遅れになるだろう。荷物の集積所から顧客の指定する場所までオンデマンドで荷物を届けることが出来れば、宅配ロスの削減にも繋がる。一般家庭の庭やマンションの屋上などに専用の宅配ボックスを設置すれば、受取人の不在時にも配達が可能になる。宅配ボックスにパスコードで開く蓋をつけ、ドローンの側にパスコードを入力して蓋を開ける装置をつけておけば、盗難を予防することも出来る。
或いは、ウーバーのタクシー配車サービスのように、スマートフォンを利用してサイバー空間と現実世界をつなげるサービスは、物流の世界でも応用が可能であろう。
めまぐるしく変化する時代の要請に応えて、新しい形態の様々なサービスが生み出されるだろう。しかし、こうしたサービスは普及するにつれて付加価値が下がってゆく。新サービスが生み出す付加価値には賞味期限があり、企業は常に新しいアイディアを創出し、新たなサービスを提供し続けなければならない。賞味期限が切れる前に大きな利ざやを得るためには、異業種間の連携が必要になる。上記のように様々なアイディアが提示される中で、取捨選択がその企業の向かう方向を大きく左右する。何に投資をし、どういった相手と手を組むのか、企業経営の手腕と先見の明が問われる問題である。
結局のところ、企業が発展を続けるためには、資本主義を土台とした従来の発展モデルを踏襲して行かざるを得ないのかも知れない。そして、グローバル化が進む現在、日本に留まっていては大きな成長は見込めない。世界を見据え、ビジネスの芽を見逃さぬよう目を光らせておくことが肝要である。日本に他国よりも優れた物流システムがあるのならば、それを海外に移管することで事業を拡大することも考えられる。ただ、現在のビジネスにはスピードが欠かせない。より便利で汎用性の高いサービスを、いかに他社よりも速く展開するかが勝敗の分け目となる。世界を相手にするとなると、市場の奪い合いは一層苛烈になる。全体的な合意を重視する日本の企業風土は、素早い決定を要する局面においては不利に働く。スピード感のある事業展開が出来る体制作りも一つの課題である。
物流ビジネスが外側に向かって発展していく資本主義の宿命から逃れられないとすれば、次なるフロンティアはどこに見出せるであろうか。物流は実物経済に属する事業分野である。IT産業との連携は不可欠としても、あくまでも物資の輸送こそがその存在意義である。地図上のフロンティアが最早存在しないのならば、それ以外の場所を探すしかない。今や物質世界(マテリアルワールド)において人類に残されたフロンティアは海底と宇宙だけである。そして、物資の輸送という面でより大きく発展する可能性があるのは宇宙であろう。現在、宇宙と地上を行き来する手段はロケットしかなく、ロケットを使って物資を輸送することがビジネスの第一歩となる。ロケットの開発を行っている民間企業に出資し、ロケットの使用権を得るのも一つ、自社ロケットを開発して自前で宇宙と地上の輸送路を開拓するのもまた一つの方法である。
面白いところでは、宇宙エレベーターなどという、かつてはSFの中でしか聞かれなかったようなアイディアが現実的な問題として議論されている。宇宙エレベーターの原理は単純で、地球の重力と遠心力が均衡する地点に浮かぶ静止軌道衛星から地上に向かってケーブルを伸ばし、カウンターバランスとして反対側にも同じ長さのケーブルを伸ばす。こうして地上までケーブルを伸ばし、その上をエレベーターが移動するという仕組みである。このケーブルには地球の重力と遠心力に耐える強度が必要であるが、すでに日本においてこの強度を備えたカーボンナノチューブが開発されており、技術的な課題はクリアされている。この方法ならば、ロケットのように大量の燃料を使用することなく地上と宇宙を行き来することができ、より低コストでの物資の輸送が可能になる。莫大な投資が必要になるが、資本を持つ大企業が長期的な計画を立てて臨めば、実現は不可能ではない。複数の企業が参画する合同事業とすることが現実的な方策となろうが、参加した企業には、使用権の独占をはじめ将来的な発展を見込める投資となるだろう。
今後、市場の伸びきった地上ビジネスにおいては、新たな価値を創出した者が勝つという状態が続くと予想される。既存の企業は合併・吸収を繰り返し、次々と形を変えてゆく。この状態を抜け出すのは、リスクを負ってでもいち早く宇宙ビジネスのような壮大な新事業に乗り出す企業ではないだろうか。
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