資本主義の暴走
EUの行き詰まりは、資本主義の限界を如実に物語っている。資本主義は市場の拡大を命題とするが故に、開拓すべき市場を失ったとき、社会にひずみを生む。この図式はそのまま世界に当てはめることが出来る。世界に生じたひずみは、格差という形であらゆるところに顕在化している。サイバー空間に流れ込んだ資本は実体を伴わない金融取引の果てに一部の人間の手に集約され、集まった資本は雪だるま式に膨れあがってゆく。しかし、実体を伴わない金融の世界でいくら富を蓄えたところで、投資先がなければ資本としての意味をなさない。現在成功を収めているかに見える投資家は、行き場を失った資本をただ吸い上げているだけとも言える。数字上のお金をいくら持っていても、実際には使い道がないのである。富を数字で表すことを可能にした貨幣は、隔世の発展を遂げたとは言え、それ自体は価値を持たないという本来の性質は変わっていない。お金はモノに変わって初めて意味を持つ。とすれば、実体を伴わない金融市場にお金が流れ込む現象は、ある意味では、実体経済の健全性を保っていると見ることが出来る。もし金融市場でだぶついている資本が実体経済に環流すれば、極端なインフレが起こり、経済は大混乱に陥るだろう。現在金融空間をさまよっている資本は価値を失いつつあり、問題が生じるのは、実体経済と金融経済の結びつくところということになる。
資本主義は、人口増加や格差拡大、物質主義、科学万能主義など、人類が抱える諸問題を増大させてきた。19世紀の時点ですでに資本主義の限界は指摘されていたが、20世紀、共産主義国家の出現により資本主義圏対共産主義圏の構図が成立し、第二次世界大戦後、資本主義の孕む諸問題が顕在化することはなかった。冷戦という危機的な状況は、見方を変えれば、相反する二つのイデオロギーが互いの暴走を食い止めていた時代と見ることが出来る。拮抗する東西両陣営が絶妙のパワーバランスを保ち、世界経済の発展に寄与した。ただし、より大きな進歩を遂げたのは資本・民主主義陣営であり、共産・社会主義陣営は衰退の途をたどった。ベルリンの壁崩壊、ソビエト連邦解体に象徴される共産主義の凋落は、資本主義の復権を促した。そして、対抗する経済システムを失った資本主義が暴走を始めたのが21世紀である。ナショナリズムが台頭し、帝国主義的姿勢を露骨に示す大国の外交政策は、資本主義に潜む暴力性の顕現と見ることが出来る。自国第一主義を掲げるアメリカや、ウクライナに侵攻するロシア、国際法を無視して海洋進出を進める中国など、自国の外側に向かう発展形態は、資本主義の悪弊を示す典型例である。ドナルド・トランプの大統領就任後勃発した米中貿易摩擦は、要するに市場の奪い合いであり、関税障壁の引き上げにより自国産業を保護し、同時に自国市場を囲い込むという意味を持つ。しかし、いくら市場を囲い込んだところで、市場が拡大するわけではない。技術革新により新たな製品やサービスが生み出されれば、確かにそこに新たな市場が生まれるが、それは単に取引されるモノが入れ替わるだけで、人々の、或いは企業の消費活動が無限に増大するわけではない。地図上のフロンティアを失った現代においては、取引されるモノが何であれ市場はすでに伸びきった状態にあり、実質的な市場の拡大は不可能な局面に入っている。恒常的な人口増加により、当面市場は拡大し続けるであろうが、極端な人口増加は人類の破滅を招く。たとえ意図的にではなくとも、資本主義の要請に応えて人口を増加させる人類は、自らの首を絞めているに等しい。
さらに、個々の社会においては格差問題が深刻の度合いを増し、今や格差社会から階級社会へと時代を逆行するような兆候さえ見られる。その根本にあるのが教育格差の問題であるが、親の収入の多寡によって子供の受けられる教育サービスが異なるという現象が現実に起こっている。高収入の親を持つ子弟は質の高い教育を受けることができ、社会的にも高い地位に就く可能性が高くなる一方、低収入の家庭の子弟は充分な教育を受けることができず、生涯低い地位に甘んじる事を余儀なくされる。では、高い教育を受けたエリート層に属する人たちが資本主義の猛威を免れる事ができるかといえば、必ずしもそうではない。19世紀イギリスで人々を苦しめた労働時間の問題が、現在21世紀の日本において再燃している。1日14時間以上の労働という悪夢はすでに現実のものとなりつつある。どの階層に属していようと、企業や社会が資本主義の権化であり続ける限り、誰もこの現実から逃れることは出来ない。
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