ハロウィン事件

砂漠の使徒

Only Trick

「あとは、お菓子を準備して待つだけだね♪」


 シャロールが玄関にカボチャのライトを置く。


「そうだな」


 お菓子はここに……。


「あ、しまった!!」


「どうしたの、佐藤?」


「お菓子を買い忘れた……」


「ええ!?」

「今家には一つもないから買ってきてって……!」


 仕事帰りに買うつもりだったんだけど、忘れてた。


「本当にすまない」

「どうしようか……」


「今から買いに行ったんじゃ」


 コンコン


「間に合わなかったな……」


「とりあえず……」

「はーい!」


 僕達は玄関に向かう。


「トリック・オア・トリート!」


 玄関を開けると、予想どおりのセリフが聞こえた。


「お菓子をくれないと、イタズラしちゃうぞ!」


 いつもなら、お菓子を渡す。

 子供たちは喜んで帰るだろう。


 だが、今年は……。


「ごめんね、みんな」

「お菓子を用意してないの」


 そう告げるや否や。


「え!」


「なんでー!」


「そんなー!」


 次々と不満の声が上がる。


「明日上げるから、今日のところは……」


「だめ!」


「お菓子ほしい!」


 う〜ん、困ったな。

 どうしたら納得してくれるかな。


「それじゃあ、イタズラしてもいいの?」


 誰かがこう尋ねた。


「え、いや、それはー……」


 まあ、理屈は間違ってないけど……。


「そうだよ!」


「イタズラしよう!」


「ねぇ、なにする!?」


 あー、これはまずいな。

 する方向に話が進んでる。


「ねぇ、佐藤」


 シャロールが小声で話しかけてきた。


「お菓子を用意し忘れた私達が悪いんだし、少しくらい付き合ってあげない?」


「まぁ……そうだな」


 仕方ない。


「よーし、それじゃあどんなイタズラがしたいか、言ってごらん」


 可能な限りだが、答えてあげるよ。


「こちょこちょ!」


「それがいい!」


「笑わせたい!」


 思ったよりマイルドなイタズラで安心した。

 あとは。


「どっちにこちょこちょしたい?」


 要望があれば聞くけど。


「シャロールさん!」


「シャロールお姉ちゃん!」


「シャロール!」


 人気だねぇ……。

 さすが僕の自慢の奥さんだ。


「だってよ、シャロール」


「……わかった」


 シャロールは、微笑んで少し腰を落とす。

 子供たちがくすぐりやすいようにだ。


「えい!」


「どうだー!」


「あはは! はは! ふふふ!」


 体を震わせて、悶るシャロール。


「もっともっとー!」


「も、もうやめてー!」

「わ、笑い死んじゃうー!」


「みんな、もうそのへんにしてやるんだぞー」


 シャロールは、笑いすぎて涙目になっている。


「そ、そうだよー!」


「わかったよー」


「おわろー」


「楽しかったー」


 イタズラを終えた子供たちは満足そうだ。


「さあ、気が済んだらそろそろ……」


「佐藤さんもー!」


「ええ!?」


 僕も!?


「佐藤兄ちゃんも!」


「やるやるー!」


「いや、それは……」


「そうだそうだー!」

「佐藤もやっちゃえー!」


「シャ、シャロールまで……!」


 わかったよ。

 僕もやらなきゃ平等じゃないもんな。


「どんなイタズラするんだ?」


「戦いごっこー!」


 それはもはやイタズラなのか……?


「倒しちゃえー!」


「覚悟しろー!」


「おっとっと……」


 突然飛びかかってきた子供たち。

 三対一での相撲が始まった。

 でも、これくらいならなんてことない。

 僕は勇者だから。


「くっ、手強い!」


「さすが魔王佐藤!」


 いや、勇者なんだが……。


「これでどうだ!」


「痛っ!」


 僕の足に痛みが走る。

 誰かが蹴ったのだ。

 たまらずしゃがみ込む。


「ふはははは!」


「まいったか!」


 お前ら……。

 いくら子供だからって、こんなことしてただですむと思うなよ……。


「こらー!!!」


 ほら、家の真の魔王が降臨したぞ。


「いくらなんでも、人を傷つけるのはダメ!」

「イタズラも度が過ぎると、いけないよ!!」


「あ……」


「ごめんなさい……」


「もうしません……」


 申し訳無さそうな顔。

 反省してるな。

 シャロールの言うことなら、素直に聞くんだよなー。

 いかにも子供らしい。


「君たち、他の家にも行くんでしょ?」

「早く行きなさい?」


「はーい」


「いこっか」


「バイバイ、シャロールと佐藤!」


 やっと子供たちは、去っていった。


「やれやれ……」

「家に入るか」


 僕は立ち上がる。


「ねぇ、佐藤大丈夫?」


 隣ではシャロールが心配そうに見つめる。


「ああ、大丈夫さ」


 これくらいなんてことない。

 それより、僕はいいことを思いついた。


「それならよかっ……」


 僕は素早く彼女の口を塞ぐ。


「これは僕の、君へのイタズラさ」


 ふふ、かっこよく決まった。


「……そのイタズラ、よくやるよね」


「……」


 あれ……?

 今日はいつもと違って、不満そう。

 なにか不手際が……。


「シャロール……ごめ……」


 と言いかけたときだ。

 今度は彼女が僕の口を塞いだ。

 珍しく彼女から。


「えへへ、びっくりした?」

「これは私からのイ・タ・ズ・ラ♥」


 悪魔の微笑みを称える彼女に、僕の心は揺さぶられた。


「お菓子、用意しとけばよかったなー」


 わざと言ってみる。


「えー、なんでー!?」


 途端に彼女は、普段の顔に戻った。


「だって、イタズラされちゃうだろ?」


 こうして、いつもと違うハロウィンは幕を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハロウィン事件 砂漠の使徒 @461kuma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ