6.少女の思い その2

 目を覚ますと夜明けはとっくに過ぎて、陽は真上に昇ろうとしていた。

 深い眠りの中で身動きすらしていなかったのか身体の節々が痛む。部屋を出ると誰の姿もなく、少女達は出かけてしまったようだった。

 無言の感謝の意を表すために持ち金の半分をテーブルの上に置き、イングヴァルは彼女達の家を後にした。

 森を抜け、とにかく町の方に向かう。

 やらなければならないことは分かっていた。

 教会の男と元仲間に復讐を果たす。それは自分の中にある確定事項だった。

 しかしそのことに迷いを持ち始めているとイングヴァルは感じ取っていた。

 だが立ち止まってしまえば、この旅の意味を失う。


 惑いながらも町に向かっていたイングヴァルは近づく人の気配に足を止めた。咄嗟に茂みに身を隠し、その気配が通り過ぎるのを待つ。

 やって来たのはリリーとデイジー、ヤネンだった。

 会話はしていなかったが何やら険悪な雰囲気が漂っていた。

 彼らの姿が見えなくなるまでやり過ごし、イングヴァルは来た道を戻った。三人が家の中に入っていくのを確認したイングヴァルは気配を消して窓に近づき、室内を窺った。

 

「どうしてあのよそ者を泊めたんだ! デイジーもなぜそれを許した?」

 

 怒号のような声を響かせたのはヤネンだった。それにデイジーの声が続いた。

 

「あたしはリリーがそうしたいって言ったから同意した。もちろん反対したい気持ちはあったけど、あたしはリリーの言うことを何でもかんでも反対する訳じゃない。あんただってそうでしょ? ヤネン」

「それはそうだが、だからってよりにもよってあいつを泊めるなんて……二人はあいつのことを何も知らないから……」

「確かに知らないけど、ならあんたは知ってるって言うの?」

「それは……俺だってよくは知らないけど……」

「何なのそれ? 言ってることが支離滅裂だよ。あのさ、ヤネンは一体あたし達にどうしろっていう訳? なんかさぁ、あたし達のすることにいちいち干渉してくるのもやめてくれない?」

「俺はただ二人のことを心配して……」

「心配してるのはリリーのことだけでしょ? あたしのことなんでどうでもいい、顔にそう書いてあるよ」

「俺はただ!」

「ねぇ、二人とも少し落ち着いて。ここで喧嘩しても何にもならないよ。私は行く所がなくて困ってた彼女を助けたかっただけ。彼女はもう出ていったし、二人が言い争う必要ももうないよね? だけどヤネン、どうして連のことをあいつだとか、そうやって悪く言うの? 彼女のこと、連のことを本当は何か知ってるの? 彼女と以前何か……」

「あいつは昨日、俺を殺そうとしたんだ!」

 

 男の声とテーブルを叩く音が響いた。それに返す少女達の言葉はなく、息を呑む気配が続く。

 暫しの沈黙の後、ヤネンの声が届いた。


「あいつは昨日、いきなり俺に刀を突きつけて殺そうとした。酷く凶暴な奴なんだ……頼む、リリー。あいつとはもう関わらないと言ってくれ。いや、それじゃ駄目だ。今すぐ俺と一緒に町を出よう。あいつはまた俺を狙ってくるだろうが、死に物狂いで逃げればきっと大丈夫だ。この町を出ても俺は君のために一生懸命働く、絶対苦労させたりしない。だから一緒にこの町を出てくれ!」

「ヤネン……」


 男は少女の両肩に手を置いて必死な説得を重ねている。だがその表情には躊躇と戸惑いだけがあった。


「リリー、一緒に来てくれるよな?」

「それはできないよ……ヤネン」

「ど、どうしてだ?」

「デイジーを置いてはいけないよ。私達は血の繋がりはないけど家族だもの。それに私はこの脚では遠くには行けない。ヤネンがもし逃げようとしてるなら、私はいつかきっと足手まといになる」

「そんなことはない! 何があろうと俺が君を守る! 見捨てたりなんかするものか! デイジー、君からも言ってくれ! 二人が家族と言うなら、リリーが幸せになることが君にとっても望むことじゃないのか?」


 それまで無言だった少女は突然言葉を向けられ、隠しきれない動揺を顕している。返された言葉は彼女らしくもない、辿々しいものだった。


「あ、あたしは……これからもリリーと一緒にいたい……」

「デイジー! 君は!」

「それにヤネン……あんたはあの娘のことをよそ者と言ったけど、あたしにとってもあんたはよそ者だ……そんな相手とリリーを一緒に行かせるなんてできない……あんたはあの娘から逃げようとしてる。だけど、それってどうして? 向こうだけが悪いように言ってるけど、本当は逃げなければならないことを、あんたがしたからじゃないの……?」

「そ、それは……」


 少女から向けられた言葉に男は黙した。

 イングヴァルは会話が途絶えたの確認すると家の傍を離れた。

 デイジーに問い詰められ、ヤネンはより一層逃亡を図ろうとするに違いなかった。

 迷いはあっても自分の中にある殺意はまだ消えてない。

 間もなく男は肩を落として家から出ていった。

 イングヴァルはその背を見送ると森の草陰に身を潜め、暗くなるのを待った。

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