4.二人の男 その2

 三人は町外れに向かっていた。

 デイジーが前を歩き、その少し後ろをリリーとヤネンが歩いている。

 語らう二人の様子を見ていると、彼らが恋仲であるのはすぐに察しがついた。

 ヤネンは見た目こそ変わってなかったが、タトゥー以外にギャング時代を思わせるものは何もない。

 脚の悪いリリーを常に気遣うその姿は、元ギャングであることを窺わせないほど優しげなものだった。  

 

 三人は目的地に着くと草の上に布を広げて、昼食を摂り始めた。

 楽しげなその姿を陰から眺めていたイングヴァルの耳に連の声が届いた。


『イングヴァル、何をするつもりだ?』

「心配か、連。俺が一体何をしでかすか」

『……』

「そっちの思ってる通りだよ。なぁ連、俺はあいつにどう報復すればいい? あいつの大事なあの娘を妹と同じ目に遭わせてやればいいか? そして奴の絶望する顔を見ながら喉元を掻き切ってやればいいか?」

『……本当に、そう思っているのか』

「……どうかな? でもまぁとにかくまずあいつに話を訊く。なぜまだ生きてこの町にいるのか、どうしてあの男のいるこの町にいるのか、それを訊く」 

 

 しばらくすると彼らは昼食を終え、後片付けを済ませると別れの挨拶をして各々の方角に歩いていった。少女達は森の方に向かい、ヤネンは町の方へと戻る。

 イングヴァル再びヤネンを追い始めた。町に戻ったヤネンは教会の前を通り過ぎ、町の反対側にある建物に入っていく。建物は何かの作業場らしかった。中を覗くとヤネンを含めた四人の男達が働いている。作業場には熱した鉄を叩く音が絶え間なく響いていた。ギャングだった男は過去を捨て、この町でまっとうな職を得て真面目に働いているようだった。


 イングヴァルは傍の物陰に身を潜めて仕事が終わるのを待った。

 日が暮れるとようやくヤネンが作業場から出てきた。仕事仲間との会話を盗み聞きして今から一人で酒場に向かう情報を得る。前を行く男の背後を再度追いながら、イングヴァルは機会を窺っていた。

 

 辺りは夕闇に染まり始めていた。

 それまで通りを歩いていたヤネンがひと気のない細い脇道に入る。

 一段と薄暗がりになった周囲に他に人影はなく、イングヴァルは一気に距離を詰めた。

 闇に紛れて男の肩を背後から掴み取る。相手は驚いてこちらを見るが、その腹部に刀の柄を叩き込んだ。呻いて前屈みになった身体を蹴り、地面に押し倒す。

 慌てながら起き上がった相手の喉元にイングヴァルは刃先を突きつけた。


「……なっ、何だ? お前は何……」

「イングヴァル」

「な、何だって?」

「お前の元仲間の名だろ? その男は死んだ。死んだ理由はお前も知っている。だから訊く。なぜお前は生きている? 〝彼〟はお前も死んだと思っていた。お前が今も生きてここにいる理由を答えろ」

「ど、どうしてお前がそれを……」

「なぜなのかを言う必要かあるか? 俺はすぐにでもお前の首を刎ねたっていい。それでもお前はその質問を繰り返すか? それとも答えはお前が大事にしているあの少女に訊けばいいのか?」

「や、やめろ! リリーは何も知らない! 関係ないんだ!」

「だったら早く質問に答えろ、長くは待たない」


 男はがっくりと項垂れた。見知らぬ東洋の少女に刀を突きつけられ、戸惑いながらも元々抵抗の意を見せていなかったが、リリーの存在を切り出したことで心が折れたような表情を浮かべた。

 諦めたように地面に尻をつけると、こちらを力なく見上げた。


「俺は、あいつに……イングヴァルにある仕事を持ちかけた。奴はもう足を洗ってたが、快く引き受けてくれたよ。だけど誓って言うが、俺が話を引き受けた時も奴に仕事を持ちかけた時も、俺はあんなことが後に起こるなんて全く知らなかったんだ。あの日、顔に疵のある男ともう一人の男が俺の前に現れた。そいつらは取引詐欺の男とあいつの居所を吐けば、命は取らないと言った。それで俺はその通りにした。だから今も生きてる」

「あの男、エイデンとはどういう繋がりだ?」

「エイデンは疵のある男と一緒に来たもう一人の男だ……俺はあいつらの言う通りにしたのに、結局疵の男は俺を殺そうとした。でもエイデンがそれを止めた。その後は俺をこの町に連れてきてくれた。死ぬはずだったのに死ななかった俺は、これが自分に与えられた新たな人生なんだと思った。だからこの町に来てからは真面目に生きて、今は好きな女もできた。なぁお前は一体何者なんだ? 俺はお前なんか知らない。それにお前の望む質問には答えたろ? だったらもうリリーには手を出さないでくれるよな?」


 イングヴァルは無言で相手の言葉を聞いていた。

〝与えられた新たな人生〟とこの男は言った。

 その贈り物はこの男には与えられたが、自分には与えられなかった。

 いや、与えられはしたが、それはいつまで続くかも分からない不確定なものでしかなかった。

 自分と彼、この差は一体何なのだろう。


 イングヴァルは目の前の男を見下ろした。

 こちらを見上げる男の目には自身の命を乞うより、愛する少女を守ろうとする思いがある。

 だがそんなものは自分には関係なかった。そんなものは無用な情でしかない。

 

 イングヴァルは相手の喉元に突きつけた刀身に力を込めた。

 男は目を閉じる。

 しかし彼が再び目を開ける前にイングヴァルはその場を立ち去っていた。

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