9.二つの復讐 その2

 金属がぶつかり合う音が部屋中に響いた。

 半蔵は振り下ろされた刃を銃身で防御していた。


 掌から溢れる血も気にせず、刀を押し返すと引き金を引く。

 照準が定まっていなかった弾は身を引いた連の髪を撥ねただけだったが、気を抜く間もなく次の銃弾が来る。

 狭い部屋に立て続けに轟音が響き、鼓膜を抉る音は行動の意思も抉り取ろうとする。

 その中を駆けたイングヴァルは再度距離を詰めると、今度は相手の喉元に刃を突き出した。


「小娘が!」


 しかし僅かに肉は削げたが、それ以上は躱される。

 逆に銃把で頭を殴られ、衝撃を食らう。よろけた所に体当たりも食らわされ、床に倒れる。

 すぐに起き上がったが、直後その床に硝煙が上がった。


「なぜ俺を狙う!」

「半年前、墓地の管理人一家を皆殺しにしたのを覚えてるか!」

「ああ、自分でやった殺しは忘れねぇ! 娘と、年寄りと、若い男がいたやつだ!」

「お前は誰を殺した!」

「女はゴートが犯してってた。だから俺は年寄りを撃ってやった。墓穴の底でみっともなく命乞いをしてきたから、慈悲深く楽にしてやったよ!」


 脳裏に叔父の死に顔が蘇った。

 イングヴァルは掘り起こされた怒りを消すことなく、相手に斬りかかった。

 相手の銃に装填可能な弾は六発、届いた銃声を差し引けば残りは一発。

 イングヴァルは一度なら撃たれても構わないと思っていた。

 相手に走り寄れば、発射された弾丸が頬を掠める。

 斬撃はまた躱されたが、再装填しなければ銃での反撃は不可能なはずだった。


「いい気になるな! 小娘が!」


 だがそう思ったのが油断を呼んだのか、顔を殴られる。

 そのまま頭部を壁に打ちつけられ、右手を窓に叩きつけられる。

 派手な音を立てて硝子が割れ、その衝撃で手放してしまった刀が床に刺さる。

 硝子で裂いた手の痛みに顔を歪めると、額に銃口を突きつけられていた。


「なぁ、お前はこれが弾切れだと思ってるんだろう? だから最後の勝負に出た。でも本当にそうなのか? 今から身を以て確かめてみるか?」


 半蔵の掌から垂れ落ちる血が、目の前でぼたぼたと滴る。

 はったりなのか、やけくそなのか分からなかった。

 イングヴァルは床に刺さった刀に目を遣った。

 刀を取るのが早いか、男が撃つのが早いか。

 弾切れの確信はあったが、男の自信に満ちた表情が気になっていた。

 

「日本刀か……俺はそんなものとっくに手放した。代わりに今はこの銃がある。どうする? 小娘。これで詰みか? それともまだその無用の長物に頼ってみるか?」


 何も応えないでいると、銃口がより強く押しつけられる。

 男は口元を歪めて笑うと、顔を覗き込むように見下ろした。


「あの家族とお前がどう繋がってるのか知らねぇが、訊くつもりもねぇ。もしかして復讐しようとしてたのかもしれないが、お前は何も果たせず今ここで死ぬんだ。それを思うと不憫すぎて涙も出ねぇが、冥土の土産に聞かせてやるよ。あの殺しを請け負ったのは俺とゴートって奴と、エイデン・タウンゼントって男だ。そいつは俺らと違って雇われ者じゃねぇ、依頼主の部下だって話だ。ここから南に向かったサルマって小さな町でなにやら高尚な職に就いてるらしい。どうだ小娘、お前が望んだ通り俺は優しかったろう? 俺を殺せなかったことを地獄で悔しがるがいい。その姿を想像しながら、俺は明日も旨い酒を呑むことにするよ」


 引き金にゆっくり力が込められた。

 イングヴァルは、自分を見下ろす男の姿を見上げていた。 

 このまま撃たれれば、確実に死ぬ。自分はもう死んでいるが、そうなれば連もこの死に巻き込むことになる。

 この復讐の旅を続ける以上、こうなる可能性は多分にあった。

 でも今まで目を逸らし続けてきた。 

 その現実が今眼前に曝し出されても、自分に避ける術は残されていなかった。


「来世ではちゃんとした女になれるといいな」


 半蔵の勝ち誇った笑みが銃越しに見えた。

 しかしそれは突如消えた。

 男の顔が痛みと怒りで歪む。


「てめぇっ……このガキっ!」

「死ねっ、エレの仇だ!」


 響いたのはニカの憎しみに満ちた声だった。

 怒りに震えた男が背を向ければ、そこにはニカのナイフが突き刺さっていた。


「こ、このクソガキっ! クソみたいな存在のくせにいい気になりやがって! お前から先にぶっ殺してやる!」

「ニカ! 逃げろ!」


 叫ぶが、その声を追うように銃声が響く。

 少年は放たれた凶弾から逃れられず、右腕を撃たれた。

 床に倒れ、彼は悲鳴にも似た呻きを上げる。

 男は銃を放ると背に刺さったナイフを抜き去った。血にまみれたそれを少年に振り翳した。

 

「う゛がっ……」


 呻きが吐き出され、ナイフが床に落ちた。

 動きを止めた男の喉からは鋭い刃が突き出している。

 裂かれた箇所からはごぼごぼと赤い血が噴き出していた。

 

「お、ば……え……ご、の……小娘……」


 半蔵は呪詛を吐きながら振り返ろうとする。

 イングヴァルは一旦刀を抜き去ると、今度は正面を向いた男の顎下から脳天へと刃を突き立てた。


「……ぐ……ぅあ……」


 ぽっかり開いた口から醜い不協和音が漏れた。

 攻撃の意思に満ちた眼光が消え、身体は床に崩れ去る。

 溢れる血が床を染め、その身体は二度と動くことも、その口から下卑た言葉を吐き出すこともなかった。 


「しっかりしろ! ニカ!」


 イングヴァルは刀を収めるとすぐさま少年に駆け寄った。

 銃弾を浴びた彼の右腕は肉が抉られ、多量の血が溢れ出している。

 呼びかけても呻きしか戻らず、シーツを切り裂き、止血はしたが状況が上向く訳ではなかった。

 今のこの場で必要なのは応急手当ではなく、治療だった。

 見知らぬこの街で金もなく道も分からなかったが、早急に医者の元へ向かわなくてはならなかった。


『イングヴァル、ニカをファブリシオの所に連れて行くんだ』

「は? 何を言ってるんだ、連」

『あいつは医者だ。人間性に多大な問題はあるが腕は確かだ。今この街で彼を助けられる可能性が一番高いのはあの男だ』


 その言葉を聞いてもまだ躊躇はあったが、別の選択肢を考える余裕もなかった。

 連の言葉に頷いて少年を抱え上げると、再び声が届いた。


『それと半蔵の銃を拾うんだ、イングヴァル』

「今そんなことをやってる場合か? 早く行か……」

『いいから取るんだ、イングヴァル』


 届いた連の声は有無を言わせなかった。イングヴァルは床上の銃を手に取ると、傷ついた少年を抱えて真っ暗な夜道を駆けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る