2.青いドレスの女
イングヴァルが連の身体の秘密を知ったのは、こうなってすぐのことだった。
どこから見ても華奢な少女にしか見えない彼女は、両方の性を備えていた。
黒から茶色混じりの紫への変化。
自分が主導権を握っている間は瞳の色が変わることから、これもその影響下にあると思っていたが、違っていた。
乳房や腰回りの丸みなど、女性的身体特徴も備えているが、連の下半身には自分がよく見慣れた器官もある。
発育途中のような乳房自体はどうにもささやかなものでしかないが、下半身にある〝それ〟はその形容の逆を行くと言っていい。
彼女の身体を俯瞰すれば、不条理や歪といった言葉が浮かぶ。でも同時に誰の目をも奪う倒錯的な魅力も持っていた。
断続的な吐息が間近で漏れた。
自分の下で喘ぐケイシャを見下ろして、イングヴァルは満足していた。
彼女は最初この身体に驚きを見せたが、拒絶はしなかった。
ただそれよりも、連の右肩から腕に続く黒い痣を目にして、不安を覗かせていた。感染りはしないと言い伝えると安心したようだったが、イングヴァル自身は常にどこかで感じ続けている不穏を蘇らせていた。
連の身体の秘密を知った時に、この黒い痣の存在も知ることになった。
白い肌に毒々しい色を差すその忌まわしい痣は、少しずつではあるが徐々に広がっているようでもある。
連はこの痣について多くを語っていない。彼女が捜し求める相手に関係があると感じているが、深い事情まではまだ分からなかった。
「ねぇ、何を考えてるの……?」
伸ばされたケイシャの手が、汗で湿った髪を掻き上げる。
熱いその指先に口づけて、イングヴァルは上半身を起こした。枕元の壁に片手をつき、もう一方の手は少し持ち上がったケイシャの形のいい腿に触れる。
「別に、何も考えてない」
「……本当に?」
潤んだ彼女の瞳は濃い青だった。
その瞳を見下ろしながらイングヴァルは、もう片方の手も壁につけた。
「連……あなたって女の子だけど、どこか男の人みたい……どちらもあるってことは、そういうことなのかしら……?」
身体を揺らされながら、ケイシャが呟いていた。
勘が鋭い女だと、イングヴァルは思った。
少女の形はしているが、この身体は女でも男でもない。もしかしたらどちらでもあるかもしれないが、今現在の中身は明らかに男でしかない。
男女が入り混じったこの身体に、今は本来のものとは別の魂が入り込んでいる。忌まわしくも感じるその真実が、身体を繋げる彼女には伝わっているのかもしれなかった。
「お願い……連」
もっと欲しいのか、早く楽にしてほしいのか、ケイシャの欲望に溺れた声が届く。
イングヴァルは頭の中を無にすると、その言葉に応えた。
いつも連を言いくるめているが、自らの欲望のためにこの身体を使うことに何も思わない訳ではない。
彼女の性的嗜好がどの方向性にあるかは分からない。でも初めてというものが既に彼女の身にないのは、身体を共有することで感じ取っていた。
しかしだからと、好き勝手できる免罪符を得た訳でもない。だがこの行為は、自身が男であると確認する意味もある。人の身体を奪っておいて、いいご身分だと言われそうだが、この長旅の途中で時にそれを欲しているのは間違いなかった。
「ねぇ、旅をするってどんな感じ?」
ケイシャが煙草の煙を燻らせながら訊ねていた。
半身を起こして壁に寄りかかった彼女は、気怠げにこちらを見下ろしている。その姿を寝そべったまま見上げて、イングヴァルは答えた。
「別にどうってことない。違う街を巡っても、そのうちどこも同じに見えてくる。そんなことの繰り返しだよ」
「そうなんだ、でもそれってすごく楽しそう」
「楽しそう? これの一体どこが?」
「やってみなければ、そう感じること自体ができないでしょ? 自分の知らないものがそうだって分かることが、楽しそう」
相手の言葉に、イングヴァルは無言でいた。
じきに彼女の煙草は燃え尽きて消え、その場には独特な香りが残る。
部屋代分は休んでいくというケイシャと別れると、イングヴァルは大通りに戻ってもう一度宿を取った。
持ち金に見合う安宿は外観こそまともだったが、部屋にはベッドと傾いた椅子が一脚あるだけだった。
だがそれで充分だった。イングヴァルは今度こそ本当に眠るために、その古びたベッドに倒れ込んだ。
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