第5話 最悪の願い事
※2つ目の場面転換まではエマ視点で書いています。
朝早く起きて、任務のために馬車に揺られる。
「どうしたんだエマ、ヒバナと離れて寂しいのか?」
対面に座るキリエさんが聞いてくる。私のことを心配してくれてるのかな。
「そりゃあちょっとは……」
もちろん師匠と離れたのは寂しい。でもそれ以上に、師匠がいないところでの任務に不安を感じている。
「キリエさんは、どうして師匠の相棒なんですか?」
「相棒だなんてなんか照れるな……ま、まぁ、当たり前だけどよ、あたしたちだってエマみたいに兵役期間があったんだ。その時ヒバナには色々と世話になったんだ。その礼というわけじゃないけど、あいつと仲良くなって、役に立ちたいって思ったのがきっかけだな」
「さすが師匠、誰にでも優しい」
「そういうのは心の中で言うセリフなんじゃねぇの……?」
おっと、思わず声に出ちゃってた。
「でまぁ、エマはあたしたちのこと相棒だって言ったけどよ、あたしとヒバナの相棒はもう1人いると思うぞ」
「もう一人? 誰ですか?」
「ルリだよ、ルリ=アールツト。エマがヒバナと会ったときに治療してくれた衛生兵だよ」
えーっと……あの時は意識が朦朧としてたけど、微かに金髪の面影を思い出した。
「ルリとも兵役期間の時に始めて会ったんだ。ヒバナが撃って、あたしが切って、ルリが回復する。全方位死角なしだと思わねぇか……!?」
「いいなぁ。私もいつか、師匠みたいになりたいなぁ……」
「軍の中で一番狙撃銃の扱いが上手いやつに教わってんだ。きっとなれるさ!」
そ、そうか……! 確かに師匠は狙撃銃の扱いで士官学校を首席で卒業したんだ。
そんな人に教わってる私にならきっと……。
「そうですよね! ありがとうございます!」
「お、おう。元気になったなら良かったぜ」
「そうだ! せっかくキリエさんと2人きりなんだし、師匠のこといっぱい教えて下さい!」
「お、いいぜ。あいつ自分のこと話さなそうだしな」
「そうなんですよ~」
士官学校を首席で卒業した師匠と次席で卒業したキリエさんに教えてもらえるなんて、私は幸せ者だ。
あの時魔術疲労で倒れて良かったと思ってしまうほどに。
――✿✿✿――
目的地に到着して馬車を降りる。辺りはまだ仄暗い。
ここからは徒歩で狙撃場所に向かうんだ。
「よし、しっかり掴まっとけよ」
「はい!」
こっちの方が早いからというキリエさんの提案で、私はキリエさんに背負ってもらう。
キリエさんの『身体強化』の魔術で素早く安全に運んでくれるって。
「――ってうわっ!」
キリエさんは私を背負ったまま走り出した。走るというより飛んでいると思うくらい、一歩一歩の感覚が長い。
受ける風で吹き飛ばされそう……!
「お、落ちるっ……!」
「落としゃしねぇよ。もっと飛ばすぜ!」
周りの景色が見えないくらいの速度で、あっという間に狙撃場所に着いてしまった……。
「は、速かった……」
もうすでに満身創痍だよ。でも師匠みたいになれるように、今は任務に集中しなきゃ。せっかくもらった役目だもん。
「よしっ、ちゃんと見える」
スコープを通して目標地点を確認する。テント1つ1つに見張りが1人ずつ。
「だいぶ明るくなってきたな。そろそろかな」
「そうですね。あとは師匠の動きを待って――」
パァンッ!
遠く、敵の兵站をはさんで反対側から銃声が響き渡る。
師匠が任務開始の合図を出したんだ。敵は私たちの奇襲に大騒ぎ。
「始まったな。あたしは行けねぇから頼んだぜ、エマ」
「はい!」
魔導術式『弾丸操作』!
師匠とは逆の左手首が、青緑色に光る。狙いを定めて引き金を引いた。
ダンッ!
加速されて飛んで行った弾は、敵の心臓を貫いた。
血を流してその場にうずくまる敵を尻目に、近くの別の敵に銃口を向ける。
ダンッ!
ボルトアクションで排莢された空薬莢が、キーンと音を立てて宙を舞う。いい音。
「そろそろ移動しようぜ――って嘘だろ……エマ! 伏せろっ!」
「え?」
キリエさんは焦った顔で私の方へと手をのばす。
次の瞬間、私の左目を何かが勢いよく通り過ぎていった。
――✿✿✿――
「あり得ない」、「こんな事があって良いはずが無い」。思わず出そうになった言葉をぐっと呑み込む。
眼前の光景に絶望しながら、私は自分の過ちを探した。
彼女を自分のそばに置いておかなかったこと? 敵の技術を見誤ったこと? そもそも彼女の教育係なったことが間違いだったんじゃないか。
行き場のない絶望が頭を駆け巡る。
「あたしが付いていながら……ごめん……」
「キリエは悪くないさ。きっとエマもそう思ってる」
キリエは悪くない。エマも悪くない。強いて言うなら悪いのはこの環境だ。
いたいけな14歳の少女が、戦場で戦わなければならないという環境が悪いのだ。
「クソッ! 狙われてることにもっと早く気づければ……!」
「……」
残されたエマの青い右目は、虚ろで光を失っている。私の赤い目とは正反対の色をしていた……。
まるで娘が、妹ができたような気になっていた。だが無情にもここは戦場。常に死と隣合わせ。
私が今まで殺してきた彼らにも、仲間や家族がいたことを思い知った。
「また1人、貴重な魔少女がいなくなってしまった……彼女の犠牲の上に、今回の任務成功は成り立っているんだ。君たちも、よく働いてくれたよ」
「いえ……私はエマを守れなかった」
嫌に冷静に、布をかけられ担架で運ばれていくエマを見送った。そんな自分に憤る。
「あたしだって、任せとけなんて言っておきながらこのざまだ……よく働いたなんてとても――」
「生きて帰ることも、自分たちの仕事さ」
大佐は私たちの肩に手を置いてそう言ってくれる。その唇には、強く噛んだ後が残っていた……。
彼の魔女『狙撃手』 影乃雫 @kage429
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