3話 死の真相

ザワつく葬儀場の真っ只中に

呆然と立ち続ける啓太。

奈津葉が死ぬまでの経緯が啓太の記憶に

まったくなかったのだ。ただただ、空っぽの頭で周りの人の会話を聞き入ることしかできなかった。


「ほんとにね、1日前は何もなかったみたいなのにその翌日にはこれだもんね」


「人生何があるか分からないって思い知らされたわ」


女性同士が何やら話しをしている。近所の主婦だろうか。会話の内容から奈津葉の死が突然だったことがうかがえるが、果たして……

回らない思考をひねるように回転させ、考え始める啓太。現実を受け止め切れず立ち止まってても仕方がない。そう思った啓太は、情報を集めるがごとく動き始めた。


「すみません。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど、今いいですか?」


さきほど会話していた女性に啓太は尋ねてみる。2人の女性は戸惑った顔で啓太の方へと向き合った。


「はい、どうしました?」


1人の髪が短めの女性が答えた。


「彼女はなんで死んだのですか?」


啓太は単刀直入に聞く。2人とも「えっ」みたいな反応をする。突拍子もないことを言われた時の顔をしている。確かに葬儀場に何食わぬ顔でいながら「この人はなぜ亡くなったのですか?」と聞かれれば不審を抱かれても何らおかしくはない。


「え、あぁ……。不慮の事故みたいですよ」


さきほどの短髪の女性がそう答えた。もう1人の長髪の女性はいぶかしげな表情でこちらを見ているだけだ。


「そうですか。分かりました、いきなりすみません」


気まずい空気が流れたので、その場をあとにすることにした啓太。女性たちはきびすを返した啓太を見ながら何やらヒソヒソと会話をし始めた。


「怪しまれたな。ていうか俺自身がなんでここにいるのか分からない異常事態だから、仕方ねぇけど」


考えがまとまらないまま辺りを歩き回る啓太。警戒されて十分な情報を得られなかったら困るので、啓太は慎重に思考を重ねた。


すると、棺付近でハンカチを目頭に当てながら哀しみに浸っている若い女性が目に入った。場内はすでに参列者のお焼香が始まっており中に入るのは躊躇われた啓太であったがこの際、参列者に混じるのもありだなと思い始めた。


さきほどお焼香の前で泣いてた女性が足早に出てきた。その女性とすれ違った時、啓太は全身に電撃が走った。


「玲美……さん?」


一瞬の出来事で確信には足りぬものがあったが、啓太と同じバイト先の青野玲美にそっくりな人物だったのだ。啓太は動揺を隠せずにいた。


「どういうことだ……?奈津葉と玲美さんが知り合いだったということか?接点がまるで分からない」


次から次へと悩みの種が植え付けられていく啓太。記憶喪失、不慮の事故、青野玲美……、とブツブツつぶやきながら啓太はお焼香へと向かう。


お焼香に参列していると主に若い女性が目立った。恐らく学生時代をともに過ごしてきた学友なのであろう。皆、目を真っ赤に腫らして泣きじゃくっている。今のところその中で啓太が知っている人はいない。1人だけ場違いな顔付きでいるのも不自然なので、啓太はひたすらうつ向くことに専念した。


お焼香の順番が回ってきた啓太は、意を決して前に出ようとする。

その時、何かの力が加わり右腕が後ろの方へと引っ張られた。


「え、なんだなんだ?」


後ろを振り向くと喪服とは言い難い長い黒のコートととんがった帽子を身に付けた男が、啓太の右腕を掴んでいた。髪は長め、無精髭をたくわえたその男の顔に笑顔が灯る。


「オーバーに振り向いてくださり、ありがとうございます。この度はご愁傷様です」


剽軽ひょうきんとした怪しい男が啓太の腕を掴みながらそう言う。長身とお門違いな格好のせいで、周りから浮いた存在となっていたが誰も気にも留めようとしない。そんな異様な雰囲気も相まって、啓太は警戒心を強めた。


「誰ですか?あなたは。お通夜にそんな非常識な格好して。そういったところでしょうか」


啓太が口を開く前にそれを予想していたかのように再びその男は喋り始めた。不愉快な男だなと、啓太はそう思い始めた。


「いえ。ただ、本気で怪しかったので何事かと思っただけです」


冷静に対応する啓太。男はニヤっと不敵な笑み浮かべ、自身の顎髭を手でジョリジョリ触った。


「そうですよね。怪しさ以外の何物でもないと、あなたの立場なら私もそう思うでしょう。唐突に腕を引っ張るなどの粗相、大変失礼しました」


ペラペラ謝罪の言葉を述べ、男は深々と頭を下げる。どこまでも読めない男だなと、啓太はそう感じていた。


「謝罪はいいので本題に入らせて下さい。あなたは誰なんですか?目的は?何が起こってるのか説明してもらえますか」


まくし立てるように啓太は言葉を発し続ける。男はそれにとまどうようにあわあわと両の手を開き、「まぁまぁまぁまぁ」と静止するような素振りを見せる。


「1つ1つお答えしていきましょう。私の名は小肥佑こごえ たすく。目的はあなたを本来いる世界へ戻すべくやって参りました。えー、何が起こってるかですね。それは今からお渡しする手紙に書かれておりますので、ご自分で確認して下さい。簡潔に説明するとこんな感じです」


淡々と話し終えた小肥。啓太は彼の言った言葉の1つ1つを理解しようと、必死になって考えた。それを小肥は朗らかな目で見ている。


「色々と分からないことだらけだ。ここは俺がいた世界じゃない?映画のような話しが今現在起こっているということなのか。さっぱりだ、からかわれているとしか思えない」


頭を抱えうなだれる啓太。小肥はスゥっと一息ついてから、言葉を発した。


「無理はないですよ。こんなことになる確率は天文学的レベルなのですから。それをあなたは覆したんです。ご理解いただけましたか?」


あっけらかんとした口調でそう言って述べる。


「そう言われましても理解できる部分が1つもないですからね」


依然として頭にモヤがかかった状態の啓太。小肥はゴソゴソとコートのポケットから何かを出そうとした。


「分かりました。とりあえず、この手紙をお渡しますので中身を確認してみて下さい」


1通の小さめの手紙を啓太に差し出した小肥。それを受け取り、恐る恐る開封していく。啓太は中に入っていた半分折りにされている紙を取り出した。


「これは……、一体?」


中身を開いて確認した啓太。書かれていたものはまたしても理解し難いものであった。


「池森奈津葉は死んでいない。それだけしか書かれてないけどどういう意味なんだ」


小肥は啓太の反応を見るやいなや、帽子を被り直してすぐさま応答した。


「そのままの意味でございます。それが真実なのです。しかし、この会場はその手紙に書かれている池森奈津葉さんの葬儀会場だ。さて、どういうことか」


フザケているのか、と本気で思った啓太だったが次なる小肥の言葉を冷静に待った。



「この空間そのものがフェイクなのです。その存在しえない場所にあなたがいる。それは清井啓太さん、あなたがあらかじめプログラミングされていた未来のあなたと違う行動を取ったから起こった。簡単に言えば未来が変わってしまった、そういうことですね」


そういうことですねと簡単に言ってのける小肥であったが、そんな簡単に起きていいものなのかと疑問に思った啓太。

しかし、どういう場面でどんな行動を取ったのか、という肝心な部分を啓太は覚えていない。理解はできたが現状を抜け出す糸口を掴むことができず、啓太の苦悩は続く。


「納得はしてないし信じたくないけど、置かれてる状況はなんとなく分かりました。あなたのような変な人が俺の前に現れた時点で、異常事態なので」


ガハハっ、とこらえ切れず思わず笑ってしまったかのような声を上げる小肥。



「それはそれは。見るからに不審な私の言葉を鵜呑みにして下さいまして、感謝致します」


コートを翻し、深々と頭を下げる小肥。



「それで疑問があるんですけど、その未来では取るはずなかった行動?とやらの記憶が全くないんですよ。だから気付いたらここにいたみたいな」


思ってたことを打ち明ける啓太。

あ~それはね、と相槌を打って小肥は喋ろうとした。



「未来で取るはずのない行動はプログラミングされず、記憶にも残らない。だからあなたがここにいることがコンピュータでいうところのにあたります。では、どうやってその記憶を取り戻せるのか」



ピッと、啓太の額の辺りを指差す小肥。啓太は一瞬、ヤられると思って身構えた。


「あなたが過去に戻って記憶を集めればいいんです。そして、最終的に未来で取るはずのなかった行動をもう1度自ら取る。それしか手はありませんね」



啓太は何を言われているのか心の底から理解できなかった。過去に戻る?ここに来てから非日常過ぎる言葉ばかり耳にし、頭がパンク寸前の啓太であった。


「ちょっと待って下さい。過去に戻るって、平然とした顔で言いますけどどうすればいいんですか。方法を考えること自体が馬鹿らしく思えてくるんだけど」



この人に聞いたのが間違えだったと言わんばかりの溜め息をつく啓太に、小肥が間髪入れずに答える。



「そのための私でしょう。ここに来たのはあなたを過去に送り出し、ねじ曲がった現実を軌道修正してもらうためです。それではついてきて下さい」



ササッと、小肥は焼香台を横切り奈津葉が眠る白い箱の真ん前まで進んだ。俺も行くんだよな、奈津葉の死に顔は見たくなかったけどと思いながらも啓太は小肥と同じルートを辿って同じ場所へと進む。


そこには雪化粧したかのような真っ白で、美しくも生気のない奈津葉か横たわっていた。何話しても返事はないだろうなと、そう思わせてくる「死」が啓太はいきなり怖くなった。快活な声で背中を押してくれる笑顔の奈津葉ばかり目に浮かんで、啓太の胸を酷く締め付ける。


「余韻に浸り過ぎないで下さいね。なにせこれは、なのですから」



ハッと我に返る啓太。小肥が発した言葉をうまく拾えなかった啓太だったが、小肥がしようとしている事の異常さに声を張り上げた。



「お、おい!何してるんだよ!!」


小肥はコートの脇から取り出した拳銃を、奈津葉の顔に突き付けた。



「これから証明するんです。あなたに信じてもらうために」




バンッ……




すぐに銃のトリガーを引き、奈津葉の顔目掛けて弾を発射した小肥。

けたたましい音が会場に鳴り響き、啓太は膝下から崩れ落ちた。





しかし、会場に変わった様子はない。

お焼香に並ぶ人々や受付で話しをする人、そのどの人達も平穏なままだ。




「驚かさせてすみません。もう一度、池森奈津葉さんの方を確認してもらってもいいですか?」


拳銃から出た硝煙を自身の息吹で消しながら、小肥はそう言った。

全身の力が抜けてまだ上手いこと立てないままの啓太は、おののいた体でゆっくりと立ち上がり奈津葉の顔を恐る恐る見た。



「あれ……、一体何がどうなっているんだ?」


奈津葉は依然として綺麗な真っ白な顔で横たわっていた。銃痕どころか血飛沫ちしぶきも傷一つない。



「偽りの世界でどれほど大規模な暴動を起こそうが、元をたださない限りはなかったことになる。その証拠に周りはざわつき一つないでしょ?」



言われてみればあれほどの銃声を響かせ、しかも故人の顔面目掛けて発砲なんて常軌を逸している。それなのにこの場にいる人々は顔色一つ変えずに葬儀場に留まっていた。



「もっと別の方法があっただろ……。心臓がいくつあっても足りねぇよ」


「一番インパクトのあるやり方の方がより理解していただけるかなと思ったもので。つまるところ私たちが未来を変えようと試みても、上書きされることはありません」


目を閉じ切ったままの奈津葉に手を合わせ、軽くお辞儀をする小肥。ここでは何しても無駄。嫌でもその事実を脳裏に焼き付けることになった啓太。


「それから、ここにいる人達とも自分から接触するかしない限り、話しかけられることもなければ関わりすら持てません。ご了承下さい」


そのことにはなんとなく気付いていた啓太。初めに話しかけた女性二人も、さきほど何度かすれ違ったが目が合うことはなかった。まるでいない人同然のような。


「分かりましたよ。で、俺はどうればいいんですか?」


啓太の問いかけに、小肥は薄っすらと笑う。



「さきほどもご説明しましたが、あなたを過去に戻す必要があります。そのうってつけの方法というものが、これです」



カチャッと、拳銃の銃口を啓太の額に向ける。啓太は身動みじろぎ一つせず、生唾を飲み込んだ。



「なるほどね。死を持ってこの世界から離脱すればいい、ってか」



「御名答でございます。それではご健闘お祈り致します」



バンッ!





凄まじい轟音とともに、銃口から鉛が発射される。啓太はこの世界から強制的に消し去られた。




「一つ言い忘れていたことがあるんだけどなぁ……。まぁいいか。彼が自分で答えを見付け出すでしょう」



そう言うと足元から砂塵のように細かく分解され、小肥佑も静かにこの世界からフェードアウトした。




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Peace of Death 〜死の断片〜 毛だるまーに @20141024tmst

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