2話 啓太の夢

カランコロン


「あ、きたきた。こっちよ、早く早く!」


大げさ過ぎる手振りで店内でより目立っている女性がいる。見て見ぬ振りをしようかと、啓太はほんの一瞬迷った。


「悪い、遅れて。道が混んでたんだ」


「いやいやアンタ歩きでしょ。何見え透いた嘘付いてんのよ」


奈津葉のいる席に辿り着いた啓太。奈津葉の隣りには見覚えのあるモヤシ頭の男が座っていた。


「久しぶりだな、啓太。なんだかお前の顔が見たくなって、来ちゃった」


その男はニンマリと笑う。啓太はこめかみを人差し指で掻き、「マジか」と微笑する。

彼の名前は小林永太こばやしえいた。奈津葉が幼馴染み1号なら永太は2号のような存在だ。小学生の頃からよくこの3人でつるんでおり、気心の知れた仲である。


「どういう風の吹き回しだ?奈津葉」


「永太にさ、啓太のこと色々話したら俺も力になりたいって聞かなくて」


「そういうことなんだよ啓太。今日はよろしくな」


「俺ってそんな深刻な扱いにされてんの??楽しくランチ!ってだけでいいだろ」


啓太は二人が座る椅子の対面に1人で座った。二人は真剣な眼差しでこちらを見ている。まるでこれから尋問が始まるかのようだ。


「あ、先にコーヒーいただいてるよ!店員さん呼ぶわね」


奈津葉がしなやかに右手を大きく挙げ「すみませ〜ん」と店員を呼んだ。その横で永太が出来るビジネスマン風にコーヒーをすする。なんというシュールな光景だ。ただの幼馴染み3人衆が集ってくっちゃべる、だけならどんなに良かったことかと啓太は心底思う。


とたとたと、店員さんが足早にこちらへやってきた。

「ご注文うかがいます」


「はい!啓太、同じ無脂肪乳のカフェラテでいい?」


「ピンポイント過ぎるだろ。待て、せめて選ばせてくれ。あ、ホットコーヒーでお願いします。てかファミレスで無脂肪乳にできるんだ」


店員さんが「ご注文承りました!」

と颯爽とした足取りで厨房に戻ってゆく。


「そうなのよ〜。なんか後味がさっぱりしてて美味しいから、啓太も思わずそれかと」


「安易な考え方だな。まぁ、また飲んでみるよ」


「お前ら相変わらず仲良いいな。俺が入る隙が2ミリもねぇじゃん……」


1ミリはあるんだと、啓太と奈津葉は同じタイミングで突っ込んだ。控え目の笑い声が店内にこだまする。3人が出会ってかれこれ15年は経つが、会うのがしばらくぶりでもこんな感じで和気藹々わきあいあいとできるのだ。そんな関係性が啓太はとても好きで心地良さを感じていた。




「啓太の夢。どうなったの?」


奈津葉の一言で賑やかなムードが一転し、粛々とした空気が流れ始める。啓太は「きたか」と、若干たじろいだ。


「そうだなぁ……。自分の中でふんぎりついたし、もう諦めようかなって思ってる」


力なく笑う啓太に奈津葉は「なんで?」と間髪入れずに聞き返す。


「俺ももう25じゃん?そうこうしてるうちに30なんてすぐに訪れるし、現実見ないとなって」


しばしの沈黙ののち、

店員さんが啓太が注文したホットコーヒーを「お待たせしました」と持ってきてくれた。

そして、奈津葉が口を開いた。


「夢なんて、いつ見てもいいじゃない。高校の時に啓太が私に熱く語ってくれた夢の話。あれは嘘だったの?」


意表を突くかのような奈津葉の言葉は、啓太の心の深層部に突き刺さった。


「そんなことがあったんだ。啓太の夢の話、興味あるな。ぜひ、聞かせてよ」


永太が嬉々とした面持ちで啓太が話すのを今か今かと待っている。奈津葉にそんな話しをしたこともあったなと、啓太は懐かしんだ。


「1度フェードアウトしようとした身で話すのもなんだけど、分かった。まぁあまり笑わないで聞いてくれよ」


啓太はホットコーヒーを3秒間すすって、二人としゃんと向き合う。奈津葉と永太も聞く準備OKの姿勢を見せている。



ー啓太の回想部分ー

啓太が高校生になった時。ある人物に恋をしていた。その人物とはである。奈津葉とは小学生来の幼馴染みで、大体一緒にいた。弱気な啓太にとって姉御肌の奈津葉はとても頼りになり、昔から色々助けてもらっていたのだ。

近所の番犬ブルドッグに追いかけられそうになった時も「啓太!私の後ろにいなさい!」と守ってくれたり、自転車がスリップして池に自転車ごと放り込まれ泥まみれになったときも「大丈夫?すぐに引き上げるから待ってて!」と奈津葉自身も泥んこになりながら助けてくれたりした。

そういうエピソードを経て、次第に啓太は奈津葉に惹かれていき「自分も奈津葉を守りたい」という想いが強くなっていった。


そして高校生になった啓太は、ある1冊の本と出会う。「ピースオブハート」という本だ。という意味だが、1人の少年が愛情の欠片を探して旅に出る物語となっている。そして少年はやがて真実の愛に気付き、本当に愛する人に自身の想いを告げるという心温まるストーリーだ。

その本を読んで啓太の心は震えた。そして思う。「自分の想いをこんな綺麗に表現でき、相手に伝えることができるんだ」と。

そこから啓太の夢は、作家となった。


「なに読んでるの?」


昼休みの時間、啓太の真後ろから聞き覚えのある声がした。


「奈津葉か。あぁ、ちょっとね」


何気なく読んでた本を閉じて机にしまおうとするも、あっけなく奈津葉にぶん取られた。


「おい!なにしてんだよ!」


「ピースオブ……ハート?」


奈津葉は真剣に啓太の本を見つめている。どうせ笑われるんだろうなと思いながら、啓太は肩を落とす。


「へぇ〜、面白そう!啓太こんなピュアな本も読むんだね」


意外にも好感触だった奈津葉に、拍子抜けする啓太。


「笑わないのか……?」


啓太の言葉に奈津葉はキョトンする。


「なんで?どんな本読もうがその人の勝手でしょ。否定したり笑ったりなんてしないわよ」


なにワケ分からないこと言ってるのかしら、みたいな表情しながらもう1度その本を読み漁る。「ついついページをめくりたくなる面白さね……。お、こうきたか!」と楽しげに啓太の本を読み進める奈津葉。啓太も次第に笑みがこぼれた。


「ここで主人公の人生が大きく変わるんだよ」


「へぇ〜、それにしてもこの主人公めっちゃ気弱だね。啓太みたいだ」


「余計なお世話だ。気弱で頼りない男ってことは認めるけど」


「頼りないまでは言ってないって。まぁまぁ、私が守ってあげるから安心しなよ」


冗談交えて本の話しで盛り上がる二人。内気で言葉足らずの啓太はクラスで浮いた存在てであった。でも、奈津葉だけは違った。啓太がどんなに変わろうが変わらない態度で接してきてくれる。友達の多い奈津葉が自分みたいなはぐれ物と一緒にいたら疎外されるんじゃないか、という心配をするほどにだ。そんな奈津葉のことが啓太には輝いて見えていた。積極的に近付きたいし守りたい。「ピースオブハート」という本を読んでその想いがより一層強くなったことは、奈津葉には一生明かすことはないだろうが。


奈津葉がひと通りペラペラ本を読み終えたら、「はい、ありがとう」と啓太に返した。その時、啓太は奈津葉に打ち明けることにしたのだ。


「俺、口下手じゃん?」


突然の啓太の言葉に「え、なにいきなり」と目を少し見開いて驚く奈津葉。


「自分の気持ちを上手く伝えるのも下手だし、うまいこと言葉にするのも下手だ。だから俺は決めた。作家になる。この本を読んでそう思ったんだ。世の中にこんな綺麗な気持ちの伝え方があるんだって、知ってしまったから。どんなに伝え方が下手な俺でも、よく考えて文字に起こせば綺麗に伝わるかもしれないって。もうそんなんで損したくねぇんだ」


たどたどしく言葉を繋げて、真っ直ぐな目で奈津葉に心の内を打ち明けた。奈津葉はしばらく啓太を見つめたのち、「う〜ん」て言いながら上を見上げた。


「いいんじゃない?私は今の啓太のままでも何も気にならなかったけど、私が知らないところでそういう葛藤と戦ってたんだね」


目を細めて優しげな表情で啓太と向き合う奈津葉。こしょばゆい気持ちが啓太の全身をつたった。


「応援する!の1択しか思い浮かばないわ。頑張ってね!!啓太」


思いっきり啓太の背中を叩く奈津葉。啓太は「いて、加減考えろよ……」と言いながら嬉しそうな素振りを見せる。奈津葉もフフっと、微笑んだ。


「さて、啓太のデビュー作は何かな〜。甘々とした恋愛物だったらウケそう」


「どっちの意味のウケるだよ。嘲笑気味のウケるだろうけど」







空になったコップが3つと、お客さんが増えてガヤガヤ賑わう店内。

そんな感じのやり取りをした記憶をたどりながら、奈津葉と永太に話した。奈津葉は「そんなことあったね〜」と大きく頷いたりしている。永太は啓太が最後まで話し終えるまで沈黙を貫いていたが、話し終えた途端「いい話しじゃねぇか!!」と感情を爆発させた。


「で、なんでその夢を諦めようとしたのかまだ聞いてないわよ??」


「そういえばそうだ。なんでだよ啓太。この感動を返せとは言いたくねぇぞ」


たたみかけるように二人に問いただされる啓太。啓太はしどろもどろしながら言葉を口にする。


「あれだ、大学に入って勉強が忙しくなったり就活でてんやわんやしてるのが積み重なって気持ちが薄れたみたいな。情けない話しだけど」


自分でも物凄く酷い言い訳と思いながら二人にそう告げた。


「それなら仕方ない。とは言いたくないけどね。あの頃の啓太の気持ちを知ってる私だからそう思ってしまう」


もっともだと、啓太は聞き入る。


「諦めかけたのって、本当にそれだけが理由?」


永太に核心を突かれた。実のところそれが理由では全くないのだが。本当のことをここで言っていいのか、啓太は迷った。


「そ、そうだな。大方それが理由です」


歯切れ悪く答える啓太。二人は不満たらたらな表情で啓太を見ている。


「でも、今自分で話してて思った。1度決めた夢を簡単に諦めたらダメだって。なので、今日からまた夢に向かって走り出す。この場を借りて二人の前で誓います」


真剣な眼差しで奈津葉と永太に想いを伝える。夢を諦めかけた啓太への当たりが強くなりそうだったので、先手を打ってその風当たりを弱めようとした。だが、今言ったことは啓太の本心からである。


「おぉー!よくぞ言った。絶対約束だよ!嘘付いたら思わずしばいちゃうからね」


歓喜の声を上げる奈津葉。しばかれたくないので啓太の本腰が更に入る。


「いやぁ〜、いい方向にいってくれたわ。啓太の新しい門出を祝して、ってか俺ら昼飯まだじゃね?」


永太はランチ時間に来店したにも関わらず、ランチを頼んでないことに気付いた。啓太も奈津葉も「そういえば……」と口ずさむ。


「なんで先にコーヒーなんか頼んでんのよ!」


「知らんがな。俺が来たときには二人がすでにコーヒー飲んでたし俺もコーヒーに誘導されたし」


「じゃあいっちょ頼むか。3人仲良くオムライスセットで」


「「そんな仲良し感はいらない!」」



そんなこんなで話しはうまくまとまり、このあとも3人は昼食を取りながら色々話した。

今晩に、奈津葉の家で集まってちょっとしたパーティをやることになった。啓太を慰める会と奈津葉も相談したいことがあるからという名目で、再び集まることになったのだ。

永太は私用があるらしいので、先にファミレスをあとにしたが。


「だからコンビニで大量に買い込んでたのか」


「そうよ。あれ全部、今宵でなくなるから」



「うわぁ、絶対胃もたれるやつだ。ポテチめっちゃ入ってたもん」


「1回もたれたらあと何食べても一緒だって。ね?」


「ね?じゃねーよ。まぁ、俺のためでもあるし文句はありませんが。楽しみにしとくわ!」


会話も短めに、一旦ここで別れることになった2人。「じゃあね〜!遅刻厳禁だよ」とだけバカでかい声で叫ぶと、奈津葉は遠くの彼方へと自転車で消えていった。啓太はふぅ〜っと息を吐いて家に帰ることに。






ここから先の記憶が啓太にはなかった。奈津葉と交わした最後の会話があの何気ない話しになるとは、このときは夢にも思うはずがない。自分のことをあんなに親身になって助けてくれた奈津葉。励まして応援してくれた奈津葉。啓太が好きでたまらなかった奈津葉。その全ての奈津葉はもうこの世には存在しないのだ。







「なんで……。何が起こってんだ」


奈津葉との思い出を回想しながら

徐々に涙ぐみ膝を崩す啓太。

この血も涙もない現実を受け止められる受け皿が、啓太には用意されていなかった。
















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