1話 幼馴染み

清井啓太きよいけいた25歳。

フリーターでコンビニに勤務している

どこにでも存在しそうな一般的な男性だ。

「周りが行くから」という理由だけで、特に目的もなく大学に進学。何も得ることもないままただただ無駄な4年間を過ごす。そして今に至る。そんな感じのイカしてない男だ。


コンビニのドアが開き人が入ってくる。まばゆい光が啓太を差した。


「いらっしゃいませー」


直し切れずに飛び上がってる寝癖を上下に振りながら、お決まりのご挨拶。

一生目的も持たずこのコンビニで働いて死んでゆくのもわりといいかもしれない、と本気で啓太は思い始めていた。


そんな時にドン!とカゴいっぱいにひしめき合うお菓子とジュースをレジに叩き付けるような輩?が現れた。

その輩はキューティクルな艶やかな長い髪を上下に振り乱しながら、啓太を口撃し始める。


「ちょっと、なに辛気臭い顔してんのよ!ドア開いた瞬間にあんたの淀んだ顔が見えてこっちまで顔淀んだでしょ」


レジ台を乗り越えて胸倉を掴んできそうな勢いで彼女は言う。啓太は気怠げにカゴの中の商品をスキャンする。


「ありがとうごぅざいまーす。仕方ねぇだろ、考え事してたんだから」


「それにしては凄い顔してたわよ?薄暗〜い部屋の片隅で膝抱えながらうずくまってる人のそれだったわ」


「なんだよその例え。もうちょい分かりやすく例えろよ」


彼女の名前は池森いけもり奈津葉なつは。近所に住んでいて小さい頃から遊びに付き合わされたり、色々振り回されたりとちょっとした厄災みたいな幼馴染みだ。昔からのお節介は相変わらずで、またこうして何かにつけては突っ掛かってくる。


「なんでもいいでしょ。ところで、何考えてたの?」


「なんでもいいだろ。ところで、何でこんなに買い込んでんの?」


「ちょ、真面目に答えてよ!私はえと、あれだ。アンタを困らせようとしただけよ」


少しばかりムッとし、とぼけた顔をする奈津葉。菓子類は全てスキャンし終え、啓太は飲料に差し掛かろうとしていた。


「それだけのためなら大したもんだな」


啓太はクスっと含み笑いした。奈津葉は恥ずかしげに「そんなわけないでしょ」と小声で言う。


「俺はだな、将来のことを考えてた。このままま一生をこのコンビニで終えるのも、悪くねぇなって」


啓太が最後まで言い切ると同時に奈津葉が被せるようにして声を荒らげた。


「そんなわけないでしょ!!」


奈津葉の段違いのボリュームに辺りが静まりかえる。駄菓子を漁っていた少年も、週刊誌を立ち読み中のお姉さんもシンクロするかのようにこちらを見ている。

啓太も最後の商品をスキャンしそこねて、カゴの底に落としてしまった。


「あのぉ‥‥、お客様。お静かにお願いできますか?」


「あ、ごめん。でも早まったらダメ!」


「人をすぐ死ぬみたいに言うなよ。そういう人生もありだなって、前向きに考えてるだけだから」


「別にコンビニで働き続けるのが悪いって言ってるわけじゃないよ。ただ啓太には」


奈津葉がハッとして振り返ったら、

後ろに長蛇の列が出来ていた。

「痴話喧嘩早く終われ」とチラホラ聞こえてくる。啓太と奈津葉はむずがゆい気恥かしさを感じていた。


「長くなってごめんね!話しの続きは駅近のファミレスでこのあとしよう!あ、お待たせしてすみませんでした!!」


矢継ぎ早にそう告げる奈津葉。

後続のお客さんに一礼し、パンパンに膨らんだビニール袋を引っさげてコンビニをあとにした。

ほんと昔から勝手に変な約束取り付けて消えるの好きだよなと、啓太は苦笑いしながらそう思う。


「ありがとうごぅざいまーした!お待たせしてすみません。商品お預かりしますね」


何事もなかったように、啓太は接客を続けるのであった。





午後1時を回った頃。

コンビニ業務を終え、スタッフルームから飛び出る啓太。


「相変わらず着替えるの早いね」


レジでお札を数えながら青野玲美あおの れみは言った。啓太の2個上の先輩だ。コンビニで働き始めた時から良くしてもらっている。だから啓太は常々、頭が上がらない。


「お疲れ様です!めちゃめちゃ早く帰りたいので」


あははと声に出して笑う玲美。


「そうなんだ。じゃあ、早く帰ってゆっくりしなよ」


「はい!それでは失礼します!」


「お疲れさん」と玲美に言われ、続け様に啓太はお店で働く人達にも元気良く挨拶した。

他の従業員からのバリエーション豊かなお疲れ様でしたが飛び交う中、啓太は外へと歩を進めた。


「あー、今日も何事もなく終わりましたと。さて帰路につきますかな」


コンビニを出てしばらく経ち、

何気なくスボンのポケットに手を突っ込んだらブルブル携帯が振動しているのに気付く。


「ん?ずっとバイブしてる。電話か……」


ポケットから携帯を取り出し画面を確認。

そこに表示されてるの文字に啓太の顔はみるみる青ざめた。


「やべ、すっかり忘れてた」


啓太が慌てて電話に出た途端、1秒足りとも沈黙をはさまずして喋り始める奈津葉。


「お・つ・か・れ・様でーす、啓太くん」


甲高い不気味さをまとった声で奈津葉は言う。しまったなぁと溜め息を付く啓太。


「お・つ・か・れ・様でーす、奈津葉さん。今から向かいまーす」


「あ!その感じ。忘れてたでしょ?」


「はい。普通に忘れてました。そしてもうすでに、家の前です」


「忘れるの早すぎ。まぁ私が勝手に約束したのも悪かったけどさぁ」


「その通りだと思う」


「悪かったって言ってるでしょ!あーあー、改めまして。予定とかは大丈夫そうなの?」


「そうだな〜、特にないから家帰って支度できたら向かおうかなとは思ってるけど」


「ありがとう!!それじゃあ、またファミレスに着きそうになったら連絡して!」


プっ、という音とともに電話が切れた。発情期の猫のように飛びかかってきて、風のように過ぎ去ってゆく。池森奈津葉はそんな女だ。

啓太は家に入り自分の部屋に荷物だけ置いたら、そのまま軽装でファミレスに向かう準備をすることに。


「今日もお得いのお節介で俺の将来のことをあーだこーだ言うんだろな」


思わずハァ……と溜め息が出る啓太。だけれどどことなく嬉しそうであった。


「まぁ、そんな人生も悪くないか」


勢い良くドアを開けて、ファミレスへと駆け出した。

このあと物語が思ってもいない方向に展開していくことになる。

過酷で目をそむけたくなるような現実が待ち構えていることを、この時の啓太は知るよしもなかった。






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