願わくば
あなたたちが今拾っている封筒の中身は、書いた本人によって捨てられた手紙なの。
ただの書き損じだったり。
ただ気持ちを吐き出しただけで元々誰にも出す気がなかったり。
最初は届けたいと思ったけれど、途中から気が変わったり。
行き場のない想いを拾ってほしくて。
書いた本人じゃない誰かに拾って、きちんと捨ててほしくて。
ええ。いいわよ。
読まないでさっさと拾って捨てるのも。
拾って読んで名残惜しげに捨てるのも。
どちらが多く封筒を拾えるか。
勝負に占められていた都人と由枝はそれでも木の芽の話はきちんと聞いていた。
聞いていたが、やはりポイ捨てゴミはポイ捨てゴミゴミ袋に入れるべきゴミ。
中身が紙だと知った今、拾った封筒二十枚単位をジャージの内ポケットに入れていた紐でくくって、遠慮なくゴミ袋に入れていった。
なぜだか、熱かったり、寒かったり、涼しかったり、温かかったりと、著しい気温変化を感じながら。
(これ)
由枝は敏捷の手を止めた。
大抵は封筒の裏に名前が一名分だけ、小さな文字で書かれていたのだが、これには封筒の表に大きく名前が二名分書かれていたのだ。
しかも、都人と自分の名前が。
(へえ、あいつ。俺に伝えたいもんがあったのか)
ふ~ん。
胸中で呟いては他の封筒を上に重ねてくくり、ゴミ袋に入れた。
「俺の勝ちだな」
「っち」
ふふんと腕を組んで胸を反らす都人の鼻は今にも伸びそうなくらい、ドヤ顔になっていた。対する由枝はジャージのポケットに両手を突っ込んで口をひん曲げていた。
「あなたたち、清々しかったわね。ふつう、成仏させてやろうって、手紙を丁寧に読んで感情を酌んでから捨てると思うんだけど」
「「いや、成仏とか知らねえし。ゴミを捨てるだけだ」」
「「まねすんな。負け犬/次はおまえが負け犬だ。ああ」」
「おまえが一生負け犬だ。今回で勝負つけるって言っただろうが」
「はーい。てっかーい。次こそ勝負をつける」
「きりがねえだろうが!」
「ねえよばか!」
「はいはい。あなたたちがとても仲がよろしいことはよくわかったわ」
「「ふん」」
「ふふっ。ああ、久々に気持ちのいい夜を迎えられたかも。ねえ、カブ」
木の芽はふかく、深く夜の空気を吸い込んでは、隣で浮遊し続けるカブに顔を向けた。
カブは同意するかのように、上に下にと、浮遊範囲を大きくさせながら、天へ天へと舞い上がり続けた。
木の芽は目を細めてのち、カブに続くように地から離れてゆっくりと浮遊した。
「「やっぱり仏様だったんだな」」
自分とカブを見上げる都人と由枝のきらきらと輝く純粋無垢な瞳を受けて、木の芽はくすりと笑った。
「まあ、あなたたちにはそうゆう存在でいいわ」
刹那、ぞっと背筋が凍った都人と由枝。不思議な引力を感じながらも、引きずり込まれたからではなく、自分の意志で木の芽とカブを見続けた。
木の芽は、ぱちぱちと不自然なほどゆったりと瞬きをしたのち、顔を綻ばせた。
「また会いましょうって。俺たちが死んだらってことだよな」
「そーじゃねえか」
木の芽とカブが忽然と消えると同時に、時計台の色も銀色からいつもの淡い空。否。ライトアップされているので、虹の色へと変わった。
「なあ、都人。俺たちも文通でもしてみるか?」
「はあ?なにきしょくわりーことを言ってんだ?」
鳥肌を立てる都人を見て、由枝はニカリと笑った。
都人は睨みつけた。
「わけわかんねーこと言って負けをうむやむにしよーたってそーはいかねーぞ」
「おう。今日はおまえの勝ちだ。つーことで。ほら。俺のとっておきのおやつをやろう」
「ああ?まあ。くれるっつーなら。つーか。なんだ?」
「ああ。カブの酢の物。昆布もつけてる。食う前に手を洗いに行くぞ」
「いや別に………今日はもらっといてやる。食うもんを忘れたからな」
「おう」
「まあ。あの子たちだったら手紙を読んでも飲み込まれなかったかもね」
実は綿雲へと身を隠していた木の芽。人へと変化したカブの感情を遮断させた瞳を見て、いつもはやるせない気持ちになるのだが、僅かに上がっている口角を見て、今日は温かい気持ちのまま、今度こそ現世から姿を消した。
ハロウィンが終わりを迎えたのだ。
「あわよくば。来年もあの子たちに会いたいわね」
張り合える相手に。
俺をきちんと見てくれる相手に出会えたのは、初めてだった。
願わくばこれからも。
「どうだ?うめーだろうが。今度はカブのクッキーでも作って来てやるよ」
「だったら俺はカブのおにぎりを作って来てやるよ」
(2021.10.31)
トリトリレター 藤泉都理 @fujitori
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