魔力の目覚め

第2話冬の日【1】




 ここは北の辺境地にあるトカリスと言う町。春は遅く短く、冬は長く厳しい。辺境地なので、簡単に言えば田舎町だ。

 春になれば田畑を肥やし、夏になれば若者は狩りを行い、秋になると実りを収穫し、長くなる冬に備える。冬は地中に潜り短い春を待つ。


 赤土、泥土の鼻をかすめる臭いで目が覚める。地熱で寒さは感じないものの、保存食は日を追う事に減る。

 朝の日課として、起きたら地下から上がる階段を登り、雪が止んでいるか目視する為、玄関へと足速になる。

 雪が止んでいれば小さく心の中で「よし。」と拳を握る。


「ラージャ、起きて雪が止んでる」


 また、地下へ降りて、まだ寝ぼけている栗色の髪をした少年に声をかけた。


「ママに見つかったら怒られる」


 眠たいながらも頭を回転させてラージャが起こしに来た少女をじろりと睨む。

 しかし少女は、何を言ってるのよ!とフンっと鼻で笑った。


「あと、三日もしたら腹ぺこで動けなくなるわ!その前に森に行って調達しなきゃでしょ?さぁ、起きた起きた」


 少女の説得に根負けの重いため息をつき、外に出る準備を始めた。

 そして、満足気に少女は「上で待ってるから」とオリンピアンブルーの髪を揺らして去って行き、ラージャはまたひとつ大きなため息をこぼしながら、のそのそと近くに置いてあった上着に手を通した。




 玄関を出れば家はぐるりと塀で囲まれていて、辺り一面は新雪の白銀世界。門の向こうには足跡や、荷台車の轍が残っている。二人は慣れた手つきで持ち手が短い藁箒で足跡を消し、門を出た所で雪を掻き箒を隠し森へ向かった。

 ザクザクと足を踏み出すと膝下まで埋まってしまうくらい森は雪が振り積もっていた。これは、中々体力が奪われる上に狩りには不利なコンディションである。が、二人は進む道が初めから決まっていた様に、迷いなく進んでいく。


「こんな数日に一回の割合で森に来なくてもいいくらいの大物が今日は掛かってる気がするの」


「そんなまさか」


 嬉嬉とした表情の少女に、ラージャは笑い飛ばす。呆れるというかなんと言うか、そもそもそんな大物が掛かっていれば二人で仕留めるのも解体するのも大変一苦労なので、勘弁して欲しい気分になる。

 しかし、ラージャは嫌な予感というヤツが一瞬頭を過ぎった。


(いや、こう言う時のリディアの勘は当たるんだった…)


 小高くなった参道を抜けると下りになっていて、その先には冬でも凍結しない川がちょろちょろと流れている。

 川が見える所で、ひっそり息を潜めて仕掛けを覗き込むと一羽と一頭がぐったりしていた。


 あぁ、最悪だ…。


 ラージャは諦めたような遠い目をした半笑いを浮かべた。


「フリンケルとヴァーリアンだ」


 リディアは大物ゲットだね!と川辺に駆け下りていき、その後を慌ててラージャも追いかける。

 フリンケルとは鹿くらいの子牛なのだが、尾は団子が連なった様になっており尖端には麻痺毒が仕込まれている為、大人でも狩るのが難しいとされている。そのフリンケルを狙って降りてきたであろうヴァーリアンは大鳥である。大人だろうと、フリンケルだろうと、馬だろうと両足の爪で挟み込み逃がさない。狙われたのが人であれば、その人の最後とされる程獰猛な獣である。


「コキナの樹液まみれの野ウサギにフリンケルがかかったのは分かるけど…」


 ラージャは言葉を詰まらせた。コキナとはフリンケルの麻痺毒ほど持続性はないが、養分を得るため甘い匂いと痺れ作用のある樹液で生き物を捕食する摂食植物。その樹液を採取して、野ウサギの腹に詰めた罠を仕掛けていた。


「弱ってるフリンケルに油断したんだね!ヴァーリアンの足に刺し口がある」


 そんな、野ウサギを食して痺れたフリンケルを狙ったヴァーリアンもフリンケルの毒を食らって動けなくなっているという一石二鳥な状態だった。

 だが、どうしたものか?明らかに子供だけでは運べない量になってしまった。なにより、他にも心配な事がある。いくら川辺で解体しようとも二体もいれば血生臭さに、他の獣がやってくるかもしれないのだ。

 困った、と途方にくれていると「お前たち何してるんだ!?」と聞き知った声が聞こえてきたので、二人はニヤリと笑みをこぼした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エンシェント・ムーン 羽崎 利空 @pand0105

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ