レビュー

赤上アオコ

レビュー


 田中美波の朝は早い。六時、睡眠管理アプリが奏でる鳥の囀りで目覚める。それと同時に太陽光に近いと言われるランプがふわりと点いた。欠伸をしながら起き上がり、枕にべたりと落ちたシルクのナイトキャップを拾う。若手カリスマ美容師がプロデュースしたそれには、複雑な皺が広がっていた。洗面台へ向かい、洗濯網にそれを押し込むと、洗濯皇太子(その道のプロらしい)がおすすめランキング一位をつけていたドラム式洗濯機へ放り込んだ。

 彼女の周りには「お墨付き」が溢れている。

洗顔料は美容系Youtuberが推していた、泡がきめ細かいやつ。化粧水と乳液はオンラインショップで星9が付けられていた代物。

 勿論、単純な高評価だけが自分の基軸ではない。特に重宝しているのはレビューだ。

 レビューには全てが詰まっている。

「美味しく炊けました。星5です」「味は問題ないのですが、スペース占領しがちです。ちゃんと測ればよかった!」「著者の半生を振り返る姿勢に共感しました。私も自分のキャリアを見つめ直したいと思います」「作者の学歴自慢が鼻につく。専業主婦を馬鹿にしているんでしょうか。そりゃ生きづらいでしょうね」

 レビューには、レビュワーの価値観全てが息づいていた。なるべく自分と近いレビュワーを探し出し、オススメ品を検討するのが美波の生き甲斐であった。特に参考にしているのは「たぬさん」というレビュワーだ。都内在住の独身OL営業職らしく、奇しくも美波と環境が近い為か感性が似ていた。彼女のレビューは読み易く長所短所が端的に記述されており、なにより投稿量が凄まじかった。日用品から自己啓発本まで、彼女は自分が所持している物全てに評価を下していたのだ。

 美波は始業時間より1時間早く席につき、コンビニコーヒーを啜った。自己啓発本に朝は大事と記されていたので、眠くても実践している。スマホを取り出し、電子版日経をスクロールした。記事の中に「特集!おすすめビジネス書」の見出しが踊っている。ショップサイトを開き、ザッと本のレビューに目を通すと、その中に見知った名前をつけておや、と思った。たぬさんも読んでいたのか。美波はなんとなく彼女のユーザーページへ飛び、最新のレビューが無いかをチェックした。

 ふとレビュー履歴に違和感を持つ。ある日を境に書籍ばかり取り上げていたのだ。どうやらプログラミング言語やSE向け参考書らしい。最近仕事が忙しくショップ自体閲覧していなかったので、全く気がつかなった。その中の一冊に、たぬさんは最高点数をつけて絶賛していた。内容の充実さを褒め称える長文に、美波は少し圧倒される。彼女がここまで書くとは、特大ビーズクッションを批評した時以来では無いか。

 そう慄きながらスクロールした瞬間、レビュー追記が目に飛び込んできた

「この本などで勉強し、無事SEへ転職できました。ありがとうございます」

 ちょっと待て。ちょっとちょっと待て。

 購入履歴やレビュー内容から見て、恐らく美波と同じ営業職として働いていた彼女は、SEへ転職されてしまった。

 彼女がお勧めしたパンプスはどれだけ歩いても疲れず、お洒落な手帳は機能的で使い易かった。美波と生活スタイルの近しい彼女だからこそ、美波は彼女のレビューを参考に生きてきたのだ。もしかしたら、それが崩れてしまうかもしれない。そんな恐怖感が頭を掠め、いやいや、とかぶりを振る。

 職種が変わろうが、たぬさんはたぬさんである。変わらず便利な調理器具や、美味しいコーヒーを教えてくれるはずだ。

 そう思った美波だったが、たぬさんはパタリと更新をやめてしまった。

 困った。これから寒くなる。今年はコートを新調しようと思っていた。他のレビュワーも探してみたが、どうも「私」という直感は無く、何かがズレている。買うべき物が見つからない。そんなモヤモヤを、美波はたぬさんのレビューを読み漁る事で発散した。今まで手を付けずにいた、たぬさんの趣味と思われる手芸セットまで買ってみた。意外と羊毛フェルトが楽しい。

 だが、どれだけ商品を購入しても満たされることはなかった。月並みではあるが、自分の心に穴が空いたような感覚を覚えたのだ。

 彼女はどうして営業という職を捨てたのだろうか。そう思うと、自分の仕事まで価値が無いように思えて悲しくなった。

 たぬさんのレビュー類を改めて開く。自然と最後の方にまとまっていたSE系ノウハウ本が目に止まった。これを読めば彼女が転職した理由も分かるだろうか。カートに数冊ぶち込み、決済を進めた。


 「お疲れ様でした」

美波はサッとリュックを持つと、同僚たちの気のない返事を背にデスクを後にした。エレベーターを待つ間、スニーカーの紐を結び直す。

 ようやく職場にも慣れてきたが、前職とは違ったストレスに胃が不快感を覚えるのも早かった。とにかく炎上気味であった案件がひと段落し、疲労感と安堵感を噛み締めた。

 混んでいるのか未だエレベーターはこない。

美波は何となくショップサイトを開き、レビュワーを確認していった。惰性でたぬさんのページをクリックする。

「新着レビューがあります」

 心臓がどきんと跳ねた。震える指でレビューを開く。

「大五郎4ℓ×6」「レモン割にいい」

 美波はじっと業務用品を凝視し、しばらくて大五郎をカートへ入れた。 

 なんだか、たぬさんと晩酌しているようだ。

 割材は何を買おうか、と美波は思った。

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レビュー 赤上アオコ @AkagamiAoko

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