第5話 エバの事情
「…てなわけで、オークを救出することになったから。」
ルッツォに戻ってきて、酒場で一息ついているところに、オーク救出の依頼を受けたことをレクトがエバとアンリに説明した。
「な、なんで、あなたは勝手に決めてるのですか!?
私は反対ですよ!!」
エバは机をダンッと叩いて、レクトに怒った。
「だから、オークを助けたら、魔石が手に入るかもしれないって言ってるだろ?」
「魔物の言うことなんか信じられますか!!」
いつも冷静なエバが大きな声でレクトに言い寄っていた。
レクトはエバの勢いに表情一つ変えずに水を飲みながら、エバに答えた。
「信じる信じないの話してたら、いつまで経っても、お前の母親の魔石を手に入れることはできないんじゃないのか?
それに魔物に取られたんだろ?
魔物が持ってる可能性の方が高いだろ。」
「し、しかしですね!!」
エバが引き下がらない様子を見て、アンリが間に入った。
「い、いや、でも、オークの話が本当だったら、オーク達が可愛そうでしょ?
私はレクトの提案には賛成だよ。
…エバの気持ちも分かるけど…」
アンリに諭されて、エバはふぅと一旦、自分を落ち着かせた。
しかし、エバははっきりとレクトに向かって、言い放った。
「…私は手伝いませんからね…
…それだけは言っておきます…」
そう言って、エバは酒場を一人で出たのだった。
「…ごめんね?レクト。
エバは魔物の話になるとああなっちゃうんだよね…」
アンリはエバが出て行って、二人きりになったレクトに謝った。
「なんで、アンリが謝るんだよ?
てか、母親を魔物に殺されたんだから、当然の反応だろ。
正直、俺の勝手な行動で決めたのは認めるしな。
一人でもやるつもりだよ。」
レクトはエバの様子を全く意に介していないような様子でアンリに言った。
アンリはムッとして、レクトに言った。
「…そういうのは良くないと思うよ…
…全部分かった風な顔して、一人だけ納得するのは良くないよ。
そんなんじゃ、おっぱいなんて揉めないよ?」
「えっ!?マジで!?
どしたらいいの?」
レクトはおっぱいのワードが出てきたところで、一気に真剣な表情に変わった。
そんなレクトを見て、アンリはため息をついた。
「あのさぁ~どんだけおっぱい揉みたいのよ~」
「そりゃ、おっぱいを揉むためだけに旅に出たんだから、命かけるくらい揉みたいんだよ!!」
「はぁ~こりゃダメだ…」
アンリは頭を抱えた。
「だ、だから、どうすればいいんだよ!?
俺は間違ったこと言ってないと思うんだけど…」
レクトは焦った様子でアンリに聞いた。
アンリはいつにもなく真面目な顔でレクトに答えた。
「…確かにレクトは正しいかもしれないけど、エバの気持ちを考えてないでしょ?
エバがなんでそんなに魔物を毛嫌いするのかも、何もわかってないでしょ?
それなのに、エバの事は放っておいて、自分のやりたいようにするだけっていうのは…
…なんていえばいいのか分かんないんだけど…単純に優しくないよ…」
「…優しくない…?」
レクトはアンリの言葉を聞いて、黙り込んだ。
しばらく、二人の間に沈黙が続いた。
そんな中、アンリは黙り込んだレクトを見かねて、腕を組みながら、胸を張って、レクトに言った。
「そうだよ!!
女の子には優しくしないと、一生、おっぱいなんて揉めないよ!!
まずはそこから始めてみればいいんじゃない?」
レクトはアンリの言葉を聞いて、何か込み上げるものを感じた。
そして、立ち上がって、ニヤッと笑った。
「…分かった!!
そんじゃあ、エバに優しくしてみるわ!!」
アンリはニコッと笑って、レクトに言った。
「うむ!!頑張ってみなさい!!」
(…フゥ…あの程度でうろたえるとは…私もまだまだですね…)
酒場を出て、一人、途方もなく歩いているエバがため息をついていた。
(…しかし、オークの言うことなんか……)
そう思いながら、エバは広場の椅子に座って、ぼ~としていた。
「ユィ!」
エバは普段は聞きなれないが、聞いたことのある言葉に驚いて、振り向いた。
すると、その声の先にはレクトがニコッと笑って、立っていた。
エバはムスッとして、直ぐに振り向いた顔を元に戻した。
「やっぱり、エバって魔物の言葉が分かるんだな。」
そう言って、レクトはエバの隣に座った。
エバはフンッとそっぽを向いた。
「…魔物の言葉なんて分かりませんよ…
…ただ、声のする方に顔を向けただけです。」
「ん~でも、俺が洞窟の前でオークと話してる内容が分かってたみたいだったしな。
まぁ、言いたくなければ、別にいいんだけど。」
「……」
エバはそのままそっぽを向いたまま、黙った。
ぽかぽか陽気の中、二人は椅子に隣同士座って、周りの和やかな風景を眺めていた。
「…なぁ、エバが魔物嫌いなのって、母親を殺されたからだけか?」
レクトは沈黙を破って、エバに聞いた。
「…そうに決まってるじゃないですか…
他に何があるというんですか?」
エバは足を組んで、頬杖ついて相変わらずムスッとしていた。
「いや、母親を殺されたってなったら、普通、復讐みたいなこと考えるんじゃないかと思ってな。
それに魔石集めだって、魔物の言葉が分かるエバだったら、討伐依頼を通して、拷問してでも聞きだした方が効率的だし。」
「…あなた、思ってたより、中々、えげつないこと考えますね…」
エバはレクトの残酷な言い分を呆れた様子で聞いていた。
「まぁ、考えようによっては魔物を討伐するのを拒んでもいるように見えるなと思っただけだよ。
可能性ってだけだ。確証はねぇ。」
「…で、何が言いたいんですか?」
エバはうんざりした様子だったが、徐々にレクトの方に顔を向けていた。
そして、レクトはエバの横顔を見つめて、言った。
「これは俺の理想ってだけで、無理にとは言わない。
ただ、俺はエバにはもっと魔物の事を分かってほしい。
人が行動するのに理由があるのと同じで、魔物にも行動する理由はある。
それを分かってほしい。」
エバはレクトの方が見ず、ただただ正面を見ていた。
「「守り手」ってのは人と魔物を調停する係なんだよ。
だから、俺はエバみたいな奴にもっと、魔物の事を知ってほしいんだ。
エバなら、分かってくれる気がするんだ。」
レクトは最後に優しく微笑んで、パンッと手を叩いた。
「以上!!俺の思ってる事は全部言った!!
次はエバの考えてる事、教えてくれよ!!」
急に大きな音を出されて、思わずレクトの方を見てしまったエバはハァとため息をついた。
「…アンリに何を言われたのかは分かりませんが、そんなの教える訳ないでしょう。」
「嘘だろ!?
こんだけ、俺がさらけ出したのに?
そりゃないだろ!?」
「あなたはいつも思ってる事、言ってるでしょうが…
自分が思っていることを話せば、相手も話してくれると思ったら、大間違いですよ。」
「マジかよ!?
俺の読んだ哲学書ではそう書かれてたんだけど!!」
「…あなたは賢いかもしれませんが、ちょっと知識が偏りすぎてますね…
何もかもが極端すぎるんですよ。」
「マジかぁ…
まだまだ、おっぱいへの道は険しいな…」
何故か凹んでいるレクトを見て、思わずエバは笑ってしまった。
そして、エバはレクトにそんな顔を見られないよう立ち上がった。
「…分かりましたよ…付き合いますよ。
オークの救出。」
それだけ言って、エバはレクトを置いて、歩き出した。
レクトはハァ?といった顔でエバについていった。
「ちょ、ちょっと待てよ!!
良く分かんないんだけど、今ので良かったのか?
俺ら、ちょっとは仲良くなったのか?」
エバは振り向かずにレクトに言った。
「…それが分かるのはまだ当分先でしょうね。」
エバはそのままスタスタとレクトの先を歩いて行った。
レクトは訳が分からない顔でうなだれたのだった。
「…マジで、女の気持ちって分かんねぇわ…」
続く
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