第33話 A1高校、大学受験説明会

「あら、相井さん」


「佐藤さん、矢田さんもご一緒で、」


高校三年生の保護者達が続々と体育館に集結する。


七月。大学受験説明会だ。大手予備校の職員がスライドを見せながら、大学受験の傾向と対策を述べていく。


「授業料がエグいわね。」


「受験費用もバカにならないわ。」


「遠くを受けるとなると交通費に宿泊費」


「私立の理系はもう下宿させるとなると教育ローンかしら」


「最近の説明会は教育ローンのパンフまで配るんだから凄いわ。」


「あのね、大学受験の時は万札が千円札のような感覚で消えてくわよ。」


「ひゃー」


そんな会話を母達は交わしていた。そこで、矢田の母が


「そう言えば、私、この前、駅前で亘一くんが女子といるの見ちゃったのよ。彼女?」


まるで雷に打たれたように亘一母は固まった。寝耳に水だったようだ。


「それ、まじ?」


まるで高校生のような口調だ。


「本当。なんかサラサラストレートで、亘一くんが大きいからかもだけど、ちっちゃ可愛いくてメガネだったかな。手は繋いでなかったけど、亘一くんは自転車を押しながら歩いてるのよ。距離がねー近いのよ。彼女を駅まで送る、いわば下校デートと見た!」


矢田母の報告にまあっという感じで相井母は口に手をやる。


「でも、受験なのに、お付き合いとか大変よね。大丈夫?」


「そうね。本番前後に気持ちが荒れるような事、お互いにあったら、大変よね?」


矢田母と相井母は固まった亘一母を気にしながら話を続ける。受験期を慮るおもんばかる母達の会話だ。それからの亘一母の言葉少ない態度に2人は更に心配になった。息子の恋愛話がショックだったのだろうか。矢田母は言わなきゃ良かったと少し後悔をしたぐらいだった。


 その日、亘一が家に帰ると、すぐに母に捕まった。食卓の上には干し椎茸が並んでいる。椅子に座らせられると


「全部吐け」


母はドスの効いた声をだした。


「何を?」


亘一は干し椎茸と母を交互に見ながら怯えた。しかし何やらさっぱり分からない。


「矢田さんから聞いたんだよ。駅で彼女連れの亘一を見たって。いつから?誰と?どんな子?どっちから告白?これからどうする?どんな展望で付き合ってんの?真剣なの?いつ家に連れてくるの?どこまでいった?素直に吐かないと口に干し椎茸ぶっこむぞ」


矢継ぎ早に繰り出される質問と脅しに亘一はなんとか順を追って答える。


「や、五月末から、同じクラスの蔵瀬亜理子さんという天然で可愛いくて優しい子と、俺から付き合って下さいって言って。ずっと一緒にいたくて俺は真剣で、家に連れてくる??どこまでって手をなんとか握ったくらい?」


律儀に答えてから亘一は悲鳴のように叫んだ。


「って母ちゃん、何言わせてんだよ!恥ずいんだけど、俺」


「でかした。亘一。母ちゃんはね、反対しない。頑張れ。受験もね。別れないように模索なさい。よし、オッケー。妊娠だけはさせちゃダメよ。そこはお互い大事な時期だからね。それも守れない男はクズだからね。母ちゃんはクズには育ててないよ。だけど、万が一なにかあった時は必ず相談なさい。母ちゃんが無理でも姉ちゃんとか父ちゃんとか。周りにきちんと助けを求めなさい。じゃないと干し椎茸な!」


亘一は干し椎茸の煮物が大嫌いである。匂いも味も何もかも。もどす前のものでもみるだけで口の中が椎茸だ。なんとかうなづく息子に満足気に微笑むと母は、冷蔵庫から麦茶を汲み、飲み干した。


その間に亘一が逃げるように自室に引き上げようとすると


「母ちゃんはどんな子か見たいなー写真ないかなー。あ、下校の頃見に行けばいいのかなー」


と不穏なつぶやきが聞こえた。まずいと思った亘一は


「4月の集合写真、出席番号、彼女は12番、俺は17番ね。」


と情報を足した。これで満足してくれれば良いのだがと内心不安になりながら。


 亘一母は集合写真を取り出した。毎年始業式に学校オススメスポットで撮るあれだ。名簿順で並んで撮るから数えれば亘一のカノジョが分かるはず…


「あっ!」


おざぶの子じゃん!試合観に来てた子じゃん!可愛いと思って目つけてたけど、亘一やるじゃん!母とタイプ一緒じゃん!


と興奮して、亘一母はハタと思い付いた。


「もしかして、私、キューピッド?」



注)干し椎茸はとても素晴らしい食べ物です。こんな風に書いてしまってごめんなさい。常備されているという事はきっと亘一にばれないように使われてますね。      

しいたけ皮膚炎なんてありますから加熱してから食べてください。

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