第8話 亘一 煮干しの日

 2月の頭の学年末考査が終わり、席替えした。廊下側の席になった。廊下を背にして座ると姫が眺められる。そんな席になった。今の俺にはこのくらいが丁度良いのかもしれない。


 

「俺に今年はチョコ恵んで下さい。」


「男子にはやらない主義だから」


 なんて会話や


「甘いもの嫌いなの?ダークチョコでも?」


「カップラーメンのが嬉しい。」


まで。


教室がバレンタイン前の会話に満ちるようになった。その中で、姫がおかしい。毎日小さいタッパーにお菓子を入れてきて休み時間にもぐもぐ食べているのだ。クッキーやらカップケーキやらバレンタインの試作のようなものから杏仁豆腐の匂いを撒き散らしている日もあった。


 長いマシュマロをパクパクしている時はさすがに、教室からドヨメキがあがり数人の男子がトイレに消えていった。真剣にバレンタインの試作をしているのではないかと憶測が飛び交い彼女が誰に渡すのかも関心の的となった。


 今年は14日が平日のため14日だけ心の準備をしていれば良いかと思ったら、12日からチョコが目につくようになってびっくりした。運動部マネージャーなどたくさん配る人は11日の祝日を使って手作りをするらしい。俺もバレー部マネージャー達からもらって義理だけどなんだかほっとしていた。マネージャーがいる部活にいて良かったと心底思った。姫は確か文芸部だ。誰に配るんだろう。願わくば友チョコのみに。かつ、女子限定で。


 14日の朝、教室に入ると美術部男子が数人の男子に責められている現場に遭遇した。


「こいつ、なんで蔵瀬さんからもらってるんだよ。」


そんな言葉が耳を刺した。ぐりんそんな感じに首がそっちへ回る。美術部男子はただニヤニヤと笑うばかりだ。あいつがっ。突然後ろから叩かれて我に帰るとバレー部で俺に良いトスをあげてくる大崎のジャンピング突っ込みを受けたようだった。背が低いのをジャンプ力でカバーしてきた奴で平気で長身の俺を叩いてくる。


「亘一、目ヤバイぞ、人殺しの目になってる。どうした?」


「眠いから眼が細くなってるだけだ」


殺気を出してしまったらしい。


「バレンタインだからって気合い入ってんのかと思ったぜ」


気合いじゃない。美術部男子を絞めそうになっただけだ。


「それより見たか?蔵瀬さんの荷物。どんだけ配るんだよって思ったら一つ一つがデカいみたいだぜ。」


てことは貴重な1つを美術部男子に。だめだ。今日部活まで心もつだろうか。


 休み時間の度に一つ又一つと姫のチョコが減っていった。ほとんど女友達のようだった。美術部男子は文芸部の仕事を手伝ったお礼として渡されたらしい事がお昼になる頃にはばらされクラスの男子達は胸を撫で下ろしていた。


 お弁当を食べた後のトイレから教室に戻るといつも一緒にお昼をとる同中出身の相井と矢田が姫のチョコ袋を手にしており俺の分まで置いてあった。目を見開いて固まった俺に矢田がのんびりと


「蔵瀬さんから配っといてーて頼まれた」


はいっと手渡してきた。憧れの姫からのチョコは姫からではなく矢田からでシチュエーションとしてはなんか解せないが袋に佐藤さんと書かれている字は確かに女子っぽい字で。


「うちのクラスもう1人佐藤いるけどこれ、俺ので間違いない?」


自信なく聞けば


「あーあっちの佐藤にも俺頼まれて配ったから。佐藤は2つあったから大丈夫」


へらりと矢田が笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る