第6話 姫 ミスドーナツ

 11月末になって席替えがあって男子に三方囲まれた廊下側最後尾になった。クラスの4分の1しか女子がいないとは言え、いくらなんでもここまで男子に囲まれたのは初めてだった。


 そしてこの席周辺はやたら下ネタが登場する。それを流すスキルが必要になった。時折、私の存在に気づいて慌てるぐらいなら常に気をつかって欲しかった。


 後ろの端のせいか日を重ねるごとに男子溜まりは増していった。うちの高校は男子は昔ながらの黒い詰襟学生服で、女子は白い襟の紺のセーラー服だ。視界がやたら黒い。


 昼ごはん時に、他クラスの男子まで入り込んできて、更に黒さに密度がかかると、その様子に恐れをなして女子達が誰も近寄ってこなくなった。私は陸の孤島になってしまった。


 ただ、男子溜まりのうち1人が佐藤さんだったから私は我慢することにした。でも佐藤さんに話しかけるのは難しかった。休み時間は立ってるし、立ってるとさすがクラス1番の高身長で遠いい。見おろされてる感じが恐れ多い。お弁当を食べてる時は仲良し達で戯れたわむれあっている感じが微笑ましい。よく佐藤さんがボケるのか叩かれてるんだけど見守る感じになってしまう。これで下ネタさえ無ければまだなんとかなるのにと思いながら冬休みを迎え年が明けた。


 そして、とうとう佐藤さんの後ろの席になった。浮かれた気分の次の朝、いつもほぼ1番に登校する私は職員室に教室の鍵を取りに行き、戻ると誰かのお母さんと思しき人が教室前でうろうろしているのに出くわした。


 「今開けますね。忘れものですか?」 


と声を掛けた。自分の母だとしたら勝手が分からず困ってるんだろうなと思ってお節介を。背が高くて短髪のジーンズのよく似合うその人は


 「あ、佐藤亘一の母なんです。」


だった。


 「あ、私は後ろの席の蔵瀬です。」


思わず頭を下げた。にわかに緊張が走る。


 「あのね、亘一、ぢになっちゃってドーナツ座布団がないと椅子に座れないはずなのに恥ずかしがって置いてくのよ。で、座席に置き逃げしようと思ってこっそりきたんだけど」


ニコっと佐藤さんのお母さんは素敵な笑顔を浮かべた。佐藤さんにそっくりだ。


「それより、後ろの席の可愛いあなたに勧めてもらったが良いに決まってる。今、思いついた。いやー助かった。お願い!」

 

 頭に全て情報が整理できる前に話し続けてきた。


 「じゃ、亘一に見つかる前に帰るね。お願いしますね。いや〜助かる。」


 去り際は鮮やかだった。さすが佐藤さんのお母さん。ママさんバレーとかやってそうな軽やかな走りで去っていかれた。私の腕には茶色いドーナツおザブの穴が通されていた。

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