3.

 この島には 大きな山がちょうど真ん中に一つ、小さな山が南の方に一つ連なってある。真ん中の山の北側の斜面に沿って家々が並んでいて、広場だったり、店だったりがあるらしい。南の方には人がほとんど住んでいない。そして島が外周を一周できる道らしきものが敷かれているので、南側にはその道を通ってしかいけないらしい。というか、草木がかなり茂っているのに人が住んでいるのだろうか。ざっと見たかぎりあまり手入れされている様子はなかったが。

 だいくさんはその大きい山の上の方に小さな小屋を立てて一人で住んでいた。ほったて小屋、というのだろうか。周りに他の家はなく、裏には先が見えない森が広がっている。質素な作りの外観で、庭に大きい犬が一匹寝そべっているのが見える。犬種はなんだろう。

 坂はなだらかだ。斜面がキツくて登るのが大変というわけではない。とはいえ、大きく離れているわけではないものの、集まりが多いこの島でイベントに参加するのはこの長い坂ではなかなか大変だろう。密かに同情した。

「あの、」

 声を出した瞬間ピリッと空気が凍るのを肌で感じる。木々のざわめきのみが鮮明に耳の奥で響いている。ここは明らかに何かが違う。これまで色々案内してくれたあかいきのみちゃんもこの場所にはついて来なかった。風が冷たい。深く、深く息を吸い込んで吐く。

 悪い人ではないと聞いている。何も恐れることはないのだ。

「だいくさんはいますか」

 扉が開く気配はない。押せば簡単に開きそうな作りだったが、流石に勝手に入るのは躊躇われた。

 いないのだろうか。そういえば確認を取っておけばよかった。

 木々がざわめいている。段々とうるさくなってきた。くすくすと笑うような声に変わっていく。笑っているのだろうか。ここは一人、僕しかいない。囲まれている。笑われている。大きい音。葉が擦れる音。クスクス。ざわめき。ここはどこだろう。僕は何をしているのだろう。クスクス。クスクス。

 また一人なのね。


「何をしている」

 声が聞こえた。

 はっと気づけば後ろにだいくさんが訝しげな顔をして立っているのが見えた。片手に工具箱を握りしめている。仕事中だったのだ。ふっと肩の力が抜ける感覚がして、そのまま僕はその場に崩れ落ちた。


「飲みな」

 スープが入ったコップを無遠慮に手渡されたので素直に受け取る。ゴロゴロと野菜が入っていてスプーンなしでは食べづらそうだったがそれはさておき。

 気づけば僕は布団にくるまっていた。あの場所で倒れてしまったようで、わっざわざ家の中まで運んでくれたらしい。ありがたいし申し訳ない。

 だいくさんはふんと大きく鼻を鳴らしてから暖炉へと視線を向ける。つられて僕もそちらを見た。暖炉の炎がゆらゆらと揺れているのを眺める。二人とも黙っていた。そういえば他の人といて何も会話しないなんてことは、この島にきて初めてのことではないだろうか。

 そうして、どれくらいの時間が経っただろうか。最初に口を開いたのはだいくさんの方だった。

「何しにきた」

 その言葉で僕は改めてなぜここにきたのかを思い出す。そうだ。スープを飲むためにわざわざ坂を登って倒れてここに運ばれてきたわけじゃないのだ。

 しどろもどろな僕の説明を、だいくさんは黙って聞いていた。煌々と赤い炎がだいくさんの横顔を照らしている。終始一貫して気難しそうな顔が変わることはなかったが、最後に一つだけ質問をしてきた。

「自分の名前を覚えているか」

「え?」

「その様子なら無理だ」

 だいくさんは益々顔を顰めて僕の顔を凝視する。

「一週間しかない」

「何がですか」

「飲み終わったら帰ってくれ。ここには来ない方がいい」

「僕は何にも覚えてないです」

「南にいる娘に会うといい。わしにできることはない」

それ以上、だいくさんが口を開くことはなかった。

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たのしいくにのはなし @envyyou

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