木瓜

小さな窓から、一筋の光が差し込む。


透き通る様な白さのシーツは、その光を反射し、星のような輝きを放つ。

その輝きは、無数に散らばった紙片達を包み込んだ。


艶やかだった。


輝きは、偉人達が流した涙のようにも見えた。


いや、泣いていたのは自分だったのかもしれない。


使い古されたゴムと紙片達は、私を包んでも温めてはくれなかった。

月明かりに温もりを感じた、雨の滴る夜だった。


「ん...駄目…」

私を抱く男に対して、そんな恥じらいを孕んだセリフを言ってみる。


それに興奮した相手は、貪る様に、私の事を食べ尽くしていく。

足先からゆっくりと這う舌先は、徐々に私の恥部に近づいて、そこでしばらく舌鼓を打ち、一気に頭のてっぺんまで飲み込むのだ。


逃れられない不快感に、思わず身を捩らせ顔を両手で隠すと、何を勘違いしたのか、男は更に激しく食事を再開した。


きっと、両手の下には、熟成された赤ワインの様に、赤く熟れた表情が隠されていると思ったに違いない。


冷めた表情を隠したまま、男の欲望に合わせて、私は喘ぎ、肌を擦り合わせた。


まるで上映された映画の1幕を見ているように、そこに私の意思は介在しない。


慣れたことだ。


何もない私には、他人の色で自分を汚すことでしか、生きている実感を得られない。

汚れる事で生じる痛みによって、私は生きていると思えるのだ。


知らない男共と、体を重ねる生活をして一体どれだけたったのだろうか。


承認欲求を満たすため?


自己肯定感を高めるため?


愛によって生じた孤独を埋めるため?


きっと、どれも違う…


私は幼い頃、父親から虐待を受けていた。


痛くて、怖くて、苦しくて、それでも、父親からの愛情を求め続けていた。


いつしか、父親に求めていた愛情は、形を歪ませて生まれ変わった。

相手の男に理想の父親の姿を重ねていた。

犯される度に、父親に求められている、優しくしてもらえる、愛してもらえる、と感じることが出来た。


抱かれる時に、綺麗な下着や、メイクで着飾るのも、全ては父親に褒めてもらうため。


体を重ねる度に、対価としてお金を求めるのは、自分に大義名分を与えるため。


父親への、歪んだ思いを認めたくなくて、認めてはいけなくて。


だから、お金で誤魔化し続ける。

お金の為に、やっているのだと。


けど、日に日に大きくなっていく、歪んだ想いが、私をゆっくりと壊していく。


お父さん、今日は綺麗にメイクをしてきたよ

お父さん、可愛い下着もつけてきたの

お父さん、もっと私を抱きしめて

お父さん、ずっと私と1つになって

お父さん

何で私を殴ったの?

何で私を見てくれないの?

何で優しくしてくれないの?

何で愛してくれないの?



…ありえない。

あってはならない感情を、溢れそうな思いを必死に振り払う。


いっそ、犯されたまま死んでしまえたら。


穢れてしまった想いに、これ以上苦しめられる事もないのに。

意味の無い仮定をいつまで続ければ良いのだろう。


いつか、ここに記した思いを誰かに話す時は来るのだろうか。

そんなことを考えながら、私は手記をそっと机の引き出しにしまった。


「…くん、お客さんだよ」

店長が、私に声をかけた。

どうやら客にお呼ばれのようだ。


「わかりました、すぐ行きます」


そう言うと、綺麗に着飾り身支度を整える。

今日も私は、薄汚れた夜を迎える。

あの日、失った愛情を求めて。

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木瓜 @moka5296

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