*第85話 先ず馬を射よ!

エルサーシアには二つの顔が在る。

ひとつは言わずと知れた大聖女。

もうひとつは、カイエント辺境伯夫人。


殆どの場合は大聖女として扱えば何の問題も無い。

教皇や皇帝と同列の待遇で良い。


国に招待するのなら国賓こくひんとして招く。

個人として面会するのなら出向いて行く。

簡単な話だ。


ところがだ。


オバルト王家だけは、そう単純では無い。

カイエント辺境伯カルアン・レイサンは臣下の立場にある。

その妻であるエルサーシアもまたしかり。


本来であれば呼びつけて参内さんだいさせれば良いが、

それを拒否できる格式を持っている。

そうなれば王家のメンツは丸潰れである。

かと言って、王族が臣下の所へヘコヘコと出向く事も出来ない。


実に厄介だ!


***


王宮セムルフスル城

迎賓館 シャロット宮殿


本日は王后おうごうビリジアンヌ主催によるお茶会と、

同時にそれぞれが持ち寄った自慢の茶器の展示会が開催されている。

王家からは宝物殿の中から選りすぐりのロイペのアンティークが出展された。


「あぁ!なんて素敵なシルエット・・・

更にそれを生かした絵付け・・・完璧です!」

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16818093074281985774


「気に入りまして?ルルナ様」

「えぇ!勿論ですよ!」

「そちらは6代目ヒューダリン・ジングロの手による物ですのよ。」

「これが、あのマイスター・ジングロの!初めて見ました!」


「どうぞお手に取って御覧あそばせ。」

「おぉ~なんとバランスの良い!あぁ~この角度からの眺めもまた格別!」


この勝負、ビリジアンヌの勝ちである!


エルサーシアを王宮に呼び出すにはどうしたら良いだろうか?

学生の頃からルルナのロイペ好きは知れ渡っていた。

常に特注で作らせるのみならず、アンティークにも目が無い。

それを利用する事を思いついたのだ。

ルルナを味方に付ければエルサーシアを動かす事が出来る筈だ!

そしてそれは大正解だった!

お茶会に名を借りた自慢大会にルルナは、まんまと乗せられた。


「よろしければルルナ様がお持ち下さいな、お茶器も喜びましょう。」


「え!良いのですか?国宝でしょう?」

宝物殿の所蔵品なのだから、そう言う事だ。


「この出会いは運命ですわ。両想いの恋を引き裂くなんて出来ませんわ。」

「りょ、両想い・・・運命・・・」

ルルナ撃沈~~~


「実はルルナ様にお願いしたき事が・・・」

「何ですか?何でも言って下さいね!」


ルルナ陥落~~~


***


お茶会が終わり、いよいよエルサーシアと話し合いの段となった。

緊張で手が震える・・・


事前にルルナには相談している。

協力は惜しまないと心強い返事を貰った。

後はエルサーシアに話しを通すだけだ。


「平凡の友の事で話しがあるそうね?」


あぁ・・・この目だ・・・

まるで物を見る様な目・・・

寒い・・・

心が冷える・・・


「あ、あの、はい、その・・・」


言葉が出て来ない・・・

思わずルルナを見やる。


うん、と頷いてルルナが後を引き取る。


「サーシア、この件は私に預けて下さい。」

「あらそう?じゃぁお願いね。」


え?

終わり?


「私はもう少しビリジアンヌと話しがありますから、先に帰っていて下さい。」

「えぇ、分かったわ。お先に失礼するわねビリジアンヌ、

今日はとても楽しかったわ。」


「こ、こちらこそ!」


見送りは不要と手で制して、エルサーシアは帰って行った。

なんとまぁ~あっさりと話が着いたものだ。

それだけルルナ様を信頼しているのだろう。

とビリジアンヌは思った。


違うよぉ~

面倒くさいだけだよぉ~ん。


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