*第84話 王家の紋章

しなやかな枝に細長い葉が左右に描かれ、

中央に三つかしらの蛇が蜷局とぐろを巻いている。


オバルト王家の紋章だ。

枝葉は柳、蛇の頭は”法・精霊・人”を表す。


「なんだ!この記事は!王家に対する侮辱であろう!

書いた者を捉えて処罰せよ!」

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16818093074152335072


先日発刊された”平凡の友~陽節号”に二つの新設コーナーが登場した。

新人小説家ミュラー・サキ・シーキンズによる恋愛小説と、

新人評論家セイシュール・ニャーゴロンによる時事放談である。


勿論、香子かおるこによる一人二役だ。


小説の方は貴族社会の恋愛模様を面白おかしく書いた創作物で、

実在の人物をモデルにしている節はあるが、

大いに脚色され、あくまでも物語に過ぎない。


問題は時事放談である。

実名での暴露記事であり、口を極めてののしり非難している。


「やっぱりアンタ性格悪いわぁ~

そんなに清少納言せいしょうなごんが嫌いなの?」


記事を読んだジャニスは呆れていた。

ただの名前とは言え嫌われ役を押し付けた。


「別にいいじゃん、居ないんだから。」

香子は執念深い・・・


今回の標的にされたのは他でも無い、

オバルト国王ナコルキンと王太子ウイリアム、

そしてその長男カイザルである。


何の実績も無い凡庸な王~だとか、

若い頃から放蕩三昧の王太子~だとか、

頭の足りない王子殿下~だとか、

散々な書かれ様だ。


もう言い訳の出来ない程に不敬罪の対象だ。

ただし、相手が臣民であればだが・・・


「陛下、それはむずかしゅう御座います。」

「何故じゃ!」


「その・・・平凡の友は精霊様が出版しておりますれば、

捜査権の及ばぬ所で・・・」


そうだよねぇ~

相手が悪いよねぇ~


「な!ならば其方そなたは王家が愚弄されても良いと申すのかっ!」


聞き分けの無い人だなぁ~

そんなんだから凡庸だって書かれるんだよぉ~


「いえ!決してその様な事は!」

「ならば不届き者を捉えて参れ!憲兵隊で不十分であれば軍を動員せよ!」


うわぁ~完全に切れてるよぉ~

これだからお坊ちゃん育ちは困るよね~


「お待ち下さいませ陛下。」


王后おうごうビリジアンヌが止めに入った。

軍を動かしてどうにかなる様な相手では無い。

どうしてそれが分からないのだろう?


「私がエルサーシア様とお会いして参ります。」

其方そなたが?彼女と?」


「はい。出版元の平凡同好会の主催者はカイエント辺境伯の契約精霊だとか。

エルサーシア様にご協力頂くが宜しいかと。」


彼女の身内に、断りもなく手を出したら王家と言えどもただでは済まない。

デーデルン公国の二の舞になりかねない。


「何故こちらから頭を下げねばならぬのだ!

彼奴等きゃつらはオバルト王家の臣下ぞっ!」


うん、その通りだよ。

なにも間違っていないよ。

でも駄目なんだって。

そんな常識が通用する相手じゃぁ無いんだって。

いい加減に理解しようよぉ~


「陛下、先ずはお話し合いを。」


ビリジアンヌはそっとナコルキンの手を握る。

悔しさに震え、冷たくなった手を。


不運な人だ。

大聖女と同じ時代に生まれてしまった。

彼女の前では何者であっても

霞んでしまうだろう。


決して暗愚な王では無い。

真面目が過ぎるのだと。

そう思うとやるせない。


妻の手の暖かさにほだされて、やや落ち着いたのか、

ほぅと溜息をつき王は言った。


「其方に預ける。」


そう告げると執務室の奥へと入って行った。

一人になりたいのだろう。

そっと背中を見送った。


エルサーシア宛ての手紙をしたため、封印を押す。

王家の紋章の封印だ。


「大聖女様に使者を。私がお会いしたいと。」

「はっ!承知致しました。」


怖い・・・

あの人の前に立つと思うと寒気がする。

あの目・・・


心の奥の奥底まで見られるような、何を考えているのか、

全く分からない感情の無い目・・・

聞いた話しでは、ケラケラと笑いながら人を焼き殺したと言う。


何度か対面した事があるが、その度に体が硬直し、痺れ、

気を失いそうになる。

あぁ~怖い~

やっぱりやめとこうかなぁ~


言わなきゃ良かった~~~

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