*第72話 さようならカヒ

夜空にひときわ明るく輝く二つの星。

他の星々が西から東へと流れる中をさかのぼる様に走り抜ける。

”ケントとメリーヌ”と名付けられた天空の旅人を背に、

同じく二つの人影が浮かんでいる。


エルサーシアとルルナだ。


「あれがデーデルンのお城ね。」

「えぇ、そうですよ。」

「そこそこ大きいわね。何所に居るのかしら?」


「大公家の城ですからねぇ。」

「探すのも面倒だから丸ごと潰してしまいましょう。」

「言うと思った・・・」


そしてエルサーシアの顔から表情が消えた。

両手の指を絡ませていんを結ぶ。


りんびょうとうしゃ

かいじんれつざいぜん


九字くじを切ると同時に、もはや数えるのも億劫おっくうになる程の

闘将精霊が一面を覆い尽くす。


阿耨多羅あのくたら 三藐三菩提さんみゃさんぼだい

 阿耨多羅 三藐三菩提

 阿耨多羅 三藐三菩提

 超剛力招来ちょうごうりきしょうらい!』


エルサーシアとルルナのラッキーペアーのみが発動できる

最上級の攻撃魔法だ!


全ての精霊が一斉に構える!

その指先に七色の光が渦巻く!


『レインボウ!スパーク!』

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16818023212937745650

***


「今度なしゃんしゃと、しよろうばい。」


さすがに同い年の相手に四人係りで負ける筈は無いだろうと、

ドルフは呑気に構えている。


今のオバルト一強体制を苦々しく思って居る諸侯は少なくない。

”聖女は不死身では無い”

それを示す事で風向きが変わると踏んでいる。


「ワシが盟主んなって世の中ば変えちゃるけんね。

ゆくゆくは皇帝たい!

がっはっはっはっはっは~~~!」


ジュウッ!


蒸発した・・・


***


グツグツと煮えたぎる溶岩の塊を見下ろして、

エルサーシアは言った。


「私の可愛い娘達に二日も同じパンツを履かせるなんて

言語道断ですわよっ!

死んでつぐないなさいな!」


「それ、生きてる内に言うべきですよ。」

ルルナは呆れた。


「嫌よ面倒くさい。」

いちいち探すのは手間だからねぇ~


「さぁ、帰りましょう!」

「はいはい。」


***


スッキリと身支度を整えた若草姉妹。

マーガレット。

ジョセフィーン。

エリザベス。

エイミー。


城に戻って来たエルサーシアを見て駆け寄る。


「お母様!お願い!」

「お父様を助けて!」

「ドルフに捕まっているの!」

「臭い飯を食べているの!」


なんかエイミーはズレてる・・・


「あら、カヒなら離宮の客室に居るわよ。」

「え?」


そう、昨日の内に連れて来ている。

さっそく此方こちらに来る様に使いを出した。


感動のご対~面~~~!


「お父様ぁ~~~!」

「無事で良かったぁ~!」

「こんなに痩せてしまって・・・」

「そんなに不味マズかったの?」


やっぱりエイミーはズレてる・・・


「私はお父様では無いよ。お前達を利用しただけなのだよ。」

毒気の抜けた柔らかな表情のカヒが、つぶやくように言う。


「いいえお父様!貴方はお父様です!」

「沢山お話しして呉れました!」

「お母様に逢いたいと我儘を言った時も、優しく抱きしめて呉れました!」

「お漏らしして泣いた時も、笑って許して呉れた!」


案外に良いお父さんだったようだ。

実際の所、カヒは心変わりしていた。

姉妹を戦いに使う事を躊躇ためらった。


ドルフから何度も催促さいそくされていたが、

なんだかんだと理由を付けて先延ばしにしていた。

そうこうしている内に姉妹が母に会いに行ってしまったのだ。


「私の事はもう忘れなさい。大聖女殿、この子達を頼むよ。」


カヒは国際指名手配されている。

極刑は免れないだろう。

それだけの事をして来たのだ。


「嫌です!お母様、お願い!」

「お母様!」

「お父様を助けて!」

「お母様!」


娘にはとことん甘いエルサーシアである。

お願いと言われて断るなど有り得ない。


「このまま離宮で暮らしなさいな。

城壁の中でしたら誰にも手出しは出来ませんわ。」

「良いのか?またいつ敵対するかも知れないのだぞ?」


正直な所、カヒ自身にも確かな事は分からない。


「私は魔法が憎いのだ。」


この世から魔法を消し去る。

その為に生きて来た。


「あら、どうしてかしら?」

便利だよ?魔法は。


「使え無いのだよ・・・魔法が。文字の認識が出来ないのだ。」

「『ディスレクシア』ですね。」

「何ですの?それは。」

「脳機能の障害で文字が分からないのです。」


「まぁ!それは不便ですわね。」


「ほう、さすが精霊王だな。原因が分かるのか。

そうか・・・脳に障害があるのか・・・」


「文字が読めなくても魔法は使えますよ。」

「何?今なんと?」

そんな!まさか!


「何度もやってみたのだ!でも出来なかった!」

「イメージの問題ですよ。ちょっと見ていて下さい。」


そう言うとルルナは水の入ったタンクと

そこに繋がるパイプと蛇口を具象化した。


この世界で水を使うには、川や井戸から汲み上げるか、

てのひらから魔法で出すかである。

そう!蛇口は無い!


「何だね?それは?」


「ちょっとこれをひねってみて下さい。」

「こうかね?おぉ・・・水が出るね。」

「その動作が『ヒネルト』ですよ。そして水が出る様子が『ジャー』なのです。」

「なんと!呪文にはそんな意味が有ったのか!」

「これで、しっかりとイメージが出来るでしょう。やってみて下さい。」


「そ、そんな・・・まさか・・・いや・・・でも・・・

出来るのか・・・ヒュ・・・『ヒュネィルトゥジャー』」


カヒの掌からシャワーの様な優しい散水が出た。


「で!出たぁ~~~!」


腰を抜かして自分の掌から出る水を凝視する。

まるでオバケでも目撃した様な驚きだ。


「精霊言語の意味を理解すれば文字が読めなくても魔法は発動しますよ。」


逆に言えば、意味が解らないから、

精霊文字を思い浮かべないとならないのだ。


「み、水だ・・・うふふふふふふふ。

水だ!水だ!水だぁ~~~!

わははははははははははは!」


砂漠の遭難者みたいに、水に興奮している。

無理も無い。

同世代の子供達がいとも簡単に水を出すのを

カラカラに乾いた心で見ていた。


「あぁ・・・なんて美味い水だ・・・」

喉をうるおし、心に染みわたる。


<どうしたの?カヒ、なんか変だよ。>

<うひゃひゃひゃ、その時が来たのじゃ。>

(あぁ、ソイラン。君にこの体を返すよ。)


<どう言う事?>


(もう君は大丈夫だよ。

もう僕は必要ないんだ。

バラバラになった心をもう一度一つにするんだよ。

その時が来たんだ。)


カヒは魔法が使えずに苦しむソイランを救うために現れた人格だ。

魔法が使えるのならば存在理由を失う。


<もう会えないの?>

<会うもなにも君は僕で、僕は君だよ。>

<ワシも一緒じゃよ。>


別れるのでは無い。

一つに戻るのだ。

そう・・・分かっている・・・


(そうか、そうだね。

今までありがとう、カヒ、おじいさん。

さようなら、カヒ。

さようなら、おじいさん。)


もう返事は聞こえない。

カヒとデコー老人の人格が溶けて混ざり合うのをソイランは感じた。


「様子がおかしいわね?」

「波形が変わりました。」

「どう言う事かしら?」

「彼はもうカヒではありません。別の人格です。」

「まぁ!随分と器用な人だこと!」


そう言う問題か?


「貴方は誰ですか?」

ルルナがゆっくりとした口調で聞いた。


「僕はソイランと言います。」


カヒ・ゲライスが何者であったのかをソイランは語った。

本来の人格がソイランであった事。

人格が分裂した事。

カヒと入れ替わった事。

そして今再び一つになった事。


「お、お父様は・・・」

「もういないの?」


若草姉妹も感じた、彼はカヒでは無いと。

見た目は同じだが、やはり違う。


「いや、カヒは此処に居るよ。」

ソイランは胸に手を当てた。


「そう・・・そこに・・・」


***


それから数週間が過ぎた。

カイエント城でカヒらしき人物を見たと噂が流れた。


それなりに人の出入りがあるし、

ある程度は面が割れているのだからやむを得ない。


オバルト王国から問い合わせが来たが、

「カヒは死んだ。」とだけ返答した。

信じたかどうかは分からないが、一応は引き下がった。


カイエント城の広大な敷地の中に在る、薔薇の生垣いけがきに囲まれた離宮。

庭園の花壇に水を撒く男。

実に楽しそうだ!


「お父様!次はこっちよ!」

「はいはい。」


結局は”お父様”で落ち着いた。

姉妹がそれで喜ぶならと父親を引き受けた。


「まぁ!奇麗に咲いたわね、ソイラン。」

「あ!サーシア様。」

「お母様!」


薔薇の花の様に気高く美しい。

その人の名はエルサーシア。

エルサーシア・ダモン・レイサン・カイエント辺境伯夫人。


けっこう長い名前。



第二部 カヒ・ゲライス編 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る