第五章 すんばれるのぉ~

*第40話 守ってあげたい

「そうか、タラルが・・・うふっ!

うふふふふふ・・・

笑いごとでは無いのだがな。

うふふふふふふふ。」


凄腕の工作員であったタラルが失敗した上に、

どうやら寝返ったらしい。

さらにミラームと侍女のネフェルもカイエント城に囲われている。


このままで済む筈は無いだろう。

必ず奴らは動く。


<どうするのじゃ?またやられるぞぃ>

(さてさて、どうするかな。)

<大丈夫?カヒ>

(大丈夫だよ、なんとかなるさ。)


カヒ・ゲライス。

本名:ソイラン・ゲライス。

彼には二つの特質がある。


一つは魔法が使えない事。

初歩の初歩である”水魔法”でさえ発動しない。


ディスレクシア・発達性読み書き障害。

彼は文字を認識する事が出来ないのだ。


魔法を発動させる為には呪文を唱えると共に、

精霊文字をイメージしなければならない。

例えるなら魔法陣の様なものだ。


呪文はシステムに対して”今から〇〇魔法を発動させる”

との呼びかけであり、精霊文字がその内容を表す”情報”である。

この二つはセットでなければ意味が無い。

白紙の申請書を提出する様なものだ。


魔法が使えない事で彼は強烈な劣等感にさいなまれた。

本家の嫡男に生まれながら誰からも将来を期待されなかった。

いずれは分家筋から養子を迎え、彼は廃嫡されるだろうと思われていた。


皆がさげすみの目で見る。

そうでない者は哀れみを向ける。

聞えよがしの陰口をささやく。


彼の精神は崩壊の瀬戸際で防衛策を講じた。

自己の人格を分裂させて理解者を誕生させた。


決して挫ける事の無いはがねの心を持つ”カヒ”。

何事も受け流し、飄々ひょうひょうとしている”デコー老人”。

もう一つの彼の特質。

多重人格者。


苦しみも悲しみも、彼らと分かち合った。

どうにか精神の均衡きんこうを保っていたソイランだったが、

弟が生まれた事で状況が悪化した。


元々希薄だった両親の愛情は弟に集中し、

あまつさえ邪険にされるようになった。


「アミタスを嫡男とする。」

ソイランは分家へ養子に出される事になった。


(もう駄目だ・・・)

<しっかりしろソイラン!負けるな!>

<明日は明日の風が吹くわい>

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330667738733027


(ねぇカヒ、お願いがあるんだ。)

<なんだ?言ってみろ。>

(僕と換わってお呉れよ。)

<そんな事したらお前が!>


(もういいんだ・・・)

<二度と戻れないかも知れないぞ?>

(生きているのが辛いんだよ。お願いだよカヒ、助けてお呉れよ。)

<(わかった、俺が守ってやる!)>

<ありがとうカヒ。>

(俺に任せて於け!全部ひっくり返してやる!)

<うひひひ、面白くなって来たわい。>


こうして彼はカヒ・ゲライスになった。

ありとあらゆる手段を講じて彼はのし上がった。

何人も殺した。

両親も、弟も、邪魔な者は皆。


彼の願いは全ての祭壇を破壊し、この世から魔法を消滅させる事。

その為に世界の覇権はけんを欲したのだ。


オバルト王国を手中に収めれば、その野望も戯言たわごとで無くなる筈だった。

あともう少しだったのに・・・


たった一人の聖女が現れたが為に計画は瓦解がかいした。

圧倒的な暴力で叩き潰された。


「テロポンの精製工場が、何者かによって破壊されました!」

傍仕そばづかえの報告に、だが彼は慌てはしなかった。


「うふふっ!やはり来たか!」

<ほれほれ、どうするどうする?>

<怖いよ、カヒ>

(大丈夫だよ、ソイラン。)


「逃げるが勝よ!うふふふふふふふふふふ。」


カヒ・ゲライス。

決して諦めない男。

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