*第36話 走れミラーム

ミラームは激怒しなかった。

必ず、かの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの大聖女を除かなければならぬ

とは考えもしなかった。


その辺がメロたんと違う所だ。


彼の思いはただ一つ。

一刻も早くネフェルの元へ。

明日の日の出までに着かなければ、彼女は殺されてしまう。


あぁ・・・

また失速した・・・


魔法の威力や有効範囲、持続時間は術者の技量に左右される。

今のミラームには三刻の高速移動が限界だ。

地球では1時間半に相当する。


加速時に掛かる圧力に耐え、移動中は風圧に逆らい、

停止する際には転ばないようにと、結構な体力を使う。


まる2日以上これを繰り返し続けてミラームは、

もうヘロヘロになっている。

着地の度にゴロゴロと転がる。

体中が傷だらけだ。


「あんたくさ、どげんしよーとや?」

通りがかった農民らしき男が声を掛ける。


だ、大丈夫だ・・・ハァ・・ハァ・・ハァ・・

はぁはぁと肩で息をしながら再び魔法を発動しようとする所を、

慌てて男が止める。


「そげな無茶しよったらいかんばい!ちくっと休んだが良かね。」

「い、急がねば・・・」

「何があったち知らんばってん、こんまんまじゃ行き倒れげな。

一息つきんしゃい。」


確かに男の言う通りだ。

実際に意識も朦朧もうろうとしている。

途中で倒れてしまっては元も子も無い。


親切な男だった。

余り物ですまないがと言いながら、パン切れと干し芋を呉れた。


丁度、進行方向に在る村に戻るから荷台に乗って行けと進めて呉れた。

二刻程で着くから寝て居ろと。


横になった瞬間に眠りに落ちた。


「ほれ!着いたとよ。起きない。」

小さな村の入り口で起こされた。


「すまぬ、世話に成った。」

見ず知らずの他人から受けた恩義に心も体も癒された。


身に着けていた装飾品はわずかだが、せめてもの礼にと渡した。

生憎と現金のたぐいは持っていない。


「こげな大層なもん受け取れんばい。」

そう言って男は断ったが無理やり押し付けた。


「この恩は決して忘れぬ!」

そしてミラームは、また走り出した。


***********


「あのぉ、これは?」

「レーコーよ。」

「れーこーですか・・・」


氷で冷やされた黒い液体。

嗅いだことの無い香りだ。


「ハイラムで採れる豆をって煮だした汁よ。」

言い方っ!


恐る恐る口を付けてみる。

甘く、そしてほろ苦い。

不思議な味だ。


「暑い日は紅茶よりも此れの方が飲み易いわ。」


この2日間、ネフェルは客人として扱われている。

世話係の女中まで付いている。

食事は聖女一家と席を並べた。


「ミラーム殿下は頑張って走っているそうよ。」

ミラームの様子は上空からガンモが見張っている。

十二支精霊の十番目。

とりのガンモだ。


「殿下は関係ないのです!私が勝手にやったのです!

どうか!どうか殿下だけはお助け下さい!」

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330667392118045


全てを正直に話した。

聖女の秘術を手に入れてミラームの妃になろうと考えた事も、

その為にタラル呼び寄せた事も。


「それはもう聞いたわよ。」

「お慈悲じひを!大聖女様!お慈悲を!」

「大丈夫だと言っているでしょう?うるさい子ねぇ。」


「殿下だけは・・・殿下だけは・・・

うぅぅぅ~~~しくしくしくしく


「何もひどい事はしないから安心なさいな。」

もう充分に酷い目に遭っているのだが・・・


チュ~チュチュ!チュチュ~チュ~!ガンモから連絡!ケプラ村を通過!

ジロキチが報告する。

十二支精霊の一番目。

ねずみのジロキチ。


「それはどの辺ですの?」

四天王のひとり、タチアーナ。

エルサーシアの従妹だ。


「ゴロニャートン州の境目だね。」

タチアーナの夫、フリーデル。

アナマリアの息子だ。

彼も四天王だ。


「あら、結構来ているじゃないの。」

「ばってん、あそこんからは峠越えたい。

みずちんごたる曲道が続くけん、

速度ば上がらんですたい。」

地理に詳しいアイシュタ王子が言うには、

間に合うかどうかギリギリらしい。


どういう訳か、聖女一家と四天王が勢ぞろいしている。


「ええ勝負やおませんか。」

「そうだねぇ、君はどっちにしたの?」

「うちはアカン方にしましてん。」


シモーヌとカルアンは何を言っている?


「結局は私とカルアンだけですわね、間に合う方に賭けたのは。」


賭けとんかぁ~~~い!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る