*第30話 ルビーの指輪

伯爵家嫡男の昇進を祝うために開かれた舞踏会。

なかなかに盛大だ。


客層は貴族以外にも宝石商が多く出席している。

質の良いルビーを産出する鉱山を所有しているからだ。


カーラン王国は宝石の輸出で潤う国である。

ルビーの他にもサファイヤやヒスイが有名だ。


ここ最近の社交界で話題の一つとなっているのが、

オバルトから来たサンドル男爵夫妻。

初老を迎えてもなお色気のある整った顔立ちの男爵と、

随分と歳の離れた夫人。


それだけでも耳目を集めると言うのに、

元々サンドル男爵は有名人だった。

悲劇の側室アナマリアの父として。


王の側近であったマルキスに横恋慕され、

離宮に滞在している所を襲われて命を落とした、

”ターターリニ宮殿無理心中事件”。


大国オバルト王室の一大ゴシップとして、

世界中の社交界で噂の華が咲いた。


更にアナマリアの忘れ形見フリーデルは、

大戦で活躍した四天王の一人であり、

今や押しも押されもせぬ大公爵だ。


アナマリアの生い立ちからその死、

その後のフリーデルの出世物語を描いた小説、

「曼殊沙華の小道」は大ベストセラーになった。


何を隠そう!

その作者こそがサンドル男爵その人である!


小説の中では娘想いの良き父であり、

娘の危機を察知して助けようとしたが、

マルキスの手下に妨害されて足止めされ、

どうにか倒して駆けつけたが一足遅く、

燃え上がる離宮の前で慟哭どうこくする。


そして悲しみに暮れるフリーデルを励まし、

出世街道を歩く切っ掛けを作った人物として書かれている。


誰だそれは!

作り話も大概たいがいにしろ!

屋敷に引き籠って昼間から酒飲んで

震えていただけじゃねぇ~か!


「まぁ!サンドル卿!お会い出来て光栄ですわ!」

「お話を聞かせて下さいな!」

「卿の御本を愛読しておりますのよ!」

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330666946988649


わらわらと御婦人方に囲まれて嬉しそうだ。

どこに行ってもこの調子だ。


「麗しき華に心も軽くなりますな。

本には書けなかった事も

うっかり話してしまいそうですよ。」

「まぁ!なんですの?」

「教えて下さいましな!」


ろくでなしだが見た目は良い。


しかし却って都合が良い。

軽薄そうな男爵が隠れみのになって

怪しまれる事も無い。

夫人役のサユーリンが自由に動ける。


バルドー人らしいクッキリとした目鼻立ちの

南国美人だ。

こちらはターゲットを絞って誘いを掛ける。


飲み物を取るフリを装いながら近づき、

ふっと溜息を付き気を引く。

ちらっと視線を合わせてから

恥ずかし気につぶやく。


「あら、ごめんなさいましね。」

「どうかされましたかな?」

「少し退屈してしまって・・・」

「それはいけませんな。

美しい御婦人を退屈させたとあっては

カーランの男の恥になります。」


「まぁ、美しいだなんて・・・」

「お世辞では有りませんぞ。」


こうして知己ちきつなぎ情報を得る。

下心のある男は自分を良く見せようとして

”ここだけの話”を気前よくしゃべるものだ。


***********


「急に金回りの良くなった貴族は三人よ。

一人は鉱山持ちで新しい銅鉱脈を掘り当ててるから、

不自然では無いわ。」


「残りの二人は?」

「侯爵の方は代替わりで家督を継いだの。

自分の自由に使えるお金が出来て浮かれてるのね。

妖しいのは男爵の方よ。

領地は田舎の農村地区だし、

商売で成功した訳でも無いわ。」


「でも羽振りが良い?」

「えぇ、そうよ。」

「周りが妖しむだろうに。」


「本人は新しく始めた香辛料の栽培が

上手く行っていると言ってるわ。

全量を国が買い取って呉れるそうよ。」


始めたばかりの何の実績も無い農産物を

国が独占的に買い付けるなんて異例に過ぎる。


「やっぱりそこで作ってるねぇ。」

「私もそう思うわ。」

「君たちはもう帰国した方が良いねぇ。」

「えぇ、そうするわ。」


現地を調査していると知られたら身に危険が及ぶ。

二人の仕事はここまでだ。


「もう帰るのかい?」

サンドル男爵は名残惜しそうだ。

「これ以上は危険なの。」


「君との時間が終わると思うと淋しいよ。」

お芝居とは言え夫婦として数週間を共にした。

多少は情も移る。


「あら!肩の荷が降りるでしょう?」

サユーリンもまんざらではない。

実は枯れ専だったりする。


「降ろしたくない荷物もあるさ。」

案外に真面目な顔で見つめて来る。

「もう少し続けましょうか?夫婦。」

そう言って手を差し出す。

指には男爵におくられたルビーの指輪が光る。


「お芝居抜きだと嬉しいね。」

その手を取り甲に軽く接吻する。


「イチャイチャするなら出て行けよぉ!」


ドコ・ホルディー43歳独身。

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