*第15話 カヒ・ゲライス

先の大戦で敗戦したニャートン帝国と、

その同盟国であるバルドー帝国。


ニャートンは領土の3分の1を割譲かつじょうし、

帝国の看板を下ろして王国となった。

明け渡された地域はカイエント辺境伯領として、

レイサン家が治めている。


一方のバルドー帝国は教会の穏健派を抱き込み、

賠償額こそ大きいものの、

丞相じょうしょうの失脚で戦後処理を切り抜けた。


此度こたびは丞相カヒ・ゲライスの暴走。

獅子身中しししんちゅうの虫を排除した帝国は。

ジンムーラ大陸の平和と安定に、大いなる貢献こうけんを成すであろう。>


随分と勝手な言い分だ。


戦勝国側からは当然に不満が出たが、結局は教会の裁定に従った。

何よりも戦にはうんざりだった。

平穏な日常が恋しい。


**********


オバルト歴1549年末。

バルドー帝国の元丞相カヒ・ゲライスは、砂漠の都バンダムに居た。


「この地に来て5年、早いものですな。」


ポーラ・タエタト・デアル。

”太陽と砂の大地”と呼ばれる大陸である。

その一角を支配するカーラン王室とゲライス家は親戚関係にある。


「まだ諦めてはおらんのであろう?」

国王セトルが愉快そうに尋ねる。


「まだ生きて居りますゆえ。」

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330665772009573


何度も叩きのめされた。

あの聖女ひとりに潰された。

だが私は此処に居る。


「どういたすつもりじゃ?」

たった一人で戦況をくつがしてしまう聖女が、今や四人も居る。

さらに四天王と八柱の特級精霊ときた。

勝てる道理が無い。


「聖女の秘術を手に入れまする。」

「ほぉ!出来るのか?」

「つきましては陛下にお願いが。」


来年に開校する総本山精霊院に、第三王子のミラームを入学させる。

その狙いは・・・


「ふむ、そう上手く行くかのぉ?」

「なに、駄目なら次の手を考えまする。」


「わぁ~はっはっはっ!王子を使い捨てにするか!

良かろう、あい分かった。」


表向きには失脚したとは言え、カヒはゲライス家の当主である。

バルドー帝国を裏から支配しているゲライス家の力は健在だ。

重要なポストは一族で独占している。


「テロポンを流通させまする。」

「あれをか?良いのか?」


テロポンとはゲライス家が開発し、兵の強化に使用していた覚醒剤である。

軍事機密であった筈だ。


「あれに取りかれた者は、

手に入れる為ならば親をも殺し、我が子を売りまする。

国を支えているのは人で御座います。

人が腐れば国はついえましょう。」


覚醒剤はそれ自体が毒物であり、一定量を超えると心臓発作を起こす。

薬効が続いている間は爽快感が有り、幸せな気分に浸れるが、

切れると重い禁断症状に襲われる。

常用すると精神に異常を来し攻撃的になる。

脳神経が破壊されてしまい、生涯に渡って苦しみ続ける。


「我が国には流すでないぞ。」


*********


「ムーランティスへで御座いますか?」

ミラームの侍女ネフェルは急な話に驚いた。


「あぁ、父上の御命令だ。」

「何故で御座いましょう?」


カーラン王国にも精霊院は在る。

元々はそこへ通う予定だった。


「花嫁を連れて参れとの事だ。しかも平民のな。」

「平民で御座いますか!?」


ネフェルが王子の子守役として王宮に上がったのは8歳の時である。

乳母を務めた母に連れられて来たのだ。

当時3歳だったミラームは、ネフェルを実の姉の様に慕い、

ネフェルもまた幼い王子をいつくしんだ。


8年を共に過ごし、侍女として使えながらも、

ネフェルの思いは抑えがたい恋慕の炎として燃えていた。

何度か縁談も持ち掛けられたが、即座に断った。

殿下の御側にお仕えする事が自分の幸せだと信じている。


「どうして殿下が平民なんぞと!」

そんな事は許せない!

身分が違うから私は諦めているのにっ!


「聖人候補だそうだよ。

聖女様の元で”聖女の秘術”を授けられているそうだ。」


特級精霊の契約者を聖人と呼ぶ。


「そんな!」

「事を成せば私を王太子にすると、父上がおっしゃられた。」

「殿下を王太子に・・・」


殿下が王に・・・

私の殿下が・・・


王冠を頭上にいただくミラームが脳裏に浮かぶ。

そうだ!側室にして頂こう!

私のお願いなら聞いて下さる!

殿下の子を産むのだ!


砂漠に吹く風が熱砂を巻き上げて、薄茶色のベールが地面をおおう。

壁も屋根も小高い丘を囲む城壁も、みな等しく砂の色。

ネフェルの夢は今、虹色に輝いていた。

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