真っ赤な年越し蕎麦
年末の夜十時過ぎ、空いているのは近所のコンビニエンスストアだけ。そこで真っ先に目に入ったのは、いつも見慣れた「緑のたぬき」だった。
なぜだか、今の自分には他の選択肢はないような気がして、私はそれらを人数分買ってから、一心不乱に家に戻った。
私が玄関のドアを開けると、彼らの多くは眠りについていた。時刻は午後十一時前。今年もまた、彼らが新年を告げる鐘の音を聞くことは無いのだろう。
「お帰り、蕎麦は買えたの?」
さっき年越し蕎麦の話をしてくれた友人は、私の帰りを待っていたようだった。
「うん。コンビニしか空いていないから、緑のたぬきを買ってきたよ。」
そう言うと彼は、へえ、と言いながら、妙に嬉しそうな顔を見せた。
「なんかやっぱ年越し蕎麦は、シンプルで質素な方が、落ち着いて今年を締め括る大人って感じがあって良いよな。」
「ああ、それはわかる。でもまあ、大人になってもこうして、昔を振り返る機会があっても良いのかもしれないな。」
「なんだよそれ、どういう意味だ?」
酔いが回った年の瀬に、私たちは思わず感傷的になる。そんな心持ちで少し小声になりながら談笑する私たちは、慣れた手つきで緑のカップにお湯を注ぐ。
あの時、私たち家族一人一人が、あと少しだけ全員を思いやることができていたら、私たちは今この瞬間も、あの質素な年越し蕎麦を、家族で囲みながら食べていたのかもしれない。
しかし、それは叶わなかった夢。確かに、あの頃のようにはもう戻れないだろう。毎日喧嘩しながらも、楽しい時は楽しく、笑いたい時は笑って過ごした、そんな日常には、もう。それでも、私たちは私たち自身の人生をここまで歩んできた。そしてその途上で、家族としての歩みは散り散りになってしまった。しかし、その終着点くらい、家族として同じところにあってもいいのではないかと、今は思う。その一瞬だけでも同じ時間を共有できたら、分かり合うことはできなくても、お互いを尊重し、認め合うことはできるはずだと。
ー もう少しだけ、もう少しだけ。そんな思いが積み重なれば、いつかきっと。
「おいおい、そんなにかけて大丈夫か?真っ赤じゃないか。」
…今はこれがいいんだ
そう口にした私は、あっという間に出来上がった、あの時のように真っ赤で質素な年越し蕎麦を頬張る。そうすると、自然と涙が溢れてきた。
それは、かけ過ぎた七味唐辛子のせいか。
それとも…。
真っ赤な年越し蕎麦 白銀 来季 @hakuginraiki
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