第40話
「くそ……」
椎名は錆びた自動販売機を拳で叩く。そしてずっと右手を握ったままだったことに気づいた。こわばった手を開くと、丸まった紙片とキーホルダーがあった。
丸まった紙には『椎名さんへ』と書いてある。
最後まで他人行儀だったノゾミからのメッセージだ。
それは三角折りにされたとても小さい紙片。
この紙片に希望があってほしい。たとえそれが嘘でも必ず信じてみせる……。
未来からきた私が、あなたの過去からメッセージを送るなんておかしいですね。
私が生まれる未来は失われましたが、それでもあなたがママと恋人だった世界があるのは事実です。それだけは決して忘れないで。
ママからは愛を、そして孤独を教えてくれたのはあなたです。
さようなら。あなたの娘より。
ノゾミの性格を表現すような細かく丁寧な字だった。
あまりに唐突な登場だった。そして和解し、一緒に部屋で過ごした短くも濃密な時間。口は悪いが椎名の体を心配してくれた。手を繋いで街を歩いたこと。スキップを踏むかのようなリズミカルな歩き方、その時に口ずさむ歌が今でも耳に残っている。感受性豊かな少女は平和な世界だったら別の生き方があったのはないか?
そして咲希と交流したときのノゾミの笑顔。あの幸せなシーンが今も記憶に残っている……。
だが過去に消える。
椎名はノゾミが消えたことをやっと受け入れた。
あの子が生まれるという未来は完全に消滅し、時間の川の流れに溶けた。
そのまま夕暮れの空を見続ける。
「……泣いてるの?」
声に向くと、立っていたのは咲希だった。
椎名は顔をぬぐって首を振る。こんな女に泣いてるところなど見られたら、馬鹿にされたうえに弱みを握られることになる。
だが、咲希は何も言わずに椎名が落ち着くのを待っていた。
「……それ」
咲希が指さしたのは椎名の持つダイアモンドアイのキーホルダーだった。
「これ、咲希にって」
椎名がキーホルダーを渡すと、咲希は悲しげな顔をした。
「これって、ノゾミちゃんに買ってあげたやつだよね」
消えたノゾミを咲希は覚えている。
「これを私だと思ってくれ、ってさ」
きっとノゾミはそういう意図で椎名に託したのだろう。莫大な時間に溶ける一瞬だったとしても、母娘として過ごした確固たる証拠。
「じゃあノゾミちゃんは?」
「遠くに帰った。もう戻ってこない」
「そっか」
「なに泣いてるんだよ」
キーホルダーを受け取った咲希は、ボロボロ涙を流していた。
「反対したんだよ。だってダイアモンドアイってあの時すでに殺処分が決まってたから。ファンが多いから治療中ってしてたけど種牡馬にもなれずに消えるの。だから他のにしようって言ったのに、ノゾミちゃんが欲しがったから買ってあげた。でもなんか嫌な予感がしてたんだ。もう会えないかもって……」
その涙を見て、咲希との未来も失われたのだと知った。
もう少し早くこんな感情を咲希と共有できていたらノゾミの未来は変わっていただろうか。魔力が強まり未来へのルートができただろうか。
だが、もう消えた。ノゾミはレースに敗北した。
……いや、それでも最後まで戦った。ノゾミはくじけなかった。
それなのに自分は何をしているんだ? ノゾミは希望を捨てずに跳んだ。それなのに自分はうつむいている。彼女の父親なのに守ってやれなかった。もっと強く抱きしめてやるべきだったのに、それができなかった。
そうだ、ノゾミは娘だった。情けない父親でも責任は取らなくてはいけない。
たとえば絶対にいるはずの幼馴染。ノゾミが見つけられなかった彼女を探し出すことがやるべきことだ。ノゾミの決意を無駄にしてはいけない。過去を振り返らずに前を向け……。
椎名はぐっと歯を食いしばって立ち上がった。
※次回更新は1/13です
魔法少女ダービー @Shinjiro_Dobashi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔法少女ダービーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます