私のこと

「先生、午後の診療を始めていいですか?」


「え、もうそんな時間!?」


私は慌てて読んでいた母親の日記を閉じた。10人の看護師を束ねている看護師長が困ったような顔をして立っていた。


「どうしたの、大丈夫?」


気心が知れているから、近寄ってきて耳元で囁くように心配してくれた。中待合の長椅子には患者さんがたくさん座っているのだろう。


「うん、大丈夫、ちょっと母の日記を読んでたから」


「あ、もうすぐ命日だものね」


「ええ、そろそろ、準備もしないと」


そう言って父が使っていた診療机の引き出しに母の日記帳をしまった。

私は数年前に診療所を引き継いで診療をしている。昔は限界集落であった村だったが、近年、トンネルが開通して道がよくなると、あっという間に都市のベットタウンと化してしまった。昔遊んだ思い出の場所が一つ、また一つと無くなっていくのは寂しいけれど、父も母も村が続いていってくれることにほっと胸を撫で下ろしていた。


その父も引き継いだ直後に他界し、母もその跡を追うように他界した。村で評判になるほどのおしどり夫婦であったので、そうなることも無理からぬことではないかと私は思う。事実、2人の仲睦まじさは、娘の私が羨ましいと思えるほどであった。


私は実の娘ではないことは、母が死ぬ間際まで知らなかったが、それを知ったところでなんとも思わなかった。それほど両親の愛情は深かったから。

私は世間一般の家庭からすれば、過保護ではないか、と思われるほどの愛情を注がれた。1人っ子であったからそうなのだろうかと思っていたが、母の日記帳を読んでみると、なんとなくだが、状況が掴めた。でも、奇跡的に わがまま娘 にはならなかったので、そこは自分を褒めて良いだろう。


「さて、じゃぁ、始めますか」


「はい、はい。呼びますね」


診察室の扉を開けに向かった看護師の頭上にふと視線がいく、そこには写真が3つ飾られている。


一枚は村総出の父と母の結婚式の写真。


一枚は祖母と父と母と私の4人の写真。


一枚は年老いた父と母と私の新しい診療所での写真。


大切な、大切な、家族の写真。そして、大切な大切な笑顔の写真。

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うちのこと。 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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