チェントラーダへようこそ!! ―特殊聴覚魔導師の営業日誌―
ひとえあきら
報告01 当店の日常業務に関する件
第1話
「……ん! ……んんん! ……あ! ……ふぁ……ぁ……」
その店からは今日もそんな声が漏れ出している。
快楽に身を任せてしまいたい……でも……感情の誘惑に必死に抗う理性の抑え難い叫び。
その相剋は心の裡で渦巻く嵐と化し、そこに降り積もった何もかもを吹き飛ばすように荒れ狂い、やがて――。
「……ふぅー!! あぁー、気分爽快、ストレス解消!!」
先程の店からはお肌を艶っつやに光らせた少女が元気よく飛び出してきた。
先程までの悩ましい嬌声は何処へやら、ご機嫌に鼻歌など歌いながらスキップでも始めそうな足取りで歩いて行った。
周りに居た人々も特に気にした様子も無く、往来を行き来している。
してみると、この店ではこういうことが日常茶飯事なのであろうか。
よくよく見るに、その店にはだいぶ字の薄くなった木の看板が掛かっていた。
『
>> >> >> >> >>
翌朝。
陽も昇り始めたばかりで辺りはまだ薄暗い。
「チェントラーダ! 開けろ! 開けてくれ! 至急だ!」
ドンドン、と忙しなげに店の扉を叩く音。
「チェントラーダ! 起きろっ! まだ寝ているのか!」
扉の奥で鍵の回る音がし、勢いよく開け放たれる。
「うちはチェントロストラーダだって、何度言えば覚えてくれるんですかー!」
出てきたのは鮮やかな金髪の小柄な男性。少年なのか、童顔な青年なのか、いまひとつ判断がし辛い。
「そんなことは、いい! 兎に角、今から3名、"応援歌コース"フルコースで頼む!」
「僕、今起こされたばかりなんですけど……」
眠そうな声で男性が不服そうに言う。
「まぁまぁ~~クレアちゃん~~気持ちは解るけど~~落ち着いて~~」
「落ち着いている場合か、セラ! こうしている間にも被害が……」
「どの道、フルコースだと結構時間掛かるわよ~~?」
「そ、それはそうなのだが……」
最初に扉を叩いた赤髪の剣士風の女性と後から窘めている金髪の修道女風の女性。
更に別の青髪の騎士風の女性が出てきて、先程から眠気で不服そうな男性の顔の両頬をつと両手で挟んで囁く。
「朝早くからお騒がせして御免なさいね、ニーロ」
「ふぇ、そ、ソーニャさん!?」
「あ! ソーニャ、抜け駆けはズルいぞ!」
「あ~~ソーニャちゃん~~私も~~」
言うなり3人してニーロと呼ばれた彼のほっぺたふにふに大会が始まる。――
一頻りふにふにを堪能した3人は、はたと思い出したように、
「――! いかんっ、こんなことをしている場合では!」
「あら~~そうだったわね~~」
「そ、そうよ、2人とも! 時は一刻を争いますのよ!」
だから、と先程までほっぺたをこねくり回していたニーロを一斉に見て、
「「「"応援歌コース"、フルコースで3人分!!!」」」
「……それは良~く解りましたけど」
ニーロはすっかり揉み解されたほっぺたを擦りながらジト眼で言った。
「先ずは、こんな時間に僕を叩き起こした事情とやらを説明願えませんかねぇ?」
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「――なるほど」
美女3人からの説明を受けたニーロは頷いた。
「それは、最大限に力を発揮する必要がありますね」
彼らの住む国、"ムーサイア"は地球の中世欧州にも似た世界。生物相も地球と似てはいるものの、温暖な気候の故か地球で言う中生代の恐竜に似た巨大な生物も少なからず存在する。
そして、地球と最も異なる点――この世界のインフラは所謂"魔法"を基盤にしていること。
人々は植物が光合成を行うように、体内で魔法の元となる成分"
それは人類以外の生物にも見られ、大多数は取るに足らない微弱なモノであるが、稀に強力な魔素を持ち、災害級の被害を齎す場合がある。特に大型の生物、長命の生物に見られることから、それらは"特定危険生物"と認定され、常に警戒がなされ、場合によっては騎士団や腕利きの冒険者による駆逐が実施される。とは言え、相手が相手だけに、その度に人的被害も免れない命賭けの仕事である。
ソーニャ、クレア、セラの3人は、この地域を司る冒険者ギルドの最上位パーティのひとつであり、本日の夜明けを待っての特定危険生物の駆逐依頼に赴くところであったのだ。
「そういう訳で~~宜しくね~~」
まるで今から観光にでも行くような調子でセラが総括する。
「ま、ニーロのほっぺたも堪能出来たし、これで思い残すこともない」
本当にそれで良いのか、クレア!?
「何を仰るの!
だからそこから離れなさい、ソーニャ。
「何かイロイロと突っ込みたいのですが……まぁ良いです。寝台へどうぞ」
呆れたような、諦めたような顔で促すニーロ。うん、君も苦労してるんだねぇ。
その言葉に3人娘はいそいそと店内に据えられた寝台へ横になる。
「今回は時間もありませんから――
言うなり戸棚から目隠し――所謂アイマスク――を3枚取り出し、それぞれの眼を覆う。
「これ付ける時って~~いつもドキドキするわね~~」
「目が見えないのをこれ幸いと変な所を触るなよ?」とクレアが茶化す。
「しません!!」つい本気で反応してしまうニーロ。まだまだ若いなw
「2人とも、真面目におやりなさい!……ま、まぁ
語尾が段々とフェードアウトしていったソーニャの頬がほんのり赤い。←ここ、突っ込むところ。
「そ・れ・で・は、始めますよ?」
彼女たちのお戯れにそろそろ堪忍袋の緒が切れそうなニーロ。その笑顔の圧がエラいことになっている。
3人も気配を察して一転、おとなしくなる。その頭部――というか両耳に、彼は大きな革製と思しき
「今回は同じで良いので、一台から分岐させますね」
ニーロはその大きめの敷石程度はある四角い物体の表面に居並ぶ装飾のようなボタン状の突起の一つを押す。ぶぅん…と小さく唸るような音がして、物体の一部が光を発した。更に別な突起を押すと、その一部が扉のように開く。内部には複雑な機構があり、一部は回転している。
「今回は――これかなぁ?」
彼は別の棚を開き、ずらりと並んだ小さな箱状の物体の背中を指で撫で、うち一つを抜き出した。
よく見ると、透明の箱の中に何か書かれた紙が挟まっており、更にその中に別な物体が入っている。
その文字は、彼には読めない異国の文字であった。
その箱を両手で開くように引っ張ると、二つに開き、中の物体が顔を出す。
それを抓み上げると、先程開いた小さな扉に差し入れ、扉を閉じる。
また別の突起を押すと、その物体から何かがゆっくりと回転するような微かな音がする。
寝台に横たわる3人娘の顔は、やがてほんのりと朱が差し、次第に歓喜に彩られていく。
――これも魔法の一種なのだろうか?
しかし、先程から大きな物体の中でゆっくりと内部を回転させているそれは――どう見ても我々の世界のカセットテープそのものだった。
チェントラーダへようこそ!! ―特殊聴覚魔導師の営業日誌― ひとえあきら @HitoeAkira
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