第二部

今の私を形作っているもの、それは音楽と文学だけではない。そう、もう一つ。重く冷たい鋼の枷を、私は身に付けている。


 前にも記したが、私には、忘れられない一人の女性がいる。彼女は私に、喪失の苦しさと愛の重さを教えてくれた。今思うと、私は彼女を愛していたし、彼女も私を愛してくれていたはずである。


 彼女の方はともかく、私は彼女なしでは生きていける気がしなかった。しかし、彼女は去った。私に、もう姿を見せるなと言った。言葉でそう伝えられたかはよく覚えていないが、最後に会った時の彼女の眼がそう言っているように感じた。彼女に会わない。私の中に残る彼女への気持ちを墓まで抱えながら生きていく。人を信じすぎて、人を好きになることは罪だ。そして、私にとって誰よりも大切な彼女と顔を合わせない。これが私の贖罪だ。


 彼女を失い、私は生きる意欲をなくした。いや、今もないままである。かといって死を選ぶ勇気もないから、背徳感を抱きながらのうのうと息をしているのだ。よく、「世界がモノクロに変わってしまった」という表現を目にするが、彼女と別れてからの私の世界はまさにそうである。それまでは鮮やかだった日常が、今では嘘のように静寂に包まれている。色彩はあるはずなのに、色がない、としか表現できない世界のなかに身を置いていると錯覚するのだ。今、はこに籠り食らう飯も、文字の羅列から取り入れるフィクションも、聴く音楽も、画面の中の虚構の世界も、表層では遊戯しているが、公園のベンチに塗りたてのペンキを消していく雨のように、薄まって、薄まって、消えてしまうのである。


 考えていることと言えば、彼女のことと、数少ない友人の事である。私は基本的に他人に好かれることはない。何しろこんなねじ曲がった精神と弱さ、表層的でしかない愛他のみしかない私のことを好いてくれる人などいるのだろうか。ただ、人付き合いというものを私もようやく覚えてきたもので、大学では少しだが友人ができた。みんな優しく、一緒にいたいと思える人だ。私は彼らが好きだ。十八になって、ようやく「かけがえのない友」というものを作れたような気がする。本当は私の深層まで知ってほしいという気持ちもあるし、そこまで好いてくれるのなら心から分かち合える友になれると思っている。しかし、それを知った彼らが離れていってしまうことが怖い。もう一人にはなりたくない。深い関係を求めるといつも僕の周りには誰もいなくなってしまう。だったら稀薄でも繋がってくれる人がいるほうがよいではないか。私は寂しいのだ。そう感じる。だが、いくら自分を変えたところで、過去の自分やその印象は変えることは出来ない。見かけだけでも華やかな都に出向き、そこで友人もできて、孤独を感じずに生活できていると、過去の事実も消え去ることができたのではないか。そう思っていたが、そう簡単なものではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嘘と洋琴 音藝堂 @Ongeido-Sota

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る