熊のぬいぐるみ

夢野 綴喜

第1話

「また明日学校でね。バイバイ~。」理彩は満里奈に手を振った。漫画研究部の二人は幼なじみで同じ高校の1年生だ。

「また明日、気をつけて帰ってねぇ。理彩の家の周りは暗いから。」とお姉さんのように満里奈は言った。秋の夕暮れ、部活終わりの周りはもう暗くなっていた。

理彩が一人になり道を曲がった所で

「キャ~。」と大きな悲鳴が聞こえた。

満里奈は理彩に何かあったと思って、すごい勢いで理彩の行った道を走ってきた。そこには理彩が倒れていた。

「ねぇどうしたの。何かあったの?」満里奈が道に倒れている理彩に声をかけた。さすがに声がうわずっているのが分かった。

「あそこのゴミの中で目みたいなのが光って、なんか声が聞こえた。」

満里奈は理彩が話したせいで少し落ち着いて、スマホの背面のライトをゴミの方に照らした。

「なんだ。大きな古いぬいぐるみじゃん。」

「だって動いたんだもん。」子どものような声で理彩は満里奈に訴えた。

「ただの捨てられた熊のぬいぐるみだよ。ほら」と言ってぬいぐるみを触った。

「目も光ったし。」

「多分どこかの光が反射したんだよ。」満里奈はもうすっかり落ち着きを取り戻していた。

「ほら早く立って。そろそろ高校生なんだから、その弱キャラは卒業しないと。」と言って手を貸してくれた。

理彩は立つとライトに照らされた大きな熊のぬいぐるみにそっと振れてみた。どこから見てみ触っても古くて汚れてるぬいぐるみだった。

「少し見ててあげるから,まっすぐ周りを見ないで帰る。家に帰るまでが学校!」と先生口調で言った。

「大丈夫。もう一人で帰れる。」と言って手を振って満里奈に背を向けた.満里奈も安心したように角を曲がり自分の家の方に歩いていった。


理彩は、少し歩いたところで「絶対あの熊は私に話しかけたし」と思うと、どうしても気になって今度はスマホのライトを照らして元のぬいぐるみを見に行った。

粗大ゴミ置き場に行くと

「気がついてくれたありがとう。」と熊のぬいぐるみは話しかけたきた。

「えっ、やっぱりぬいぐるみがしゃべったんだ。」思わず口に出した。

「なんでぬいぐるみなのにしゃべるの?」

「たまにしゃっべてるんだけどみんな聞いてくれないだけだよ。」

「捨てられちゃったの?」

「そう。汚くなってきちゃてるし、大きすぎるんだよボク。」

「たしかに。」よく見ると思った以上に汚れているのがわかった。

「ねえ、ボクを拾ってくれたら、君の願いをなんでもかなえてあげる。」

「ホント?なんでも。」

「そうなんでも。」

「じゃあすっごくかわいくして。」

「簡単だよ。目を大きくして、二重にして、ちょっと鼻を高くして、あごをしゅっとしてあげる。」

「そんなにしないとかわいくなれないの?逆にそれを知ってショック。」

「ゴメン、ゴメン。」

「分かってるからいいの。」自分に自信がないから,友達も少ないし、弱キャラだから、ちょっと小学校の頃もいじめられてたことを思い出した。

「拾っていくって家に持って帰ればいいの?」

「そう,君の部屋においてくれればいい。」

理彩は自分の部屋のことを思い出した。漫画の本ばかりでこんな大きなぬいぐるみを置くとこもないし、ちょっと汚すぎるし。

「そうだよね。ボクは持っていくには汚さすぎる。」

「えっ、私の気持ちが分かるの?」

「ゴメン、やっぱり持って帰るのムリみたい。」と言って思い切り家に向かって走った。

捨てられていた熊のぬいぐるみは目を閉じて眠るように下を向いた。


 家の玄関を開けると「お帰り」の声が聞こえてきた。理彩はリュックを置くと

 「ちょっとコンビニで買い忘れたものがある」と言って玄関を閉めた。

 中から「すぐに帰ってくるのよ。」と大きな声がした。


スマホのライトを付けっぱなしにして元の道を小走りして戻った。

ゴミ置き場を照らすと首をだらんと下げた大きなぬいぐるみがさっきの場所にいた。

「しゃべらないのかなぁ。」と独り言を言うと

首をむくっと持ち上げ

「君か、さっきはゴメン。勝手に君の心を読んで。」

「こっちこそゴメン。急に逃げちゃったりして。謝りに来たんの。」

「謝る必要なんか全然ないから。もう捨てられるのにもう一度誰かの家に置いてもらいたいなんて考えたのがいけなかったんだ。」

「そんなことないよ。」

「もう何十年も前の持ち主にかわいがられたんだから、それで十分なことが分かってる。仮に君の家に置いてもらって、自分が思ってのと違うような気がする。」

「私の部屋は狭いし、物もいっぱいあるし、窮屈な思いもさせちゃうかもしれない。」

「ここに戻ってきてボクに気を遣ってくれただけで、死ぬ前の良い思い出になったよ。」

「助けてあげられなくてホントにゴメンね。」

「一つだけお願いがあるんだけど、ボクの胸の服のボタンを取って1週間だけ持っててくれないか。そしてら安心して死ねるような気がする。」

「うん、それくらいなら全然OK。ちょっと待っててね。」と言って、ぬいぐるみにライトを当てながら近づいた。思っていたよりもぬいぐるみは大きく私の胸くらいまであった。きっと最初は真っ白だったんだろうけど、今は汚れて茶色になってる胴体に青いベストと赤いボタン。その一番上の赤いボタンを引っ張った。古いせいか簡単に取ることができた。

「わがままを聞いてくれてありがとう。」

「どういたしまして。これくらいしか私にはできないけど。」

「さっきは君の願いを叶えてあげると言ったけど、明日ゴミ収集が来て収集車のなかで押しつぶされてしまうから,もう願いを叶えてあげることはムリになっちゃった。でもボタン持っててくれるから、ほんの少し願いがかなえられるようにしてあげる。」

「ムリしなくていいよ。」

「嘘はつきたくないから。」

「別にかわいくなくたって困ってることもないし。」

「そんなことはないから。君は自分のことが分かってないだけだよ」と言った。それと同時に熊のぬいぐるみは後ろに大きく倒れ込んだ。

「ねえ」と声をかけたが、理彩のライトに照られることはもうなかった。



 朝学校に行く通り道、昨日のゴミ捨て場を見ると

-粗大ゴミの収集は終了しました- と書いてある立て札が朝日に反射している。

制服のポケットの赤いボタンを触りながら立ち止まって見ていると

「理彩、何やってるのよ。早くしないと遅刻するよ。」昨日別れた曲がり角から満里奈が声をかけきた。

「ゴメン。すぐに行く。」ゴミ置き場に目をやりながら満里奈のところへ走った。

「何やってたのよ。」

「昨日のぬいぐるみあるかなと思ってたんだけど、もうなくなってた。」

「もう収集されちゃったんでしょ。当たり前だよ。」と興味がなさそうに答えた。

「ねぇ満里奈、私ってそんなにかわいくないかなぁ。」

「朝から何言ってるのよ。」

「満里奈は明るくて、かわいくていいいなぁと思ってさ。」

「今日の理彩、どうしたの?」

「別に・・・」

「理彩にいいこと教えてあげようか。」

「なに?いいことって何?」と甘えるように満里奈に近づいた。

「理彩のことが好きな男の子いるんだよ。」

「ホント?ねぇ、誰?誰なの?」

「教えてあげない。」

「なんでよ。ずるい!」

「だって教えてあげても、理彩はその子の見てるだけじゃん。」

と言って、理彩を置き去りにして一人で学校に走り出した。

「そんなことないもん。ちゃんと話しかけるし、だから教えて。」

理彩も満里奈に向かって風を切って走り出した。

満里奈は振り向きながら

「その笑顔がかわいいね。好きになっちゃうかも。でも今日はちょとニヤけすぎ。」

その言葉が風に乗って理彩の耳に届いてきた。

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熊のぬいぐるみ 夢野 綴喜 @miraijyu

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