写生

赤城ハル

第1話

「困ったら井の頭公園ってやめて欲しいわね。そう思わない?」

 千紗ちゃんが不満そうにぼやく。

 今日は6年生の写生会で私たちは井の頭公園に来ています。今、私たちがいるのは池近くの場所です。そこで私たちは池や橋、木々を描いています。

「そうだね。ここ、よく来るもんね」

 嘘です。あまりません。

「でも仕方ないよ。前の6年のせいで写生禁止になったんだもん」

 と愛菜まなちゃんが言います。

 そうなのです。元々、写生する場所は井の頭公園ではなかったのです。どっかのお寺とか言われてました。でも、去年に前6年生がお寺の柱に落書きをしたとかで、住職がカンカンに怒って今年からパーになったとか。それで井の頭公園になったと言われています。

「とんだ罰当たりもいたものね。これだから男子は」

「? 私は女子って聞いたよ」

「うん。女子がやって住職が叱って、後からモンペアが逆ギレしたとか?」

「モンペア?」

 愛菜ちゃんの言葉に知らない単語がありました。

「モンスターペアレント。クレームつけてくる親のことよ。娘が叱られたことに対して怒ったらしいよ」

「何その馬鹿親。品位も教養もないわね」

 千紗ちゃんがやれやれと言います。

「でも千紗ちゃんはここでいいの?」

「え?」

「ほら、くみちゃん達と一緒じゃなくて」

 そうなのです。実は千紗ちゃんはくみちゃん達のグループに属しているのです。

「くみ達は動物を描くんですって」

「千紗ちゃんは描かないの?」

「無理。私、動いているものなんて描けないわ。それにああいうのって躍動感とかうるさいでしょ?」

 と千紗ちゃんは言うものの、本当は動物が嫌いなのだということを私は知っています。

 別に触るわけでもないし、見て描くだけなのにどうしてでしょう。

「躍動感?」

「そう! 躍動感! 超うるさいのよ。動きがないって。動画じゃないっての!」

 千紗ちゃんはぷりぷりして怒ってます。

 これも動物を描かない原因の一つなのでしょうか。


  ◇ ◇ ◇


 描くことに飽きたのか千紗ちゃんは蟻を摘んでは別の蟻とぶつけさせています。戦わせようとしているのかな?

「蟻触れるの?」

「まあね。大河内は触れないの?」

「触れないというか摘まめない。指が大きいからかな」

 私は自身の指を見ます。成長期でしょうか? 背も高くなって、指も太くなりました。

 そろばんも指が太くなったのでやめました。

「太いというか大きいわね。太長ふとなが?」

 千紗ちゃんが手のひらを向けます。合わせろってことでしょう。

 私は千紗ちゃんの小さい手に私の手を合わせました。

「おお! 大きいわね」

 私の指は一回りほどではなく。半関節分長かった。

「野球選手になりなさいよ」

「ええー!?」

「それより2人とも描けたの?」

 愛菜ちゃんが私と千紗ちゃんに聞きます。

『まだです』

「もうそろそろ時間よ」

「愛菜ちゃんはどうなの?」

 横から絵を見てみるとほとんど出来ていました。

「早い」

 そして上手。

 私と千紗ちゃんも急いで描き始めます。

 しばらくして描き終わってのんびりしていた愛菜ちゃんが急に立ち上がりました。そしてスカートをばさばさします。

「どうしたの? トイレ?」

「む、む、虫!?」

愛菜ちゃんが悲鳴みたいな声を出します。

「虫?」

「蟻よ! スカートの中に!?」

 ああ! だからスカートばさばさしているのか。

「取って!?」

 愛菜ちゃんが必死な顔で訴えてきます。

「千紗ちゃん」

「え? 私?」

「だって、私、指太いから……」

「仕方ないわね」

 そう言って千紗ちゃんは愛菜ちゃんスカートをめくろうとします。

「捲るのは駄目」

「注文が多いわね」

 やれやれと千紗ちゃんは後ろから頭を愛菜ちゃんのスカートの中に潜らせます。

 その光景はなんか少しシュールです。

「あ、いたいた」

 と右手をスカートの中に入れます。

いたっ!」

「あ、ごめん」

 たぶん摘んだ時、肌も一緒に摘んだのでしょう。

 そして千紗ちゃんの頭と右手がスカートから出てきました。

 右手には蟻が。

 千紗ちゃんはその蟻を地面へと置きました。

 蟻は脚をかさかさ動かしてどこか遠くへと向かいました。

「ありがとう。助かったわ」

「どうってことないわ。さ、続きよ」

 千紗ちゃんは手をぱんぱんしてから筆を持ち、写生を再開しました。


  ◇ ◇ ◇


「終わった」

 千紗ちゃんが筆をパレットに置き、両手を後ろにつけて、顎を上げて息を吐きます。

「時間ぎりぎりだね」

「さ、2人とも片付けなきゃあ。絵と荷物は私が見てるから」

 先に終わらせて後片付けも済ませた愛菜ちゃんが言います。


  ◇ ◇ ◇


 私と千紗ちゃんがバケツとパレット、筆を持って手洗い場に向かうと男子グループと出会いました。彼らの内1人がこっちにニヤついた笑みを向けています。

「よう、上田。何描いたんだ?」

 前田が千紗ちゃんに聞きます。

「別に」

 と冷たく言って千紗ちゃんは歩を止めずにすたすたと進みます。

「くみ達はペンギン描いてたぞ」

 前田が私達の後ろをけて、話しかけます。

「あっそ」

 千紗ちゃんは前を向いたままそっけなく答えます。

「なんで大河内と一緒なんだ?」

「一緒に描いてただけよ」

 そして私達は手洗い場に着こうというところで前田達が走り、私達を越えて先に手洗い場を占領しました。

「なあ? 何描いたんだ?」

「早く洗いなさいよ!」

「俺達はヤクシカを描いたんだぜ」

「知るか」

 千紗ちゃんはイライラして地面を足裏で叩いています。

「答えないとどいてくれないんじゃない?」

 私は千紗ちゃんに耳打ちします。

「……」

「俺達は他にもヤマネコとかも描いたんだぜ。なあ?」

「おう」

 千紗ちゃんは大きくため息を吐いた後で、

「ただの風景画よ!」

『風景画!』

 男子達が揃って声を出します。

 そして笑いました。

「つまんねーな」

「だっせー」

「サボってんじゃねーよ」

 勝手な批判の嵐です。

「風景画のどこが悪いのよ」

「風景画って言うなら綺麗に描けたのか?」

「あんた達だって、動物描いたって言うけど躍動感とか考えてるの?」

「はあ?」

「うんこ垂らしておいて偉そうなこと言うな」

「垂らしてねーし」

「お尻触ってみなさいよ」

「ついて……あ?」

 前田が自分のお尻を触って、驚きます。

 前田達のお尻に丸く茶色いシミがあります。

「……ち、違う。これは泥だ!?」

「ふ〜ん。それよりトイレでパンツ確かめたら? 茶色くなってんじゃない?」

 千紗ちゃんが馬鹿にしたよう笑います。

 そして前田達はすぐにトイレに向かいました。

「今の内に済ませましょう」

「うん。……ちなみにあれって本当にうんこ?」

「泥でしょ? 地べたに座ったから、ああなったんでしょ」


  ◇ ◇ ◇


「長かったね」

 愛菜ちゃんが待ちくたびれた風に言います。

「前田達とちょっとあってね」

 千紗ちゃんがため息を交じりに答えます。

 私と千紗ちゃんは絵画バックにパレットと筆を入れます。

 絵は画板に貼り付けたままで、その上に別の真っ白な画用紙を被せます。


  ◇ ◇ ◇


 集合場所に着くと、千紗ちゃんはくみちゃん達のグループに戻ります。そこへ前田達がやってきて、

「ちょっと見せてみろよ」

「うんこ臭い近寄んな」

 千紗ちゃんが一蹴します。

「うんこじゃねえし」

「どっちにしろ汚いから触んな近寄るな向こう行け!」

 すごい罵詈雑言です。

「そうよ!」、「男子馴れ馴れしいわよ」、「ウザイ」

 と、くみちゃん達も罵ります。

 そして前田達は舌打ちして千紗ちゃんから離れました。

 すると次に私達のとこへやって来ました。

「おい」

「な、何?」

「お前達、上田と一緒だったろ? 何描いてたんだよ。見せろよ」

「嫌よ!」

 私と愛菜ちゃんは画板を抱きます。

 前田達は愛菜ちゃんから画板をひったくりました。

「やめて!」

「どうせ下手く……」

 1枚目の画用紙を捲り、絵を見て止まります。

 そして前田は愛菜ちゃんに画板を返します。

「なかなかじゃん」

 と言って前田達は去って行きました。

「もう! なんなのよ!」

 愛菜ちゃんは絵が上手だもんね。もし私のだったらなんと言われたやら。


  ◇ ◇ ◇


 私達の絵はその後、学校の廊下の壁に名前とタイトル付きで貼り出されました。

 きっと前田は千紗ちゃんの絵を見て、「ヘッタクソだなー」とか言うのかと思ったのですが何もいいません。

 どうしだろうと私は前田の絵を見てみます。

 すると前田の絵はヤクシカの絵なのですが猫のような首がうっすらとあります。

「心霊写真ならぬ、心霊絵画!」

 愛菜ちゃんが驚きます。

「違うよ。たぶんアレ2枚目の絵がくっついたんだよ」

「2枚目?」

「うん。時間が余ったからヤマネコ描いたとか言ってたよ」

「なるほど2枚目は乾いてなかったんだ。そして帰るときに1枚目の絵を被せてしまったんだね」


 この心霊絵画は少しの間、学校内で話題になりました。それに前田は少し複雑だったようです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

写生 赤城ハル @akagi-haru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説