殺戮の因子
登美川ステファニイ
殺戮の因子(自主企画 殺戮小説を収集したい)
・自主企画 殺戮小説を収集したい
以下レギュレーション
①「モンスターパニック」もしくは「スラッシャー」小説であること
・モンスターパニック……人に害をなす生物がパニックを引き起こすお話。
・スラッシャー……殺人鬼が(主に刃物などを用いて)人間を次々に殺害してゆくホラー作品の一種。
②何らかが二人以上の犠牲者を出すこと
何らかの存在(サメでも恐竜でも殺人鬼でも何でもいいです)が二人以上の人間を殺害するのが条件です。犠牲者は人間(Homo sapiens)のみをカウントします(作中でサメとワニの戦いなどの生物同士のバトルを書くのもOKですが、人間は二人以上死なせてください)
③文字数は2000~25000字(カクヨム基準)に収めること
企画主は読むのがたいへん遅いので字数少なめな方が企画主の負担は少ないのですが、モンスターパニックを書くにはある程度まとまった字数があった方が書きやすいと思うので上限を多めに取りました。上限も下限も広めに取っているので書きやすくなるかな……と思っています。
③新規書き下ろしのみ
企画開始後にアップされ、企画終了前に完結したもののみ受け付けます。完結済になったものから読むので、完結したら完結済にしておくのを忘れずにお願いします。既存作は企画から削除となります。
④一人一作まで
重ねて申し上げますが企画主は読むのがたいへん遅いので、一人につき一作のみ参加を受け付けます。二作目以降は参加されても企画から削除いたします。
・本文
宇宙蜘蛛が地球にやってきてから三か月が経った。
人類は宇宙蜘蛛の攻撃を受けていた。宇宙蜘蛛は体長5メートルほどと巨大でありながら風のように素早い。主な攻撃手段は牙であるが、口部分がカメレオンの下のように2メートル程伸縮し、これで生物を捕まえて切断するのだ。
そして一番厄介なのは致死性のウイルスを持っていることだった。接触により感染し、発症すれば心不全を起こしほぼ確実に死に至る。
当初は軍隊や警察が対処していたが、やがて宇宙蜘蛛の猛威と致死性ウイルスにより瓦解。政府も機能を停止し、住民たちが総出で戦う結果となった。
そして三か月である。人類の約60億人が宇宙蜘蛛に殺され、食われ、卵のふ卵器となっていた。宇宙蜘蛛の総数は不明である。しかし、残存人類を上回る日はそう遠くないであろう。
「こちら学校、B班。偵察に出ているが、蜘蛛が数匹、校舎の西側から体育館に接近している」
「こちら体育館、A班。了解。警戒する」
相田は窓から身を乗り出しながら答えた。ノイズの混ざるようになった無線機を軽く叩いて調子を見る。改善することはないと分かっているが、どうもついやってしまう。
窓の外……校舎の西側、見えた。四匹だ。通常サイズ。バリケードを越えることはないだろう。散弾銃の弾もそれほどあるわけじゃない。ここはやり過ごすのが賢明だ。
「まっつん、下に行って報告してきてくれ」
「はい、分かりました」
松田が軽快な足取りで走っていく。流石十代だ。動きが軽い。
本当であれば彼も今頃は大学生だったのだ。なのに宇宙蜘蛛のせいで全てが狂ってしまった。俺も旅行に行きたかったのに……しかし、もう駄目だろう。
旅行云々というより、人類がだ。何人死んだんだ? もともと人口二万の大して大きくない街だ。それで生き残りが、校舎、体育館、ホームセンター、医療センター合わせて百名足らず。無線がないから確認できないだけかもしれないが、ここ以外で生き残っている連中は大した数ではないだろう。二万人が、百人かそこら。まったく恐ろしいことだ。
俺たちもいつまでもつかどうか。しかし、救いなのはワクチンを打ったことだ。医療センターのチームに博士がいて、致死性ウイルスに対抗するワクチンを開発した。生存者全体の半数程度しか数は確保できなかったが、戦闘に参加する者中心で打ったのだ。
これで間接的な死は防げる。それだけでも多少は希望が持てる。後は冬を待つだけだ。冬になれば、恐らく宇宙蜘蛛は行動が鈍くなる。それを待っているのだ。
冬が来るのが早いか、俺たちが全滅するのが早いか。人類の存続をかけた勝負だ。
物思いにふけっていると、下の方で音がした。松田か? そう言えば帰ってこない。
また音がする。怒号。散弾銃の音。
まさかバリケードが破られたのか?!
相田は振り返る。しかし階下の様子を探ることはできなかった。
宇宙蜘蛛がそこにいた。咄嗟に近くにあった角材に手を伸ばすが、遅い。宇宙蜘蛛の口吻が伸び、相田の首を挟んだ。バツン。
首を断ち切られ、相田の頭部が転がる。目にかかった血しぶきを器用に前足で拭い、宇宙蜘蛛は音もなく移動していった。
「おい! 何でもいいから持ってこい! バリケードを埋めろ!」
誰かが叫ぶ。誰だ? 誰でもいい。それどころじゃない。みんな死に物狂いになってた。
「また上からくるぞ!」
銃声が連続する。二発。蜘蛛が頭を吹き飛ばされバリケードの内側に落ちてくる。
「死ね! 死ね!」
小山は散弾銃で宇宙蜘蛛に狙いをつけた。撃つ。宇宙蜘蛛の顔半分が潰れる。しかし止まらない。
「うわああああ!」
襲い掛かろうとする宇宙蜘蛛をさらに撃つ。二発。頭がぐしゃぐしゃになって宇宙蜘蛛は死んだ。市田さんと小松君の仇は討った。だが安心なんてできない。蜘蛛はまだいる。
どうやら正面ではなく、校舎の渡り廊下の屋根を伝って来たようだ。いつの間にか天窓が外れていて、音もなくそこから入ってきたのだ。くそ。監視は何してるんだ。相田はどこだ。
宇宙蜘蛛がさらにやってくる。二匹。バランスの悪いバリケードの上を音もなく滑るように降りてくる。
小山は散弾銃に弾を込める。
「くたばれこの野郎!」
前に走りながら宇宙蜘蛛を撃つ。頭がつぶれ、糸が切れたように崩れる。
「くそ! この野郎! くそ蜘蛛! くそ!」
感情が抑えられない。くそ。何でこんな目に。小山は死んだ蜘蛛の顔面を蹴っ飛ばした。
バツン。
死んだはずの宇宙蜘蛛だったが、小山の蹴りに反応してか鋏が動いた。小山の右脚はふくらはぎの辺りで切断された。
「あああぁぁ! なんで! くそ!」
宇宙蜘蛛の死体をもう一度撃つ。
「小山! 逃げろ!」
そう言われ上を見ると宇宙蜘蛛がこちらに迫ってきていた。
「死ね! 死ね!」
散弾銃を撃つ。しかし焦って狙いが定まらない。そして弾切れになる。
「ああぁぁぁぁ! よ、よるなぁ! 誰か助けてくれ!」
周りを見ると誰もいなかった。死んだのか、逃げたのか。小山は一人きりだった。
仰向けのまま手足で地面を蹴るようにして後ろに逃げる。だが逃げ切れるわけがない。切断された右足が熱い。血が、俺の血が、流れ出ていく。
宇宙蜘蛛のガラス玉のような瞳がするすると近づいてくる。口吻が伸びる。小山はそれを散弾銃で叩いて払う。また口吻が伸びる。叩く。
宇宙蜘蛛が首をかしげるように顔を動かす。複眼が、じっと小山を見つめる。
ああ、死ぬ。小山はそう思った。
口吻が伸びる。それを散弾銃で叩こうとするが、左腕を挟まれる。バツン。左手が落ちた。
激痛に叫びを上げようとした小山の喉に口吻がすっと伸びる。バツン。ころりと首が落ちた。
体育館からは、誰もいなくなった。
「体育館がやられた! 逃げろ!」
校舎の方にも宇宙蜘蛛は侵入してきていた。小型の宇宙蜘蛛だ。人間くらいのサイズで、狭い隙間にも入り込む。
体育館側の備蓄倉庫を拠点として二十人ほどがいたが、宇宙蜘蛛の侵入により撤退を余儀なくされていた。しかしどこへ? どこか、バリケードのある教室か、職員室にいくしかない。
狭い廊下だった。窓側は蜘蛛の侵入を防ぐためにバリケードが置いてあったが、そのせいで余計に狭い。そこに二十人が殺到していた。
背後には宇宙蜘蛛。壁を歩いて追いかけてくる。
「もっと! もっと早く行ってよ!」
最後尾の砂田が叫ぶ。だが前はつかえて動かない。自身も足元のバケツで転びそうになる。だから片付けておけといったのだ、あれほど。いや、言われたのは自分だったか。
バツン。
もう一度振り返ろうとした砂田の頭が落ちた。血しぶきが舞う。
「きゃああ! ああああ! もう、早く! ねえ!」
半ば意味のないことを叫びながら、最後尾になった猿子が叫ぶ。後ろを見る。宇宙蜘蛛はもう、すぐそこだ。
宇宙蜘蛛と目が合う。複眼なのでそのはずはないが、猿子はそう思った。
宇宙蜘蛛の口吻が伸びる。首を腕でかばい、右腕を挟まれる。バツン。
「いやああ! ああああ!」
右腕の肘から先を失い、猿子は仰向けに倒れた。両足をめちゃくちゃに動かして蜘蛛を追いやろうとする。しかし蜘蛛はしゃかしゃかと器用に天井に登り、真上から口吻を伸ばす。
猿子の手が口吻を払う。口吻は胸の辺りにぶつかり、そのまま鋏が閉じられた。バツン。
胸の内側、胸骨から肺にかけてを抉るように切断された。猿子は叫びを上げようとしたが、出てくるのは血のあぶくだった。呼吸ができない。
そして口吻が首を挟み、バツン。猿子の首が落ちた。
猿子がやられている間に集団は5m程進んでいた。
宇宙蜘蛛は急いで追いかける。最後尾は増田だった。
「早く行って! 殺される!」
なかなか進まない行列を増田が力いっぱい押す。
「ちょ、ちょっと押さないで! おぁっ!」
増田の一人前、田中が転倒した。さらにその前の桜木の服をつかむ。
「あ、ちょっと!」
桜木も倒れる。そして転倒は前方に波及し、行列は将棋倒しになる。
宇宙蜘蛛は少し様子を見てから最後尾の増田に近づいた。増田は起き上がろうとするが、下になった田中が起き上がろうとしているのでもみあいになって動けない。ガンゴンとすぐ隣の机が揺れた。
バツン。バツン。
スピーディーに宇宙蜘蛛が二人の首をはねた。増田と田中だ。
「いやああ!」
桜井が悲鳴を上げる。その顔が血しぶきで赤く染まる。他の者も叫んだ。阿鼻叫喚だった。
宇宙蜘蛛は桜井に近寄り口吻を伸ばした。バツン。首が落ちる。
その前の小山田に近寄り口吻を伸ばした。バツン。首が落ちる。
それより前の者はまだみんな起き上がれずにいた。将棋倒しから逃げ出そうと、うつぶせであがいていた。
そこに宇宙蜘蛛が近寄り、順番に首を落としていく。バツン。バツン。血のしぶきが連なっていく。まるで噴水だ。
「い、いやああ! 死にたくないぃぃ!」
行列の最前列、倉田が脱出に成功した。細い廊下を小走りで逃げる。だが宇宙蜘蛛は素早く追いかけ、背後から首に口吻を伸ばす。バツン。倉田の頭部が転がる。素早く動くものは、宇宙蜘蛛にとって魅力的な獲物なのだ。
二匹目の蜘蛛が入ってきた。前後から挟まれ、将棋倒しになった人たちは一人ずつ首を落とされた。バツン。
「体育館! 応答してください! 体育館! 学校班! 応答してくれ! ……くそ、駄目か。やられたのか?」
ホームセンターの資材庫で横井が無線機を片手に呟く。周りには十一名の生存者がいた。ホームセンターの資材館側の住人だ。生活館にも十二人いるが、そちらは襲撃を受けているらしい。こちらも危ないかも知れない。
「大丈夫なの、お父さん……」
横井の娘、心花が心配そうに聞く。彼女はまだ九歳。この世界の過酷さはあまりにも無情だった。
「ああ、大丈夫。大丈夫だ」
横井は散弾銃を握りしめる。この資材庫は資材館の隅にある小屋で、二十畳ほどのスペースで金属製だ。入口は一か所しかない。だから宇宙蜘蛛に破られる心配はない。だが食料などは少ししか置いていないので、ずっとここに隠れているわけにもいかない。
恐らく資材館側にも数匹入り込んでいる。戦うしかないか……。横井はそう考えながら、突然の頭痛に苦しみだす。
「う、ううっ! くそ、頭が……!」
「お父さん大丈夫?」
他のものも駆け寄ってくる。ここでは横井がリーダー的な存在だ。横井に何かあればあっという間にやられてしまうだろう。それに、娘の心花のためにも生きていてもらわねばいけない。
「ウイルスか? 大丈夫か、横井さん!」
「ワクチンは打ったんだろ?」
「そうだよ。でも効かなかったのか?」
みんなが口々に横井を心配する。
横井は片膝をついて頭を抱えていたが、不意に笑い出し始めた。
「ふふっ……ふはははっ……ひひ……」
狂ったような笑みを浮かべ、横井は立ち上がる。その手から散弾銃が落ちた。
「お、おい。横井さん。あんた大丈夫か」
その答えに横井は答えることはなかった。代わりに壁に立てかけてあった鍬を持って資材庫を出て行った。
「お、お父さん!」
心花が叫ぶ。外には宇宙蜘蛛がいた。
「う、うひゃひゃひゃ、へへひひいいい」
笑いとも叫びともつかない言葉をまき散らし、横井は宇宙蜘蛛に向かって走る。そして鍬を振りかぶり、思い切り振り降ろした。グシャッ。蜘蛛は頭を潰されて死ぬ。
宇宙蜘蛛は音に気付いて二匹やってくる。横井は笑みを浮かべ、また鍬で襲い掛かる。一匹が脚を砕かれて横倒しになり、横井は頭を踏みつぶして殺した。
その様子を宇宙蜘蛛は見ていた。そして戸惑うようにその場で足踏みをする。横井はその蜘蛛も殺した。
「なんで蜘蛛に襲われないんだ……?」
様子を見ていた久保田が呟いた。蜘蛛が一匹であれば、殺すのはある程度簡単である。頭をつぶせばいい。だが何匹も相手にするときは、この方法は使えない。なぜなら、四方八方から蜘蛛が飛び掛かってきて、あっという間に殺されてしまうからだ。
しかし横井は三匹の蜘蛛を殺した。一匹目はともかく、二匹目と三匹目の時は妙だった。片方を殺したらもう片方が飛び掛かってきてもおかしくないのに、何故かじっとしていた。
しかし妙だというなら横井が一番妙だ。狂ったように笑い出し、蜘蛛を殺しに行った。
何だ、あれは……何をしている。久保田は横井の様子に、吐き気を催した。
死んだ蜘蛛の胴を割り、そこに顔を突っ込んで……食ってる。肉なのか体液なのか分からないが、とにかく、横井は体中を薄緑色の粘液まみれにしながら、蜘蛛の死体を食っていた。
「ああ……見ちゃいかん」
久保田は心花の目をふさぎ、資材庫のドアを閉めた。
一体何なんだ。横井は一体どうなってしまったんだ。久保田は得体のしれない恐怖に体を震わせた。
医療センターのセキュリティルームに富山と小池がいた。富山は医学博士であり、宇宙蜘蛛のウイルス用のワクチンを作った男である。小池は医学生で、富山の補佐的な役割を引き受けていた。
「博士、体育館と学校からは……応答がありません。ホームセンターは交戦中のようです」
「うむ。そうか……蜘蛛が……原因は不明だが攻勢に出てきたな」
「気候のせいでしょうか?」
「そうかもしれん。冬が近づいているのを感じて、本能的にたくわえを増やそうとしているのかも知れん。もっと警戒すべきだったか」
宇宙蜘蛛は切り落とした人間の頭部を主食としている。アリのような社会性生物で、働き蜘蛛が人間の殺戮と首の収集を行い、産卵蜘蛛が残った胴体に産卵する。大体十人の死体に一体程度が産卵され、子蜘蛛はその周囲に放置されている人体を食べて育つのだ。
働き蜘蛛や産卵蜘蛛の寿命は一か月程度と長くないようだが、恐らくどこかに母蜘蛛がいる。こいつを殺さない限り蜘蛛はいつまでも増え続ける。
「二日前にワクチンを打てたのがせめてもの救いですね。一人でも多く生き残ってくれれば……」
「ワクチン……うむ。そうだな」
富田は眉間にしわを寄せながら頷いた。
外から足音が聞こえてきた。そしてドアが開く。常川だった。その後ろには六人の子供がいる。
「どうした、常川君」
「正面玄関のバリケードが破られました! 危険だから、子供達だけでもここに避難させます。それに……」
常川が言葉を濁す。
「それに……何かあったのかね?」
小池が子供たちを一番奥の部屋に案内する。子供たちがいなくなったのを見計らって、常川が言った。
「変なんです。ホームセンターの横井さんが……蜘蛛と戦ってるんです」
「それは……戦うだろう。何が変なのかね!」
富山が妙に身を乗り出して聞く。
「蜘蛛と鍬で戦ってるらしいんですけど、蜘蛛が……横井さんを襲わないんです。それに、横井さんが……蜘蛛を……食ってるって……」
「そうか……そうかそうか! 横井君が! はっはっは! そうか!」
富山は嬉しそうに言った。
「何が……おかしいんですか、富山さん?」
「はははは、いや、すまない……うまく行ったと思ってね」
「何がですか?」
小池も部屋に戻ってくる。そして、富山の様子がおかしいことに気づいた。
「ワクチン……いや、正確にはウイルスだ。あれが効いている。それが嬉しくてね」
「ウイルス……? どういうことですか、富山さん!」
常川が詰め寄る。しかし富山は手で制し、机に腰掛けて喋り始めた。
「カーネイジウイルスとでも名付けようか。宇宙蜘蛛に対抗するための手段だよ」
「カーネイジ……殺戮……ウイルス?」
「そう。考えてもみたまえ。この三か月、人間は何をした? 防戦一方だった。そしてこのざまだ。正確な生き残りの人数など調べようもないが、この街だけで言ってももう百人くらいだ。全世界でも数万か数十万。七十億人に比べれば鼻くそみたいな数字だ。それが人類の限界だった」
「それがウイルスとどう関係あるっていうんですか?」
「関係? おおありだ! 何故人類は負けた? それは守ったからだ。攻めなければ勝てない。戦略のミスだよ」
「軍隊だって兵隊だって戦ったじゃないですか! 何を言ってるんですか?」
「それは対人間用の戦略だ。宇宙蜘蛛用のものではない。そこを考え違いをしていた。だから、私は宇宙蜘蛛と戦えるようにウイルスを作ったんだ」
「宇宙蜘蛛と戦う?」
「そう。まず致死性ウイルスに耐性ができる。これは一番重要なことだ。そして爆発的な攻撃性を有し、暴力による快楽で永遠に蜘蛛を襲い続ける。それだけではない。フェロモンの一種で奴らに仲間だと思わせて、襲われることもない。それに、だ! 脳の代謝も通常と変わるから、睡眠も必要ない! 二十四時間ずっと戦い続ける! 食料は宇宙蜘蛛さ。奴らの血肉を食って、殺して、殺して、殺しつくす! これが人類に残された戦略だよ!」
「な、何だと……何を言ってるんだ、あんたは……」
常川が怯えるように後ろに下がる。
「だが安心したまえ。効果は百日程度で切れる。冬が来る頃には元に戻るだろう。まあ、何かしら後遺症はあるかもしれんが」
「あんたは……みんなを生物兵器にしたのか! なんて奴だ! お前は……なんて……!」
「生物兵器。その通りさ。しかし他に何がある? 武器で戦うのには限界がある。 銃弾だってやがて尽きる。食料と水も無くなってしまう。だから、蜘蛛を殺すしかない! 攻めるんだよ! 徹底的に! ひひ、ははは……くふふ……」
「何がおかしいんだ! あんたは……あんたはろくでなしだ! みんなをモルモットに……!」
「ふふ……ははは! ひひ……そう、しかし、みんなだけではない」
富山は肩を震わせ笑い始めた。
「あんたまさか……自分にも……?」
常川と小池は富山から離れる。富山は立ち上がり、部屋の隅に置いてあった金属バットを手に取る。
「ふふ、くっふふふ……約四十八時間で効果が出始める。それに、安心したまえ……人は襲わない……そういうウイルスさ……。あと、君たちのはまともワクチンだよ。子供たちを……ふふ、守ってくれ……私はずっとこうしたかったのだよ! 蜘蛛を! ぶっ殺す! ヒィィィーーハァァーー!」
富山は慌ただしくセキュリティルームを飛び出していった。ドアが閉まる。向こうから富山の哄笑が響いてくる
「博士……」
小池は遠ざかる富山の足音を聞いていた。人類は生き残れるのだろうか。富山の戦略が正しいかどうか、やがて分かる。
宇宙蜘蛛を倒さなければならない。小池は博士の為にも、そして子供たちのために、絶対に生き抜いてやると決意を新たにした。
ここに、人類の最後の反撃が始まった。
殺戮の因子 登美川ステファニイ @ulbak
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