最終話後編「恋人の日」

 去年のクリスマス。


 俺は長年一緒に過ごした幼馴染に告白をした。


 計画していた告白とはかなり違ったが、幸運なことに彼女と付き合うことができた。


 それから約2ヵ月が経ち、俺たちの関係は良好で健全のまま…


 いささか健全すぎる気もする。何なら付き合う前のほうがお互い気を遣わずにボディタッチしたり、小学生みたいないじり合っていた。


 だが付き合ってからは妙に意識し合って、逆に距離が遠くなってしまった。


 本当はもっとほかのカップルみたいにデートしたり、イチャついたりしたいのだが、そういうことをまったく口に出さないアオイは現状の状態で満足してるかもしれない。


 「うわ……緊張する…」


 昨日アオイから届いたメールとおり、俺たちは今日バレンタインデーにデートをする。


 彼女はまだ準備中なので、俺は家の前に待つことにした。


 「この格好で大丈夫だよな…?」


 彼女からはオシャレをするようにと指示された。頑張ってはみたものの、そういうのは疎いので最終的に清潔感のある無難な恰好に落ち着いた。


 もし、もっと攻めたイケイケなコーデを求められたらどうしよう……前にリクが勧めてくれたファッション雑誌とかちゃんと読んでおけばよかった…


 「いや、落ち着けよ鷹過風舞!たしかにこの格好は攻めてないが、まともではあるはず!最高得点を得られなくとも赤点を取ることはない……と思いたい…」


 「か、カザマ!おまたせ!!」


 アオイは俺から見てもわかるくらい顔が耳まで真っ赤で出てきた。多分恥ずかしさを紛らわすために勢いつけて声かけたのだろう。


 「お、おう!…」


 「これ、どうかな?リクが色々選んでくれた…」


 そう言うと彼女は両手を少し広げてみせた。

 

 紺色のセーターの上に灰色かかった青いコート、その下はロングブーツで組み合わせている。そして髪型は普段のポニーテールを下ろして黒のカチューシャをつけている。


 いつもは少し男勝りなアオイがすごく女の子らしい恰好をしているせいか、彼女のことがとても可愛く感じる。


 「うん、似合ってるよ…」


 正直言うとファッションセンスに敏感なほうではないので、思っているかわいさを上手く言葉にできなかった。なぜこんな陳腐な褒め言葉しかできないんだと後悔してる。


 「本当!?よかった…カザマはこういうの好き?」


 「ああ、すごくかわいいから好きだよ。」


 「……わかった…普段もこういうの取り入れてみようかな…よし!はやく行こっ!」




 今日のデートスポットは東京の動物園なので、普段よりも電車での移動時間が長い。


 お互い緊張のせいか、目も合わせられない上に会話も全然弾まずに気まずい雰囲気が流れた。


 俺はポケットに手を入れ、クリスマスの日に渡し損ねたプレゼントの箱を軽く握りしめる。あの日以来完全に渡すタイミングを見失ってしまった。

 

 「ねぇ…手、出して。」


 「え?」


 アオイはちょっとこもった声で話しかけてきた。


 「…ポケットに手を突っ込まれると、繋げられないでしょ。」

 

 俺は慌てて手をポケットから出すと、アオイは軽く握り繋いでくれた。


 「こういうのって普通、男子からリードするもんだよ…」


 そういうものなのか…知らずにアオイに気を遣わせてしまった。


 「ご、ごめん…こういうのよくわかんなくて、次気を付けるから!」


 「あ、いや、そこまで注意したつもりでは……」


 「アオイ?…」


 「なんでもない…」


 手を繋いだものの、なぜか繋ぐ前よりも気まずくなった…ほかのカップルもこういうもんなのか?





 出発してから2時間。俺たちはやっと目的地である動物園の駅前に着くことができた。


 俺たちの住んでいた田舎とは違い、東京は人に溢れて活気に満ちていた。


 「人、すごいね!なんか息が苦しくなりそう。」


 「水吏街じゃ、じいさんばあさんしかいないもんな。」


 「ハハ、間違いないね…カザマ、道わかる?」


 「ううん、今検索してるとこ……オッケー、把握した!おいで。」


 手をアオイの前に出すと、彼女は嬉しそうに握って繋いでくれる。その手は小さく柔らかい、少し震えていて彼女の緊張が直で伝わる。


 「いこうか」


 駅から動物園までの道は意外と長かったが、アオイとは他愛のない会話をしながら進んでいった。


 「まだ桜咲いてないか…何気に楽しみにしてたんだけどなぁ~」


 動物園前の公園は花見の名所なので、もう少し時期がズレていたら満開の桜を見ることができただろう。水吏街にはあまり桜が植えられてないので、アオイと同じく俺も秘かに楽しみにしていた。

 

 「咲いた頃にまた来ようか。」


 「絶対来る!……また二人だけでもいい?」


 「もちろん。なんで?」


 「こういうの引いちゃうかもだけど……」


 アオイは繋いだ俺の手をより強く握った。


 「……独り占めしたいから…」


 自分でもわかるほど、体が瞬時に熱くなった。心臓がバクバクしてきっと手汗も恐ろしいことになっている。


 アオイの方を見ると、彼女は下を俯いて顔が髪に隠れて見えないものの、今の彼女もきっと俺と同じ状態なはず。


 「お前…かわいいな。」


 思わずそうつぶやいた。だってかわいいし。


 「も、もう!…」


 「ほら、もう着くよ。」

  

 俺たちは入場料金を支払って動物園内に入った。


 アオイはすぐさま二人分のパンフレットを手に取り、一部を渡してきた。桜だけでなく、動物園も相当楽しみにしていたらしい。


 「アオイは何か見たい動物ある?」


 「そりゃあパンダでしょ!ここの動物園でしか見られないから、必須ね。」


 「いいね!」


 「あとは……リクから頼まれたの…」


 アオイはスマホを開いてメモの確認をした。


 「サイ、ゾウ、レッサーパンダ、ワニ、インコ、ヒョウとゴリラ!」


 「…?リクからなに頼まれたの?」


 「絵の練習したいから動物の写真撮ってこいって。」


 「なるほど、それじゃパンダ見た後に回るか。」


 「うん!」


 俺も何となく携帯電話を確認してみたら、リクからのチャットが届いてた。


 【いろんなとこを回れるように、動物の写真をアオイちゃんに頼んだから楽しんできなさい!※あなたたちのツーショットはムカつくので、動物だけ撮ってください。】


 どうやらこれはリクからの気遣いだったらしい。


 「…姉上にはかないませんね。」


 「?」


 「よし!いこか!…写真、俺たちのツーショットも入れようぜ!」


 「おお!いいかも~リクに見せつけようよ!」


 これ帰ったら絶対怒られるな。




  

 その後俺たちは動物園のいろんなところを回った。


 動作一つ一つが愛らしいパンダ。


 筋肉隆々なゴリラ。


 意外と瞳がかわいい象。


 なかなか姿を見せないレッサーパンダ。


 アオイはどの動物を見ても大はしゃぎで、普段じゃ絶対みせることのない笑顔を惜しみなく披露した。


 アオイにとって水吏街はきっと狭すぎたのだろうと思った。



 「サイ…サイ…サイ………あった!すごい奥にあるみたい。カザマこっちこっち!」


 「おう!…マップ見た限りこれ結構歩くけど、先にお手洗いとか行っとく?」


 「確かに……完全に忘れてた!入園した時からトイレ行きたかったんだ。」


 「おいおい、はしゃぎすぎてそれも忘れたのかよ。ほら行ってきな。」


 「は~い。」


 「俺はこのへんで待ってるから。」


 「はーーーい!」


 東京は人口が多く水吏街より多少暖かいとはいえ、2月はまだまだ風が寒いので、俺はアオイが戻るまで近くの日が当たるベンチに座って待つことにした。


 俺が座るやいなや、ベンチの反対側の女性が声かけてきた。


 「あれ…?鷹過くん?…鷹過くんだ!」


 「?……えーと…」


 ウルフカットでパンクな服装をしたその女性は黒マスクを外して続けた。


 「覚えてない?私!朱瑚しゅご高校のともえ。共同練習試合で会ったでしょ。」


 彼女の名乗りで徐々に思い出してきた。1年前に部活の練習試合で会ったことある先輩だ。


 「ああ!!お疲れ様です、巴先輩!お久しぶりですね。」


 「お疲れお疲れ、どう?あれから、元気だった?」 


 「はい、おかげさまで!先輩こそ元気でした?」


 「微妙ね。この間フラれちゃって…だからかわいい動物でも見て癒されに来たの。」


 「そうでしたか…」


 巴先輩は少し微笑むと、今度は俺との距離を少し詰めて話す。

 

 「それで、鷹過くんは?デート?一人なら動物園まわるの付き合ってくんない?」


 「いえ、今日はかの…ー」


 「カザマ、誰?その女。」


 いつの間にかアオイはトイレから戻ってきたようだ。彼女の声色は明らかに怒りが混じったものだった。


 「アオイ、こちら俺が去年部活でお世話になった朱瑚高校の巴先輩。巴先輩、この子がアオイ。俺の彼女です。」


 「あ、ごめんね!デートの邪魔しちゃったみたい…鷹過くんとは偶然会ったの……私もういくわね。」


 「…………」


 そう言うと巴先輩はそそくさとこの場を離れた。


 もし変な誤解されたら困るので、アオイにちゃんと説明しようとしたが、彼女は有無を言わせずに俺の腕を組んで、次のコーナーに進んだ。


 「アオイ…待ってくれ…」


 「………」


 二人でしばらく無言で動物を見ていたら、さすがに俺を連れまわすのが疲れたらしく、人目が少ないコーナーの近くのベンチで休憩取ることにした。


 「アオイ、大丈夫?」


 アオイは俺の問いかけに返答をせず、下を向いたままだが繋いだ手を放すことはなかった。


 しばらく経つと、彼女はようやく会話に応じてくれた。


 「大丈夫じゃない………」


 「どうしたの?疲れて具合が悪いのか?」


 「そういうのじゃないから…」


 そういうのじゃないとしたら、やはりさき巴先輩に遭遇したことに怒っているのだろうか?


 「カザマ、キス……して。」


 「!?」


 アオイは間髪入れずに顔を近づけてきた。驚いたのもそうだが、このキスは安易に応じてはいけないと思った俺は、彼女の肩を掴んで離す。


 「本当にどうしたの?アオイ。」


 「なんで?……なんでしてくれないの?」


 彼女は何か焦っているのだろうか?


 「カザマは本当に…ホントに私が好きなの?」


 「そんなの言うまでもないよ、好きに決まってるじゃんか。」


 「………」


 アオイは繋いだ手をはなす。


 「クリスマスの日…告白してくれて、キスしてくれて、本当に心の底からすごくうれしかった。」


 「うん…」


 「でもその後、カザマからは何もなくて……私は毎日幸せいっぱいでふわふわしてたのに、私だけが舞い上がってるみたいで…」


 アオイは手で目元を拭く。下を向いていて見えないが、彼女はきっと泣きそうになっている。


 「カザマは何も言ってくれないから……手を繋ぎたいとか、キスしたいとか……エッチなことも何も言ってこないから……さっき、アンタが他の女の子と一緒に居るの見て、改めて怖くなった…好きなのは自分だけじゃないか、恋してるのは自分だけじゃないのかって……」


 涙がこぼれるのを隠しきれず、彼女の目から溢れて膝の上に落ちる。そんな彼女を見てられなくて、俺はアオイの頬に手を伸ばして涙を拭いた。そして、俺と目が合うようにこちらに振り向かせた。


 「ごめんね、不安にさせてしまって。アオイとは子供のころから一緒に育ってきたせいで、俺は自分の心の内のすべてがアオイに伝わってると思っていたんだ……巴先輩はただの知り合い、たまたま再会しただけなんだ……」


 「…本当?」


 「ああ、嘘はつかない。」


 「うん……」


 「俺も怖かったんだ。なんか恋人らしいこと要求したら嫌われるんじゃないかって…」


 それ聞くとアオイは慌てて俺の両手を握り返してくる。


 「そんなことない!むしろなんでも話してくれたほうが安心する!」


 「わかった。今後はそうであるように気を付ける!」


 「……あ、あんまり…エロいのはまだダメ…まだ心の準備ができてないから…」


 「うん。」


 俺はもう涙が止んだ彼女から手をはなす。すると、アオイは思い出したかのようで、手提げバッグの中から何かを取り出した。


 「はい、これ!バレンタインチョコ!」


 彼女が渡してきたのは文庫本サイズの箱。バレンタインらしくピンクの包み紙でラッピングされている。


 「わかってると思うけど、これ、本命だからね……一番おいしいやつ入れたから…」


 「うん、帰ったら大事に食べる。」


 チョコを渡せたことで、アオイの顔から泣いた跡がかき消されて、今度は満面の笑みで腕を組んでくる。


 「アオイ、俺からもプレゼントがある。ほら、反対側向いて。」


 アオイは驚き喜びながら、俺の言う通り体を反対側に向いてくれた。


 クリスマスの時から渡し損ねたネックレスを取り出し、アオイに付けてあげた。


 「…!へ!?ネックレス!」


 「うん。バイトして買った……オッケー、見せて。」


 アオイは軽快にこちらに向きを直し、嬉しそうにプレゼントをつけている所を見せてくれた。


 「これかわいい…ありがとう、カザマ!」


 「喜んでもらえてよかった!…もうちょっと休んだら、動物園出て東京見てまわらない?」


 「行きたい!やった~!」



 俺たちは動物園を出たのち、東京のいろんなところを回ってきた。田舎から出てきたオーラ満載だったが、この街の誰よりもこの日を楽しんだ。


 そして、夜までたっぷり遊んだ俺たちはまた同じ電車で戻ることになった。




 「アオイ、もうすぐ最寄りつくよ。」


 遊び疲れたのか、アオイは帰りの電車に乗った途端眠ってしまった。。


 「………ん?…あ、ごめんカザマ…私、寝ちゃってた。」


 「ハハ、イビキかいてたよ。」


 「え!うそ!?」


 「うん、うそ。すごい静かだったよ。」


 「もうー……あと少しだけ肩貸して。」


 そう言うと彼女はまた眠りについた。



 最寄り駅に着くと、乗客はもう俺たちしか残っていない。


 俺に起こされたアオイは余程疲れてたのか、立っていてもまだウトウトしていた。


 「ほら、アオイ。乗って。」


 俺は彼女に背を向けてしゃがむ。まともに歩けそうにない彼女をおんぶして帰るつもり。


 「なんか恥ずかしいなぁ…」


 「こんな時間誰も外に出てないから大丈夫。ほら、おいで。」


 「……は~い。」


 周りを軽く見回して、誰もいないことを確認したアオイは俺の背中に体重を預けた。


 アオイは今もだが、子供の頃から体が弱かったので、昔はよくこういう風に彼女をおんぶしてた。


 こうしてまた彼女を背負っていると、なんだか彼氏ではなく兄に戻ったような懐かしさを覚えた。


 「あたたかい…昔から変わんないなぁ……」


 「アオイは重くなったけどな。」


 「うっさいバカ。」


 「暴れるな暴れるな…ハハ、なんか懐かしいな。」


 アオイは上半身をより深く預け、俺の耳の真横まで顔を近づけた。


 「今までずっと…いつも、お兄ちゃんで居てくれてありがとう。」


 「急にどうしたん?…」


 「…父さんとの仲直りの機会をくれてありがとう。」


 アオイはより力を込めて俺を抱きしめてくれた。


 「うん…」


 「………好きになってくれてありがとう…伝わらなかったら、怖いから。カザマには絶対に伝えたかったの。」


 「うん。ちゃんと伝わってるよ。」


 「…よかった。」



 アオイは心のすべてを伝えてくれた。普段のツンデレな彼女はこういう時じゃないと本心を話せないのだろう。


 ならば、俺も伝えようと思った。


 「なあ、アオイ。将来俺たち結婚したら、いろんな国に遊びに行かないか?」


 「け、…結婚!?……」


 「なに驚いてんだよ?俺は最初からお前と将来結婚するつもりで告白した。お前以外の女子と付き合うつもりなんてない。」


 「そそそ、それ…プロポーズだよ!わかってるの!?私たちまだ付き合って二ヵ月だよ!」


 「子供のころから一緒にいるからもう実質10年以上付き合いだろ……それともアオイはイヤなのか?俺じゃ。」


 「そんなことない!!カザマしかありえないから!……ただ、その…すごい急だなって…」


 「なにも今すぐにってことじゃない。お互いに納得するタイミングでさ。」


 「…それならいいかも。」


 「だろ!………今日動物園ではしゃいでたお前を見てさ、思ったんだよ。もっといろんなものをみせたい……いや、一緒に見に行きたいんだ。」


 「うん。」


 「この街は落ち着くけど、アオイには狭すぎるって思った。」


 「素敵……いつか絶対に行こう!私たちだけの約束ね。」




 「ああ、約束だ。」


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