第17話 同じ始まり、違う終わり


「悪い、寝坊した」


「遅いよ、ばーか」


 ハルトは、確かに一度死んでいた。

 生死を越えて再会したというのに、それでも二人は、いつも通りに言葉を交わす。

「山程言いたいことがあるけど、でも……」

「その前に、犯人確保だよな。推理を当てても、キレた犯人が全員殺せば、それで事件は迷宮入りだ」

 そう言って、ハルトはミサキから視線を移して、ランを見据える。


「……外れてて欲しかったよ、ラン」

「オレも、お前がさっさと白銀ミサキを殺しちまうパターンになって欲しいと願っちまうくらいには、今まで楽しかったぜ」

 二人の間に、沈黙が落ちる。

 列車の走行音がしばらく響いた。

 この列車はどこへ向かっているのか。

 二人は、どこへ向かうのか。

「なあ、ハルト――殺す前に教えてくれよ。どうやって助かった?」

「教えてやる。冥土の土産……じゃないからな。お前は生きたまま、檻の中にぶち込ませてもらう」

 なぜハルトが、こうして立っているのか。

 ハルトは、ランに頭を撃ち抜かれて、確実に絶命していた。

「まず、前提として……松原さんは、《セイレーン》じゃなくて、《八百比丘尼(やおびくに)》だ」

 《八百比丘尼》。

 日本に伝わる人魚の伝承で、その肉を食べると不老不死になると言われている。

「《空白符》に不死の伝承をセットして、死んだ瞬間に発動させた……こういうトリックだったってわけだ」

「だが、松原サクに怪異を与えたのはオレだ。それがどうして、与えたものと違う怪異を?」

「すり替えた。そこはミサキが用意していた作戦だ」

「お前の体内に仕込んでいた《空白符》は取り除いた。もう、《空白符》は残っていなかっただろ」

「そっちは囮だ。本命は透明にして持ってたんだよ。体内にある分を取ったら、もうないと思うだろ? ……これは白銀にも話してない。だから、本気で驚いてたろ? お前を騙すための、俺の仕込みだよ」

「味方まで騙したわけか……」

 ミサキの反応は、本物だった。

 ランはあの反応を見て、全てが自分の思惑通りに進んでいると確信し、それを前提に自身の計画を進めた。

 それが、ハルトの狙いだった。

 ミサキにペラペラと作戦を話してくれたおかげで、あとはランを倒すだけという状況まで持ち込めた。

 《きさらぎ》――宮地ランは、本当に厄介な相手だった。自分は手を下さずに、背後から仕掛け続ける段階では、捕まえようがなかったのだから。

「これで勝ったつもりか? 結局のところ、オレとお前の一騎打ちの決着次第だろう」

「……そうだな」

 二人は何度も訓練で戦ったことがある。

 それでも、決着はついていない。

 ランは言う。

「勝てるはずがない。半端者の、裏切り者が」

「裏切り者? なんでお前の方が寝ぼけてんだ、警察に紛れ込んでた犯罪者はお前だろ」

「バカが、そうじゃない……! お前は、自身の姉を裏切っているんだよッ!」

 ランは叫んだ。

 いつもの調子ではない。

 《きさらぎ》としての、冷たい口調でもない。

 それは――本気の、激昂に見えた。

「どうして白銀ミサキを殺さなかった!? 正義のためか!? そいつがこれから善行を積めば、お前は姉を殺された恨みを忘れられるのか! その程度か!? お前の、家族への思いは、その程度なのかッッ!」

 ハルトがずっと、ランに対して、大切な人を失ったという点で同じだと感じていた。

 ランも、同じことを思っていた。

 どれだけお互いに騙し合っても、そこに嘘はないと、ランはそう思っていた。

「ごちゃごちゃうるせえな……」

「なに……?」

 ハルトのらしくない乱雑な返しに、眉を顰めるラン。

「こっちだって、わけわかんねえんだよ! あの女の言ってることは何一つわからん! 恨めばいいのか……、俺の恨み誤解なのか、なんにもわかんねえんだよ、あのクソ女のことは!」

「ハッ……! わからないなら殺せばいい!」

「暴走するだけが愛じゃねえだろ。あのクソ女のことは後回しだけどな……今、ちゃんとわかってることがある」

「なんだ?」

「ラン、お前の想いについては、この際どうでもいい。お前に説教できるほど、オレは綺麗な人間じゃない。……でも……でもな……」

 ハルトは大きく息を吸い込む。

 僅かな逡巡。

 自分は、どんな想いで彼と戦う?

 なんのために?

 この暗闇の中でもがくような戦いは、なんのためにあった?

「姉さんへの想いは、復讐でしか示せないわけじゃない。オレは、姉さんの後を継ぐ。姉さんの正義を守る。オレに正義がなくても、姉さんにはあった。それが、オレの、姉さんへの、証明だ」

「……よかったよ……。白銀ミサキに惚れたから、なんて寒い理由じゃなくて。それならまだ、少しはわかる」

「今日一番のバカな発言だったな。ゲロみてえな勘違いだよ。あの女の中身を知って惚れるやつがいたら、そいつはどうかしてるよ」

「……そうかよ。……ま、これでお互い、動機は見えたな」

「大事か、それ?」

「……ああ。オレの姉さんへの想いが、お前の想いをすりつぶす。一番興が乗るよ」

「俺も大概だけどな……シスコンすぎて犯罪者になりやがって」

「四六時中姉に囚われていじけてたお前に言われたくねえな。……それじゃ」

「ああ……じゃ、やるか」


 ――――同時、二人は駆けだした。


 自身の想いを証明するために、全て殺す。

 自身の想いを証明するために、全て守る。


 同じ始点。

 違う終着。


 二つの想いはぶつかった果てに、どこへ行くのか。

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