第18話 継承
ハルトが駆けだした瞬間、ランは銃を引き抜いて撃ち放っていた。
二丁拳銃――それも、二丁の銃両方に、銃剣が装着されている。双銃剣。これは初代きさらぎや、春日アキラ。そして、ミサキも使っている武器だ。
ミサキはアキラから。
ランは、姉のアイから、その技を受け継いでいる。
ハルトを狙ったものが、一発。見当違いの方向へ撃たれたものが、二発。
だが、外したのではない。
跳弾を利用して、全てがハルトへ正確に襲いかかる。
別々の方向から、時間差で迫る弾丸。
しかし――
――――ハルトは、全ての弾丸を一筆で結ぶ軌道を割り出し、刀で一閃。
弾丸全てを斬り落とした。
さらに、列車内の手すりや吊革までも斬り、空中を舞う吊革を蹴飛ばすと、ランの顔面へ鋭く飛来していく。
ランは飛んできた吊革を撃ち落とす。その隙に、ハルトは接近し、勢いそのまま刀を跳ね上げた。
銃剣で受ける。二丁を重ね、両手でのガード。鍔迫り合いの膠着へ。
「跳弾……相変わらず器用だな」とハルト。
「弾丸を斬る変態がよく言う」とラン。
曲芸を曲芸で返す応酬。
「ここはオレのホームだ。当然、地の利はこちらにある――《憑依(インストール)》:《雪女》」
瞬間――ランの周囲から冷気が放たれる。
危険を察知したハルトは、咄嗟に後ろへ跳んだ。
ここは列車の中。壁と天井からの距離が近い。冷気は壁と天井を這って進み、ハルトの付近で弾けた。
床、壁、天井、上下左右から、大量の氷柱が伸びて、迫る。
「……狭苦しいな」
氷柱を斬り払いながら、下がっていく。終わりが見えない。狭い車内では、逃げ場があまりにも限定される。
「だったら……」
ハルトは、出口付近についている手すり、その周囲を切り取った。そして、手すりを掴んで、正方形に切り抜いた列車の壁を――――ブン投げた。
■
ランは思考する。
(……壁に身を隠して近づいてくるか)
ハルトが投擲した壁が、氷柱を破壊しながら進む。飛来した壁で、ハルトが視界から消えている。氷の密度をあげ、壁を串刺しにして止める。氷を畳みかけて、壁を消し飛ばした。さらに氷柱で氷柱を貫いてへし折り、視界を確保。
だが――。
「……いない? いや……」
ランはガラスを蹴破り、列車の外で飛び出す。列車の外側に氷柱を生やして足場を作り、車両の上部へ。
そこから、一気に駆け出す。
ハルトは前方車両へ向かっていた。
車両自体を脱線させるなどして、戦場をひっくり返してしまえば、狭い車両で戦う必要などなくなる――そういう狙いだろう。
面倒な策を、思いつかれた。
この列車は、《きさらぎ駅》という怪異を形成する核。
破壊されてしまえば、しばらくはきさらぎ駅は使えなくなる。
(いいや、それよりも――……)
ランは歯噛みする。
ハルトは、どこまで読んでいる?
厄介なのは、列車を破壊されることより、ハルトがこちらの動機を把握して、策を立ててくること。
ランは、ハルトを殺さなければならない。ハルトを、白銀ミサキの相棒を殺して、ミサキを絶望させなければ、復讐にならない。
姉を同じ苦しみを与えて、その後にミサキを怪物に変えて、破壊の限りを尽くさせ、絶望させ続ける。
ここまでして、やっと復讐は完成する。
ハルトがそれをわかって動くとすれば?
(……アイツは、そういうことをする。正々堂々と戦う、なんてオレ達のガラじゃない。騙し合い、相手の弱みに付け込んで、相手を支配し、操作する。それがオレ達、スパイの戦いだ)
だが、それでも――……。
「――ナメやがって」
こちらの弱みにつけこむ? ああ、好きにすればいい。そんな小細工、全て踏み潰して、必ず復讐を果たさせてもらう――ランは誓いを燃やして、突き進む。
■
この列車は、現実のどんな車種とも異なる。
様々な車種の要素を少しずつ継ぎ接ぎにされた、存在しない車両。恐らく、それもこの《怪異》を形成する上で、必要だったのだろう。例えば、現実感を消すことで、より異質さを出して恐怖を作る、など。
しかし、運転席の機能などは残っている。そうやって『弱点』を残すことは、《怪異》の力を強めるのだ。『運転席も動力もなく動く列車』を作ることはできるだろうが、その分のしわ寄せで、どこかに綻びが生まれてしまうはず。
つまり、ハルトの狙いは運転席――ランは、そう推理した。
しかし――……。
「――どういうつもりだ?」
ハルトは、運転席がある先頭車両の手前、その上部で堂々とランを待ち構えていた。
「どうもこうも、車内じゃ不利だから上に出ただけだろ」
「……運転席は」
「俺が列車の脱線を狙って、それをお前が防ぐって? なんか逆だろ……、普通は脱線させる側が悪役だ」
「……ハルト、お前は端役。主役は白銀ミサキだ」
「……それは、どうだろうな?」
再び駆け出す両者。
走行中で不安定な車両を舞台に、最後となる戦いの幕が上がっていく。
壁と天井がない分、氷を這わせる範囲は減った。跳弾も狙いづらくなっただろう。
それでも。
「作ればいいだけだ」
ハルトの周囲から氷柱が鋭く伸びていく。それでコースを制限され、回避を強いられる。
そこで弾丸までも迫る。
まっすぐ狙った弾丸。足元から伸びる氷柱。氷柱を利用した跳弾。車内から移動したところで、ランの攻め手は衰えていない。
そこまでしてもなお、ハルトは止まらない。床を切り裂いてくり抜き、車両から抉った巨大な金属塊で、氷柱を薙ぎ倒し、弾丸を防いで、そのまま金属塊を投げ放つ。
だが、車両内の時とは変わって、スペースが空いた分、躱すのも容易で、ハルトを見失う可能性も低い。
そのはずだったが――
(リールを利用して後ろに回られるだろうな……)
ランは、読んでいた。
車両から抉った巨大な金属をブラインドに、自分の姿を隠して回り込む。
ならばどうする?
着地点は読めるはず。そこで弾丸と氷柱を全て叩き込むか?
いいや、足りない。
彼は、こちらの最大の技でなければ、仕留められないだろう。
――――《魔剣》という、ものがある。
ランのそれは、姉から受け継いだものだ。
宮地アイと、春日アキラが、彼女達の師から受け継ぎ、それぞれが磨き上げた技。
術理はこうだ。
双銃剣の、射撃時の反動を利用して、斬撃の威力を高め、さらには同時に跳弾を利用して、相手の動きを制限していく。
斬撃と射撃、双方が噛み合い、高め合う、連続弾雨斬撃。
その剣の名は。
ランにとって、忌むべきその名は――――。
「春日流――《雪月夜》」
氷柱の位置、跳弾の位置、共に狙い通り。構築されていく氷と弾丸の牢獄。
逃さない。弾丸と氷の全てを躱したところで、ラン自身の銃剣が捉える。一度受けたら最後。終わらぬ連撃は、必ず相手が果てるまで続き、逃れることは不可能。
――これで、終わり。
そのはずだった――。
そこで、ありえないことが起きる。
ハルトが着地。
当たる。隙がある。
読み勝った、ということだろう。
――――そう、思った瞬間だった。
ガァンッ! と激しい金属音が響いたかと思えば、突然、浮遊感。
時間が止まったかと思った。
ハルトとランがいる車両が、浮いている? なぜ? ハルトがやった? それとも、白銀ミサキが?
ありえない。
そんな力、ないはずなのに。
どうやって――――?
《空白符》による、怪異か? それもないはず。ブラフに1枚、《八百比丘尼》で1枚。もう完全に使い切ったはずだ。
では、なんだ?
――――「ハルトくん……。『ぬりかべ』じゃなくても、ただの石ころでも、線路に置いたら犯罪だよ。まず威力業務妨害罪で三年以下の懲役または五十万円以下の罰金だ」
ハルトは思い出す。
彼女の言葉を。
――――「ぬりかべくんはすごいんだよ?」
「悪いなラン。お前と技を競ってもいいけど、確実に勝たせてもらう」
《ぬりかべ》に激突し、浮いた車両。それによって出来た隙を見逃さず、ハルトはランを斬って捨てた。
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