第15話 バッドエンド


 七不思議・人魚との戦いは決着を迎えた。

 サク、めぐる、シホノ、三人の少女達が起こした、それぞれの事件。いずれの動機も、互いに想い合い、すれ違い、先走って、暴走して、そんな青臭いものだった。

 あまりにも愚かしくて、はた迷惑でも、それでも。

 ミサキは想う。

 誰かのために、拗れて、絡まって、結び目のわからなくなった感情は、事件を引き起こす。

 それを解いてやるのが、名探偵だ。

 しかし、医者の不養生というか――ミサキは、自分の拗れた想いばかりは、どうしたらいいかわからない。こればっかりは、迷宮入りだ。

 それでも、少しずつ、出口は見えているような気はしている。


 ハルトに対して、スマホを見せる。


『いよいよ大詰めだな。ここまでは上手くいっている。きさらぎもここからは動いてくるだろう』


 文章でのやり取りは、盗聴対策だ。

 《きさらぎ》は、ハルトに盗聴器をしかけている。

 これも、ランを疑う材料の一つだ。彼なら、ハルトへ盗聴器を仕掛けるチャンスもあるだろう。

 

 ミサキは、これを逆に利用しようと考えた。

 

 きさらぎの持つ怪異も無限ではないだろう。七不思議クラスが倒された今、きさらぎ自身が動いてる可能性が高い。

 そこを盗聴を利用して、こちらに有利になるよう情報を流し、きさらぎをコントロールする。

 そうしてきさらぎをおびき出したところで、いよいよ決戦というわけだ。

 きさらぎが高い戦闘力を持っているのはわかっている。

 だが、ここまででミサキは敵の手駒を多く奪ってきた。

 めぐる、シホノ、サク。彼女達を利用するのは気が引けるが、怪異だけをミサキが扱うということはできる。

 そこで確保した戦力で、確実に叩く。

 それでも厳しい戦いになるかもしれないが、二人なら。ハルトとミサキなら、きっと勝てる。

 それで全部が、ハッピーエンドだ。

 アキラを殺されたあの日から続いた絶望に、終止符を打つ。

 

 決意に満ちた視線でハルトを見つめながら、ミサキは彼の返答を待っていた。


 ハルトがスマホを掲げる。

 

 そこに表示されていたのは。




 『   騙して悪かった。

     俺はここまでだが、後は頼む   』


   

「……………………は?」


 思わず、声が出た。


 次の瞬間。

 ―――────銃声、

 そして、


 ハルトの頭から、真っ赤な、鮮血が吹き出して、


 どさり、と――ハルトの体が倒れた。


 即死だろう。

 見ればわかる。弾丸は頭蓋を抜けて、脳を吹き飛ばした。


 確実に、死んでいる。

 血が、広がっていく。

 ハルトの、死体が、転がっている、


 死が、落ちている、


 死が、 


 死が、広がっている。


 死 、  。  

 

        どうして   。 

                    ?

 



「なんだ、これ?」




「――これがお前の結末で、始まりだよ……名探偵」



 声。

 すぐにそちらへ視線を向ける。



 狐面に、軍服。きさらぎだ。


「なんで……」


「『なんで』って――推理はどうした? 名探偵」


 ミサキは考える。

 考える。だが、思考が、千切れる。まとまらない。それでも。

 ――どうして、こいつはこのタイミングで現れた?

 サクがやられた以上、自ら動く――それはミサキの推理通りだ。正解だった。

 ただ、最悪なのはタイミング。ミサキの推理は、読まれていた。

 だからこそ、きさらぎは、ハルトがサクとの戦いで疲弊し、勝利した瞬間の一番油断した隙を狙っていたのだろう。いや、サクに怪異を与えたこと自体が、この瞬間のための布石だったのかもしれない。

 それよりも、もっと前から?

 今回の事件全てが、今のために仕組まれているとしたら?

 もし、そうだとすれば……。

 そこまで用意周到な相手を倒す方法など、残されているのだろうか?

 思考すればするほどに、沼地で足掻くように、絶望の深みに沈んでいる気がする。


「場所を変えよう」


 ぱちん、ときさらぎが指を鳴らした。

 瞬間。

 まるで舞台が暗転して、セットが変わるみたいに、別の場所へ移動している。

「……駅?」

 学園から一番近い駅。《七不思議》に組み込まれた、きさらぎの結界がある場所。

 なんとなく術理はわかる。

 ミサキが図書準備室に結界を重ねているように、きさらぎは駅と学校を結ぶ空間に、広く結界を重ねている。

 それにより、結界範囲なら、出現地点を自由に選べる。そんなところだろう。

 高度な結界術ではある。

「外野は必要ない。役者はこれだけだ。今はまだ、観客もいらない」

 きさらぎ。ミサキ。そして、倒れているハルト。

 めぐる、シホノ、サクの三人は、結界から除外されているようだ。結界内か、現実空間、いずれにせよ、学園の中にいるのだろう。

「さあ、誂えてやった舞台がきた。開幕だ」

 轟音と共に猛進する、鉄の塊。

 列車だ。

 ここは駅。ならば当然、列車がくるだろう。

「乗れ。お前を、次の場所へ連れていってやる」

 口答えはできない。今は、命も、なにもかも、相手に握られている状況だ。

 待つしかない。反撃の隙は、どこかにあるはず。

 列車に乗り込む。


 ――――かくして、名探偵は敗北し、事件は迷宮入り。

 

「ここで推理を披露するのは、お前ではない。俺だ」


「……どういう、ことだ?」

 驚く程に虚ろな声が漏れる。

「親切に答え合わせしてやるんだ。ホワイダニット。好きなんだろう、そういうの。教えてやる。俺も、お前には理解してもらわないとならないからな。どうしてこんなことをしたのか」

 どさり、と目の前に何かが落とされた。

 何かが入っている寝袋。

 この変わった柄は、サクの家にあったものだ。

 銃声――銃弾が撃ち込まれて、寝袋の表面に、血が滲んでいく。

「春日ハルトは、死んだ。こいつはそういう役だったんだ。お前を完成させるための生贄。最後のピース。お前と関係を深め、死んで、トリガーとなる。そういう役だ」

「……役、だと?」

「順を追って説明するさ。まず、ホワイダニットの前に、フーダニット。お前の推理は正解だよ」

 そう言って、きさらぎは狐面を外す。

「……宮地ラン……ッ!」

「うぃーっす、ミサキちゃーん。ハルトの相棒の宮地ランだ、よろしくな! ……なんて、そういう挨拶がいいか?」

 一瞬で声音を変えるのが、不気味だった。

「正しい挨拶はこうだ――俺は、お前と春日アキラに、姉を殺され、お前に復讐のために生きてきた者だ。ホワイダニット――これが動機だ」

 ミサキの推理は合っていたというわけだ。

 それでもわからない点はある。

 今まさに、こうしてそれを語り聞かせているということ。

 復讐というのなら、なぜさっさと殺さないのか?


「お前もわかるだろう。『語ること』で生まれるものは、なんだ?」


「…………《怪異》、か……」


「そういうことだ。お前の封印を解いて、新たな怪異として生まれ変わらせる。それで全てを壊す。そのために、わざわざ必要な駒を用意したんだ」

 

 それで多くの疑問点が氷解した。

 一連の事件。それは全て、このためだったのだ。

 ハルトとミサキの関係を作り、物語を作り、全てを壊して、この結末を作るための。


「絶望してくれただろう? だが、この物語はバッドエンドではない。お前がただ絶望して終わりではない、絶望し、全てを破壊すれば、それはただの悲劇じゃないだろ」

 瞬間。

 ミサキは銃を引き抜いて、ランを狙う。

 が、それよりも早く、ランは引き金を引いていた。

 ミサキの握る銃が撃ち抜かれて、彼女の手を離れて転がる。

「破壊は快楽と変わる。お前は、破壊を楽しむよ。そうして、怪異の王となって、全てを壊す。これはバッドエンドじゃない。

 ――結末ではなく、始まり。お前という怪物の、オリジンだ」

 理屈はわかる。

 そして、ランの描く物語に対する、ミサキの解釈など、もはや意味がない。

 ミサキが怪物になり果てて、意識を失えば、もうミサキがどう思うかに意味はない。

 ただ、破壊のためのシステムとなって、全てを壊すのだろう。


 宮地アイは、怪異の研究をしていた。

 アキラと一緒に、人と怪異が共に歩む未来を探っていた。

 だが、人と怪異の境界に立つアキラと、アイの思想は分かたれた。

 アイは、人よりも、怪異を選んだ。


 そして、アキラと戦い、その果てに倒れた。


「俺は、春日アキラも、姉さんも、その思想についてはどうでもいい。ただ、俺から姉さんを奪った全てを、最悪の形で、絶望に与えて壊す」


 迷いのない復讐鬼。

 そうでありながら、恐ろしく冷徹な作戦を構築する頭脳。

 ――激情と狡知の、完璧な配分。

 勝てない。

 宮地ランの方が、ずっと上だった。

「……さて、仕上げだ」

 言いながら、ランは軽い調子で、寝袋へ拳銃を向けて、弾丸を撃ち込む。

 次に、寝袋を開く。

 ナイフを取り出し、ハルトの腹を引き裂いた。

 動画サイトで気まぐれに見ている料理動画みたいに、死体が解体されていく。

 非現実的で、絶望的な光景。

「やっぱりな。こいつなら、これくらいするだろう」

 ランが取り出したのは、ミサキがハルトに渡した《空白符》だった。

 ハルトは、《空白符》を飲み込んで、体内に仕込んでいた。

「なんの怪異かは知らないが、逆転の切り札だったんだろうな」

 ナイフで符を引き裂いて、無力化。

「春日ハルトの死後、発動するものだったのかもしれないが、これで万に一つの逆転もありえなくなったな」

 絶望に、絶望が積み重ねられていく。

「次に、お前を殺す。死をトリガーにして、お前の封印は解けて、お前は全てを破壊する怪物になり果てる」

 器用にナイフを回転させ弄びながら、ランはミサキへ近づいていく。

 列車の走行音が響く。

 床には、拳銃が落ちている。

 間に合わない。

 あれを拾ったところで、ランには勝てないだろう。

 

 ――――ランが、ナイフを振り上げた。


 これを振り下ろして、それで終わり。


 完全な、バッドエンド。いいや、それはミサキにとってのことで、ランの解釈では、これは始まりだったか。



 確かに、多くの者にとっても、これは始まりだ。


 惨劇の、始まり。



(……アキラ、私は、結局、なんにもできなかったよ……)

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