第14話友人
「確かにこの眺めを独り占めできるなら、特等席と言えるでしょうね」
「そうじゃろそうじゃろ!」
お気に入りの場所に共感してもらえたのがよっぽど嬉しいのだろう。
雫はいつもの笑みから、さらに花が咲いたような満面の笑みを見せた。
「……でもこんなところに上って神様に怒られないんですか?」
きれいな眺めにごまかされた気もするが、やはり後ろめたさが徐々に沸き出てきてしまう。
自分から進んで上ったわけではなく、半ばむりやり雫に連れてこられたような気もするが、雪音は心許なかった。
良心が痛んでしょうがない。
祟られて大きな厄災事に巻き込まれないか、周りの人たちに迷惑をかけないか、心配事が後を絶たない。
一度悪い方へと考えてしまうと、もっと悪い方へと考えてしまう。
感情の悪循環に陥り、自分の顔から血の気が引いた思いでいた。
「ん?ただ上っただけで怒る神などおらぬじゃろ?」
なぜ怒られるのか訳が分からないという顔をして、右手を顎に持っていき空を仰ぎ見ながら雫はつぶやいた。
まるで良いことをしたと思い込んでいる子が、親からそれは本当は良くないことなんだよと教えられて納得のいかない子供のように思えた。
――あ、この人はこういう人だった……。
呆れながらも、こんな風に考えられる雫が半分羨ましいとさえ思えた。
もっとも正しい考え方ではないのだろうが。
しらっとした表情で雫を見つめていると、
「お、忘れるとこじゃった」
視線を雪音に向けて、不意に何かを思い出したようだ。
「雪音に渡すものがあるんじゃった」
そう言って左の袖口に右手を入れて、雪音に渡す何かを探し始める。
何を渡すのだろうと不思議に見ていると、
「雪音、少し左手を出してはくれぬか?」
そう言われて素直に自分の左手を雫の方に差し出した。
出した自分の左手の手首に、袖口から取り出した何かが巻き付けられていく感覚が伝わった。
「うむ、これでよい」
何を巻き付けられたのか見てみると、一本の組紐が左手首に存在していた。
白と青の二色で全体が構成されており、中央には石が組み込まれているシンプルなデザインだった。
――何の石なんだろう?
――パワーストーンの一つかな?
――……高い宝石とかじゃないよな。
パワーストーンや宝石の類に疎い雪音は、何が使われているのか全く見当がつかなかった。
ましてや使われている紐の色にも意味があることなど、知り得ようもない。
ただ色彩の効果なのか、きれいなデザインで落ち着く印象があった。
「これは我と雪音を繋ぐもの、お守りみたいなものじゃ。外しても良いが、出来れば持っていてほしいの」
繋ぐもの、その言葉を聞いてどんな時も傍に居てくれるような気がした。
たとえ離れてたって心は一つに繋がっている、会いたくなったらこの紐が導いてくれる。
照れくさくも、少しこそばゆい気持ちになった。
「お守り、大切にします。雫さん今日はいろいろとありがとうございます」
「んー嫌じゃの」
何が気に入らなかったのか、雫は頬をぷくーっと膨らませ唇を尖らせた。
膨れたタコのようなしぐさが、拗ねているのだろうがかわいく見える。
ただ今日の出来事に対して素直にお礼を言ったつもりだったので、何が嫌なのか皆目見当がつかず、雪音はどう対処すれば良いかわからなかった。
「えっと、何が嫌なんですか?」
直接本人に確認したほうが早いと感じて、直球ストレートの質問を投げた。
「それじゃそれ!」
――いや、どれだよ……。
心の中で突っ込みを入れるほどに、すがすがしいヒットが返ってきた。
一体雫は何が不満なのか、本人に聞いてもわからずじまいの結果となった。
「何で敬語でしかも“さん”付けの呼び方なんじゃ!我はそんな堅苦しい話し方は嫌なんじゃ!」
「……はぁ?」
初対面でいきなり呼び捨て、タメ口で話す人の方が少ないだろう。
確かに堅苦しいかもしれないが、今更な気がして呆気に取られてしまった。
「最初は緊張もあるのじゃろうと目をつむっておったが、いつまでその話し方なんじゃ?」
いつまでと言われても、困るのが正直なところだ。
雪音と雫の今の関係は、世間一般的に「師弟関係」というのが正しいのだろう。
雪音の中の「師弟関係」は、少なくとも弟子の立場で師匠にタメ口、ましては呼び捨てなど御法度のようなものだ。
どの「師弟関係」を見てもそういうものだろう。
この関係が続く限りは、敬語を使うのが当たり前だ。
そもそも雪音は常日頃から敬語ばかりを使っているので、たとえ相手が自分と同じ立場や年齢であってもつい敬語で話してしまう。
もっとも、慌ててたり何か異常がある時はとっさにタメ口になってしまうのだが。
「えっと、普段から敬語を使うのが習慣になってて、それにいきなり呼び捨てにするのも立場的に変かなって?」
敬語を使うことに慣れているのは本当のことだし、このままの流れで呼び捨てにするのもやんわり断ることにした。
「ふむ、習慣づいて癖になっておるのならそのうち慣れるまでは我慢するかの」
諦めたのかしょんぼりと項垂れてしまった。
感情表現が豊かだから、明らかに落ち込んでるのが目に見てわかる。
別にタメ口で話せないことはないから、少しづつでも雫の気のすむ方へ改善していこうと思った。
「じゃがせめて我の名は普通に呼んではくれまいか?」
懇願する顔で言われて、戸惑いを隠せなかった。
タメ口で話すよりも、雪音にとっては難題な問題であることに変わりない。
「いや、でも……」
やはり立場や、申し訳なさが出てきてしまう。
「無理にとは言わん。雪音の事じゃ、弟子になった手前我の事を敬称なしで呼ぶことにためらいがあるのじゃろ?」
まさしくその通りだった。
上の者にとっては気にしないことでも、下の者にとっては重要なことだ。
「じゃが我は雪音の師匠である前に、かけがえのない
自分と雫が「師弟関係」に加えて「友人関係」になれる。
「師弟関係」が生まれて、一つの繋がりが出来たことでさえ嬉しかった。
だけど雫は友人で在りたいと言ってくれた。
もっと近い存在になることを、こんな自分に対して望んでくれた。
友人になりたい、そんな事今まで言われたことなどあっただろうか。
ほとんどの時間を誰とも関わらずに、自分一人で過ごしてきた。
その方が誰も傷つけずに済むからだ。
「ダメかの?」
寂しそうに笑う雫の姿を見て、雪音の答えはもう決まっていた。
「ダメなんかじゃないです。これからもよろしくおねがいします、雫」
「本当か!雪音が我のことを友人と認めてくれたぞ!」
――っ!
よっぽど嬉しかったのだろう、雫は勢いをつけて雪音に抱き着いた。
その拍子に後ろに倒れそうになったのを、かろうじて踏ん張って雫を支えることができた。
友人になりたいと思っていたのは、雫だけではない。
雪音も同じくその思いを持っていた。
――やっぱり子供だな。
いまだに喜んで興奮している雫を、雪音はそっと抱きしめ返した。
怪医雫の六花堂 掟 @Law_1030
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