第13話特等席からの眺め
「さっきは取り乱してすまぬ、さて神社の前まで見送るとするかの」
そう言ってゆっくりと雫が立ち上がった。
先ほどまで赤かった顔も今は元通りに戻っている。
落ち着きを取り戻し、いつもの笑顔の雫になっていた。
下から見上げる雫はなぜか凛々しくも感じられた。
――っ!
雪音も雫に続いて立ち上がろうとしたが、足がビリビリとしびれてしまってなかなか立てずにいた。
慣れない人が正座を長時間続けると足がしびれると耳にしたことはあったが、こんなにも足がしびれるとは思っていなかったため対処方がわからずにいた。
痛いような変な感覚が足にずっとまとわりついている。
なぜ雫はこんなに平然としていられるのだろうと思ったが、きっと日頃から正座をすることに慣れているのだろう。
少し羨ましく雫の姿を見つめてしまった。
「ん?どうした雪音?足でもしびれてしまったのか?立てるか?」
雪音の視線に気づいたのか、雫は手を差し伸べてくれた。
図星を突かれて悔しい気持ちもするが、素直に雫の行為に甘えることにした。
そしてなかなか立ち上がれずにいた雪音をゆっくりと立ち上がらせてくれた。
「足は大丈夫かの?」
「はい、何とか」
まだしびれている違和感はあったが、ゆっくりだが立ち上がることができたことで少し伸び痛みは緩和されたように感じられた。
――これが足がしびれる……か。
初めての感覚に新鮮に感じた半面、こんな気持ち悪い感覚になるならもう正座なんかしたくないなと心の中でつぶやいた。
外に出ると心地よい風が二人の頬をなでた。
太陽も少しずつだが傾きかけており、徐々に夜の始まりを迎えようとしている。
日中は徐々に温度が高くなっていき過ごしやすい季節だが、朝方と日が沈み始めるこの時間帯は少し肌寒くも感じられる。
だが嫌な感じではなく、どこかすっきりとした感じがして雪音にとっては気分がよかった。
「ちと肌寒くなってきたが、雪音は大丈夫か?」
「はい、むしろこのぐらいが丁度良くて風も気持ちいいです」
「確かにすっきりとした風じゃの」
そう言って雫は軽く伸びをした。
足のしびれを気遣ってか歩くペースを雪音に合わせてくれる。
最初はぎこちなく歩いていたが、ようやくしびれも収まってきて鳥居まで来た時には普段通りの歩行ができるようになっていた。
数十メートルのわずかな距離が、いい感じに歩行のリハビリをさせてくれたような気がした。
「この町に越してきたばかりと言っておったが、帰り道は大丈夫かの?」
鳥居の前まで着いたとき、雪音の帰り道を気にして雫が小首を傾げながら尋ねた。
「どこに何があるのかはまだよくわかりませんが、今の家族の住んでいる家までは覚えているので大丈夫です」
今の自分を引き取ってくれている家族のことを頭に思い浮かべながら、雫を安心させるように笑顔で答えた。
普段笑顔なんて意識したことなどなかったため、自分がちゃんと笑えているかどうかわからない。
もしかして変な顔になっているのではないか、ここに鏡があればすぐにでも今の顔を見るところだが。
自分の顔を確認することができないもどかしさを感じた。
「なら安心じゃな」
雫を安心させられたようで、ほっと胸をなでおろす。
いつもの雫の笑顔を見ると、なんだか自分の悩みが緩和されたりどうでも良いことのようにも思える。
この笑顔にはマイナスイオンでも放出されているのではないか、あるいは不思議なパワーでも宿っているのではないかという発想が頭をよぎる。
そんなこと当の本人は気にしたことはないのだろう。
今日一日で何度この笑顔に救われたのだろう、今までどれくらいの数の者たちがこの笑顔に助けられたのだろう。
この笑顔を、この者の傍にいたい。
そう強く思った瞬間だった。
「ん?どうした?」
「いえ、何でもありません」
自分が小恥ずかしいことを考えているような気がして、少し視線をそらした。
「そういえば、最初に会った時何でこの鳥居の上に居たんですか?」
視線をそらした先に、この神社の入り口である少し古びた鳥居が目に入り、恥ずかしさを紛らわせるために話題を変えた。
初めて雫の姿を見た時にも感じていた疑問だったから、今こうして聞けてちょうど良くも感じた。
鳥居の上に居ること自体、普通ではありえない以前に罰当たりな行為だが、きっとこの者はそんなことあまり気にしてないんだろうなと雫の性格を考えて雪音は鳥居を見上げながら思った。
「この上が我の特等席じゃからじゃ」
雪音と同じように鳥居を見上げながら、悪びれた様子もなく答えた。
――あ、本当に気にしてないや。
予想を裏切らないとはこのことを言うのだろう。
短い時間の接触でも、これほどまでに雫のことを理解していてなぜか誇らしさを感じた。
もしくは雫という存在自体が、単純に作られているのかもしれないなとのんきに考えるしまつだ。
「この上が気になるなら雪音も上ってみるかの?」
「……罰当たりって言葉知っていますか?」
純粋な子供の好奇心で満ちた笑顔の雫。
一方すっと顔から表情が消えて口元を引きつらせる雪音。
辞書でぜひとも言葉の意味を理解して欲しいものだ。
神聖な建造物に上るなどあってはならないことであろう。
常識のある者なら普通なら考えもしない行動の一つのはずなのだが。
――もしかして妖なら許されることなのか?
しまいには的外れなことを考える結果になった。
妖か人の違いであれ、神様に対して無礼極まりない行為に思える。
だが雫のすがすがしいぐらいに悪いことをしている実感がない態度を見ると、自分が間違っているような錯覚に陥ってしまう。
そんなことは決してないはずなのだが。
「それにこんなのどうやって上るんですか?」
半分呆れつつも疑問を口にする。
それほどまでに大きい神社ではないにしろ、この鳥居の高さは数メートルはあるだろう。
仮に上に上るとしても、はしごか何か上るための道具が必要な高さだ。
人が何も使わずに上るには一苦労な高さだと推測できる。
「まあそう言わずに、試しに上ってみるかの」
「うわっ!」
言うが早いか雫はケガをしていない雪音の左腕をつかみ自分の方へ引き寄せ、軽々しく抱き上げた。
一瞬にして抱え上げられ、お姫様抱っこの形に困惑しているのもつかの間、またしても軽々しくその場を飛んだ。
そしてそのまま雪音を抱えた雫は鳥居の上にストンと着地した。
本の数秒の出来事に頭が追いつけていない雪音。
そんな放心状態の雪音を鳥居の上で雫はゆっくり降ろしてあげた。
「何で上に上ったんですか!」
鳥居の上に降り立って、やっと我に返ることができた。
そして今自分が神聖な物の上に足を付けていることに、罪悪感の波が一気に押し寄せてきた。
――ああ、神様ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……。
ひたすら心の中で謝り続けた。
謝るだけで意味があるのかどうかわからなかったが、とりあえず謝罪を続けた。
むしろ謝る以外にこの行為を許してもらう方法が何も思いつかなかった。
「まあそう怒らずに、ここからの眺めは最高じゃろ?」
そう言うと雫は町の方に目を向けた。
その視線の先を追うようにして、雪音も町の方に目を向けた。
そこからの眺めは町全体を一望することができた。
新しい家族と過ごす家、今通い始めている転校先の高校、この辺の子供たちが行くであろう小中学校、人がにぎわってそうな商店街、田んぼや畑、今日食べた大福が売ってあるかもしれない和菓子屋。
町の様子がよく見渡すことができ、これから過ごしていく場所の素晴らしさを実感した。
少し山を登った所にこの神社は建っており、その入り口の鳥居に上ることで見ることができる景色なのだろう。
町の美しさを目の当たりにして、言葉をなくしてしまった。
「どうじゃここからの眺めは?特等席じゃろ?」
フフンと自慢げに鼻を高くして、自慢げに言う雫。
確かにその通りかもしれない。
この美しい眺めは、いつまでも見ていたいと思ってしまう。
――この景色を見るためなら、また上ってもいいかもしれない。
先ほどまで罪悪感で押しつぶされそうだったのはどこへやら、そんな罰当たりな考えをひそかに心の内で留め夕日で赤くなった町を見渡し続けたのだった。
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