閑話:愛に飢えた獣

ぽつりと、恥ずかし気に呟かれたそれに、ずいぶんとはしゃいでしまっている自分がいた。



愛称で呼んでもらえて、――嬉しい。

恥ずかしがるその様が、――可愛い。


そうしてなんて、――愛おしい。



喜びのままに彼女を腕に閉じ込める。


無抵抗でされるがままの彼女を腕の中に抱き込んで、その形、匂い、感触をただひたすらに堪能した。



(……キミは、これをただの戯れだと思っているんだろうなぁ)



目の前にある細い首筋に狙いを定めて鼻の頭を摺り寄せれば、「ひゃわ!」と短い悲鳴を上げながら彼女は小さなその身を大袈裟なほど跳ねさせる。


そう、この行動は求愛だ。

彼女はそうと受け取ってはくれていないだろうけれど。


甘やかしてほしい。

どろどろになるくらい。


愛して欲しい。

互いを唯一と思えるくらいに。


そんな風に願いながら何度か身を擦り付けていると、くすぐったさからか彼女が体を逃がそうとしたのに気づいた。


僕から離れることは一瞬たりとも許さない、と伝えるように腕に少しだけ力を加えてより密着するように引き寄せる。



(本物の獣のようにマーキングして、自分だけのものだと声高々に主張できればいいのに)



胸の内に底知れぬ泥沼のようによどんだ何かが沸き上がって徐々に嵩を増していくようだった。


キミを思うと胸が弾む。

キミを想うと苦しくなる。


過去の恋愛では感じられなかった何かがそこにはあった。



(……あぁ、なんてことだ)



これは、欲だ。


キミを愛したい。

キミに愛されたい。


キミの瞳に映すのは僕だけにして欲しい。


そんな、余りにも稚拙で独善的な独占欲だった。



「……くー、ちゃん?」



つい今しがたまで腕から逃れようと藻掻いていた彼女が不意に力を抜いて振り返る。


そうして器用に身を捻ってこちらを見上げるとそっと腕を伸ばして、僕の頬に手を添えた。



「なんか、疲れてる……?だ、大丈夫……??」



心配そうに尋ねられて、少しだけ焦ってしまう。


そういえば自分の姿はこのぬいぐるみに薄っすら重なるように見えていると言っていなかったか…?と考えて、慌てて表情を取り繕った。



「あぁ、ちょっと考え事をしててぼんやりしてたみたいだ。大したことではないから、心配しなくても大丈夫だよ」


「考え事……?」


「そう。どうやったらもっとキミを可愛がる事ができるかな?ってね」


「……いやいやいやいやもう充分ですけど!!?」



敢えて、彼女が苦手としているらしい低めの声で囁けば、一気に顔を真っ赤にさせて密着していたその体を放そうとするのは容易に想定で来ていたので、よりこの体に密着するように、彼女の後頭部と腰に手を添えて抱き込んでしまう。


細身だけれど、女性らしい柔らかでしなやかな身体。

腕に抱くたびにほんのりと香る花の匂い。


そっと撫でるたびに、ふるり、と震えるその反応もいちいち可愛くて愛おしい。



(このままずっと、一緒にいられたらいいのに)



不意に湧いた願い事に思わず苦笑しそうになる。

……どうやら彼女のそばにいると随分欲張りになってしまうようだ。


けれどもそんな自分が存外嫌いになれなくて、それも中々にいい発見であった。



じわじわと。

けれどもそれは確実に。


近づいている終焉の足音を聞きながら胸の内で希う。



(どうか、彼女が、この先誰よりも幸せになってくれますように)



ささやかな願いは、音になる事すら叶わずに、強欲な獣の中にそっと溶けて消えた。











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どうやら、『くーちゃん』に何かが取り憑きまして…… ~世にも不思議な共同生活~ 梔子かたる @tazo_xx

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