16:正しい運命の掴み方
さらさら、とルーズリーフにシャーペンを走らせながら、思う。
自分は何をあんなにも苦しんでいたんだろうか、と。
……いや、今さらという感じは本当に否めないけれど。
そうまでして追い込んだところで、得るものがないのは分かっていたはずなのに、いつしかそれで構わないと思うようになってしまって、それから先は泥沼に足を取られたかのように身動きも取れず、ただじたばたとみっともなく『働く』という事に執着して。
…でも、本当はそれすらフェイクで。
独りで死ねない卑怯者。
自分で自分を殺せない臆病者。
働いて、働いて、働き潰せば、いつか壊れてくれると信じていたけれど。
(…生活習慣は確かに人より悪い自覚はあるけど…、それでもご飯食べて、ある程度寝てれば…まぁ、最低限の健康は保てちゃうからなぁ。大体、あんなホワイトな職場に勤めておいて過労死なんてできるはずがなかったんだよね…)
そもそも今は企業側はイメージダウンをさせないためにもそんな過酷な職場状態を良しとしないのだから、最初から無謀な作戦であったのだ。
寝食も取れないような劣悪な環境で、体調がどんなに悪くても休むことさえ許されないなんていう職場であったなら、こんなにも長い期間のWワークなどそもそも無理な話だと思うのだが、そんなことも考え及ばなかったという自分の余裕のなさだけが浮き彫りになって、何というかもう物凄く居たたまれない。
「頭が冷えると…何してるんだろうなってなりますね…」
「うーん、そうだね…。僕も正直…ここまで体を休めてないんだと目に見えて把握できちゃうと、一回病院での検査を勧めたくなるかな…」
専務に言われるがまま、今現在の一日のタイムシフトと、理想のタイムシフトを作って見比べた結果、あまりにも睡眠時間が足りてなくて笑いしか出なかった。
休みの日にまとめて睡眠をとるとはいえ、2か所の職場で働くときにはそれぞれの職場に行く前の15分から1時間、その日の仕事の都合などに合わせて仮眠を取れば良い方で、たまに眠くないといってその睡眠時間すら捨てて、そのまま職場へ行く日もあったというのだから、自分のことながら本当に無茶苦茶過ぎる。
「ひとまずは、パターンBのタイムシフトに移行できるように、今度カラオケの店長さんにシフトの相談をしてもらいたい。カラオケの方も店員さんとかの都合がそれぞれあるだろうから、中々調整難しいだろうけど…それでも正直このタイムスケジュール比較させるだけで、まともな判断ができる人なら即OKしてくれるとは思うけどね」
「柳田店長なら、調整はしてくれると思います。さすがに、相談してすぐに実現するかはわかりませんが、人員の確保さえできれば大丈夫じゃないかと…」
現在のタイムシフトを上からじっと眺めていく。
7時30分に起床しそのまま朝風呂へ、風呂から上がると8時10分頃までに化粧などをして身なりを整え出勤準備。
8時20分には家を出て、車で15分ほどかけて職場へ向かい、8時40分からオフィス内清掃を行ないその後休憩時間も含めて9時から18時までの時間を職場に拘束されることになる。
大体帰りに買い物をして帰るので家に帰りつくのは19時頃。
40分ほどで食事を終えると20時15分頃まで『くーちゃん』との戯れタイムを満喫し、そこから15分から1時間弱の仮眠をとる。
仮眠から覚めたら、夜勤の仕事前にシャワーを浴びて出れば21時40分前後。
そのあと22時15頃までに支度を整え、家を22時25分頃に出てそこから大体車で20分から30分でカラオケ店に到着するので、到着した後は引き継ぎなどをして23時から翌6時まで(片付けなども含めると6時半になることもざらにあるが)、職場にてしっかり働き、30分ほどかけて家に帰り、そうして又次の日も日勤であれば、同じことの繰り返しで……。
「これほんと、私、寝てなさすぎますね???」
何を今さら、と思われても仕方ないことをようやく自覚し、思わずポツリとつぶやくと、唐突に腕を引っ張られてモフモフの中に閉じ込められてしまった。
「本当にね…。Wワークとは知っていたけど、…こんなにも自分の健康面を無視したタイムシフトだとは思ってなかったから、この姿になってから改めてキミの働き方を見て震えあがった…。どうにか休ませないとって思って、本当に必死だったんだよ、僕も」
キミの勤める職場の人たちがいい人たちで本当に良かった、と安堵のため息を抱き込まれたまま耳元で落とされると、意味もなくぞわっとするので本当に勘弁してほしい……。
もう抱き込まれていることに抵抗するのは無駄と分かっているのでされるがままになりつつ、そのままタイプBのタイムシフトを眺めると、夜の職場の拘束時間を4時間に調整し、一週間の勤務日数も5日から6日としているところを3日から4日へ削るという形を取り睡眠時間を今より格段にとれるようなタイムシフトになっている。
「……ここまで削るの、通りますかね?」
「キミの夜勤のカラオケ店の店長さんは悪い人ではないようだったから、多分徐々に調整してくれるんじゃないかな?もし夜勤の調整が難しいようなら、日勤の方の時間数を減らす形でも考えてみよう。大丈夫、方法なんていくつでもある。一人では思いつかなくても、今は二人分の知恵が絞れるし、よりいい案が出るようにたくさん話そうね」
そんな風に言いながらぎゅっと抱きつき擦り寄ってくる専務の甘え方がくすぐったい。
甘え方が子供みたいで可愛いなと思ってしまったのはここだけの話だが、なんだかこうなると、もうこれ以上勝手な意地を張っているのがちょっと馬鹿らしくなってきた。
専務が、そこまで自分に気を許してくれるなら……こっちだってもう、変な気を遣うのをやめようと思う。
「うん、…もっといっぱい話そう、ね。……くーちゃん」
言ってるうちに恥ずかしくなって尻すぼみになったけれど、きちんと正しく音は届いたようで、そのあと大層お喜びになった上司なぬいぐるみから、撫で倒され、構い倒さ、ひたすら猫可愛がりされるという事態に陥ってしまったが、まぁ、可愛いから、許す!!と考えてしまうあたり、自分も大概短絡的な人間だなと苦笑しながらも大好きなモフモフ感を存分に堪能するのだった。
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