第2話恋を知り、愛を育む。その先は一体・・・・

 普段から重い瞼はそこにコウモリでも住み着いているのかと思うくらいに重く、眼球の潤いは吸血ならぬ乾燥という美容の、女の子の大敵に吸水されカピカピに。

 唇はもちろん、肌の潤いも少なからず失った。

 それはさながらエジプトに埋まるミイラ、ゾウの皮膚、ワサビをする鮫皮おろしのようだ。

 一体どうした。何があったんだと疑問に思うだろう。思ってほしい。

 もちろん休みという休みの間には2本の黒い耳を持った小型犬の様な機動力で、今は亡き最強の生物、恐竜の様な破壊力を持つ、美少女で巨乳でそして・・・・アイドル。

 その名は源末摘花の猛攻は留まることを知らず、俺の体は常に満身創痍。

 主に精神面に痛みが走り、胃には穴が開いているのかと思うほどにズキズキチクチクする。

 普段なら睡眠という自然治癒法があるが、今日に限っては流石にできなかった。

 1限目の感じからして、そんなことしていい雰囲気ではないことぐらい分かる。

 つまりそういう事で、攻撃に回復が間に合わない、半永久的にデバフがかかった状態でいたという事。

 そもそも学校という狭い社会ながら厳しい上下関係、探り合いの会話、人間関係の難しさという負のオプションが付きに付きまくっている環境での生活。

 18年という人生間で見れば少ない時間ではそれらを上手くかわす経験やスキルは持ち合わせておらず、こうなるのも頷けるだろう。

 だが、だがしかし!学校というのは、青春というのは苦汁を舐めるだけではない。

 花の蜜の様な、それはそれは甘い汁を舐めることだってある。

 まぁその甘い花の蜜にも多少の毒はあるわけで。

 俺はその少しの毒に多少なりとも侵されている。

 




 「ラ、ラブレター・・・・?」

 ついつい声に出してしまう。

 それくらい衝撃的であり得ない状況である。

 和訳すれば恋文と呼ばれるその文は俺にとって都市伝説で、フリーメイソンやら火星移住、宇宙人なんかと同列だった。

 だが俺の手中にはその伝説があるわけで。

 無意識に周りを警戒し、きょろきょろとする。

 事の始まりはおそらく2限目の休み時間。

 例により俺は無聊の限りを尽くしたミス暇人の相手をしていたが、耐えきれなくなり逃げるようにトイレに駆け込む。

 もちろん、さすがの傍若無人日本代表の末摘花でも男子トイレまでは追ってこられず、俺は残りの時間をかの有名な彫刻『考える人』のポーズで大便器を1つ占拠していた。

 時は経ち、塵1つ残っていない、それは綺麗な便器の中にとりあえず水を流し個室から出る。

 水がもったいないのは承知しているが、もし水を流さないで個室から出た日には俺のあだ名が間違いなく『照れ屋なうんち』とかになってしまう。

 地球には申し訳ないとは思っているが、俺の住む星が恥球になってしまう訳にはいかないんだ。

 とまぁそんなくだらないジョークは置いておき、満を持してトイレから出た俺は自分の席に向かう。

 そこに末摘花の姿は無く、安心安全、不可侵領域の自分の席にササっと座った。

 そしてルーティーンの如く、授業の用意をするため机に付随している長細い棚に腕を突っ込む。

 その時だった。

 ごそごそと机の中を物色する俺の手に、ノートでも教科書でもない、1枚の紙の様な、勢いよく触れば皮膚が切れてしまいそうな鋭利でパリッとした感触が伝わる。

 その紙は俺に強烈な既視感を与えた。

 なぜかって?そりゃあ、いつものあのルーズリーフだったからだ。

 だが、そのルーズリーフにはいつもと少し違うところがあった。

 なんと2つ折りになっていたのだ。

 普段は机の上に文字を下にして置いてあったのだが。

 俺は少しの期待と、少しの不安を抱きながらルーズリーフを開ける。

 『放課後、ずっとそこに居てください。』

 なんと斬新なんだ。

 こういうのって普通、屋上とか校舎裏とかがべたで、尚且つロマンチックというやつなのではないのだろうか。

 もちろんあて名は無く、それ以上のことは書いていなかった。

 俺はさらにさらに微小の期待と、破裂しそうなほど空気を入れた風船のように大きい不安を抱いてしまう。

 そして今に至る!!

 こんな状態で残りの授業を受けたんだ。

 そりゃあ干からびるってもんだ・・・・。





 

 さらに時は経ち、空はオレンジ色に染められ教室は静寂に包まれていた。

 オレンジ色の温かさは今の俺には無縁で、時がたつごとに大きな不安が襲い掛かる。

 それは見えないようで見える。抽象的で、非現実的だとは分かっているが、言葉にするならそんな感じ。

 どこまでも俺の逃げ場を潰し、行く手を阻む。

 嘘告されるんじゃないか、もしかしたら誰も来ないんじゃないかという恐怖に心を握りつぶされている。

 言うなれば、色は綺麗で少し力を入れて握ればちょうどいい柔らかさなのに、皮をむき1房口に入れた瞬間水分の無い、独特の苦みと酸味のあるオレンジを食べた様なそんな感覚だろうか。

 「ねぇー早く帰ろーよ。」

 ・・・・なんでまだいるんだろう。

 俺が不安と葛藤中に進撃の末摘花は自身のスマホを使い無聊という名の巨人を駆逐していた。

 「何度も先に帰っていいと言ってるだろ。それに別にいつも一緒に帰ってないじゃないか。急に何なんだよ。」

 俺の心にこいつにかまってやる余裕は無く、いつもより少し強く、より突き放すように言ってしまう。

 「はぁぁ?!何様だよおめぇ!アイドルがぁ!てめぇみてぇな!鈍感、陰険、ひねくれ、ドジ、マヌケ、腰抜け、甲斐性なし、そしてかまってちゃんなお前の事を出待ちしてやってんだぞ!もう1度聞くが、お前は一体何を待っている?」

 スマホをフリックする音が響いていた教室に末摘花の怒号と俺への辛辣な悪口が響き渡る。

 俺の心はその反響のせいか粉々に、砕けたガラスのようになっていた。

 誰かちりとりと新聞紙持ってきてー!

 「そ、それは言えない。これは俺だけの話じゃないから。」

 「ふぅーん。じゃあ誰か、人を待ってるんだぁー。へぇー。それって告白じゃない?なら尚更ここを離れるわけにはいかないわ。ここで歴史が変わるんでしょ?ならあんたの伝説を誰が後世に語るのよ?そんなの私しかいないでしょ!」

 腕を組み、椅子の背もたれにこれでもかと背中をつけふんぞり返る。

 椅子がシーソーのようにギコギコ動き、その顔はギガウザすだった。

 堕天使どころか、今の末摘花に天使の片鱗は無く、もはや大悪魔そのものにしか見えない。

 触らぬ神に祟りなしとは言うが、末摘花に関して言えばそれは当てはまらないわけで・・・・。



 



 「お、お待たせしました。」

 その声は学校の廃れた引き戸を引く音にかき消されそうになるほどにか細く、俺の耳にギリギリ届くほどの声量だった。

 遅くなったことへの申し訳なさからか、居てくれてありがとうの意味なのか目が合ったその瞬間に彼女は頭を下げる。

 だが、そんなこと気にならないほどの衝撃が俺の目を、俺の中の常識を打ち砕く。

 なぜにリクルートスーツ?

 俺の眼前にはリクルートスーツの美少女が急いで来たのか肩で息をしていた。

 たしかにリクルートスーツは素晴らしい。

 白と黒という完璧な色の組み合わせ。雪のように白く、しなやかな足の魅力を最大限引き出すひざ丈のタイトなスカートと少し高いヒール。

 そしてリクルートスーツの良さでもあり、悪さでもあるその無難すぎるという点においても彼女はクリアしていた。

 彼女の魅力は無駄に着飾ったゴテゴテの服よりもシンプルな物の方が映える。

 なぜなら彼女は美しいから。

 その黒く長い艶やかな髪は万物を映すかの如く透き通り、前髪はリクルートスーツに合わせたのか今日は七三で分けられている。

 そのおかげでいつもよりくっきりと顔が見える訳で、その切れ長で全てを見通す様な鋭く、かっこいいというのが端的な表現方法の目。

 クールな風貌にギャップ萌えと言わざるをえない小さくかわいらしい口。

 少し赤みがかった頬が目立つ陶器の様な白い肌。

 仮に末摘花を陽の美人と呼ぶのなら、彼女は陰の美人。

 知る人ぞ知る秘境という感じだろうか。

 見惚れ、驚き、その僥倖に喜びを隠せずポカンとした表情の顔に生気を入れ直し、「柏木さん?」とバカみたいに、それでも最低限のコミュニケーションを取ろうととりあえず名前を呼ぶ自分がいた。

 何が生気を入れ直しだ。そんな返事、性器をいじりながらでもできるだろ。

 そんな1人反省会をしている最中、こんなカオスな状況でありながら落ち着きを見せる女が1人いた・・・・というか会話をしている俺たち以外にはあいつしかいないのだが。

 スマホを触る手は止まることが無く、むしろどこか勢いが増したような、誰かにこの面白おかしい状況をタレコミしているのだろうか。

 それにしてはつまんなそうで・・・・。

 




 その後俺が「柏木さん?」と言ったきり会話が続かず、しばし沈黙が流れる。

 ここからどう組み立てればいいのか。

 というか次は柏木さんの番ではとも思うし、そもそもここで待っていろと言ったのは柏木さんじゃないかとも思うし・・・・。

 まぁそれもこれも俺に女の子と会話することへの耐性がない事が原因で、俺に男気があればいいだけの話だし。

 それにもし仮に、地球に隕石が落ちるくらい、空から超絶美少女が降ってきてイチャコラするくらいの確立だが、柏木さんが俺のことが好きで告白とかだったら・・・・この状況も否めない。

 うかつに手を出すことも、引くことも出来ないこの状況。

 つらい沈黙。何か大きな出来事があればいいんだけど・・・・。

 「うっざぁーーい!」

 思いが通じたのか、それともただ単に怒りの火山が噴火したのか。

 前者であってほしいがまさにナイスタイミング。

 均衡したこの場を打ち破るアメイジングなスルーパス。

 後はキーパーとの1対1なんだがそう簡単にはいかないわけで。

 末摘花は俺の範疇で収まる女ではなく、俺の予想の遥か先を行く。

 その怒りの矛先は俺へ向かず明らかに気弱な、おどおどする柏木さんへと向かってしまった。

 「あんたさぁ一体何しに来たの?この忙しい私のオフを奪っておいて。さっさと用件を済ませなさいよ!」

 ギコギコ動かしていた椅子を止め、足を組みなおし、スマホに奪われていた目を柏木さんへと向ける。

 正直この状況は俺にとってなかなかに新鮮で、それでいて未だに現実かどうか疑うレベルだった。

 末摘花は基本的に人当たりが良く、誰にでも優しく、笑顔を求められれば笑顔を。

 共感を求められれば頷き、末摘花が何かの禍のもとになるなんて考えられない。

 嫌な言い方をすれば八方美人。いや彼女のそれは病的なほどで、八方超美人とでも言うべきだろうか。

 職業柄仕方ないのかもしれない。

 何たってアイドルとは偶像で、何よりも上っ面が大切で噂1つで見られ方が変わり、崇拝の対象から外れてしまうかもしれない厳しい世界。

 だからこそ末摘花は世間体を人の何10倍も気にして生きてきたはずだ。

 まぁそれにより、ストレスのはけ口としての犠牲者がここにいるんだが。

 だからこそ今のこの末摘花の行動、言動に俺としては現実味がなく、それ以上に毎日いい子の仮面を被った末摘花しか見ていない柏木さんにはさらにわけわからない状況だと・・・・思ったんだが。

 柏木さんはその鋭い目で、鋭い視線を逸らすことなく「須磨君にお話があってきました。」と、か細い声ながらも力強い何かを含ませ伝える。

 「ふんっ!」と末摘花はナイフの様な視線から目を逸らし、再びスマホとにらめっこを始めた。

 「な、何度も待たしてごめんなさい。私、須磨君に言いたいことがあって・・・・。」

 さっきまでの視線が嘘かのように俯き、鋭い目の目尻が心なしか少し下がって見える。

 「別に構わないよ。それで話っていうのは?」

 これも末摘花のおかげなのかそれとも末摘花のせいなのか、俺の緊張も気分が悪くなる感じではなく、ちょうどいいくらいのものになり言葉がすらすらと出る。

 『今ならいける!』2人の中でシナプスがリンクする気がした。

 俺は目をカッと見開き、柏木さんは口を開く。

 「私、須磨君の事が良いなと思っていて・・・・」

 「う、うん。」ま、まさかね・・・・。

 「だからその・・・・」

 「私と・・・・・・・・友達になってください!」「ごめんなさい!・・・・えっ?」

 柏木さんの目に光がなくなる。

 手足の力が抜けその場に棒立ちになる。

 それはさながら田畑にポツンと佇むかかしのようで。

 そんな柏木さんに走って麦わら帽子と軍手を被せに行ったのは意外にもあの大御所だった。

 「ちょっとぉ!何!?まだ覚悟が決まってないの?!何が友達になってくださいよ!・・・・って、え?ごめんなさい?ん?え?」

 走りこんだはいいものの末摘花自身も理解が追い付いていないようだった。

 末摘花に揺らされ、どやされた柏木さんは正気を取り戻し、田畑を守る物から未来ある若者へ昇華しまたしても1歩を踏み出す。

 「ど、どうして友達になってくれないの。」

 「友達にはなるます・・・・なります。いや是非ともならしてください!」

 正直頭の中は格子状に絡まって、色々何が何だかという感じだった。

 でも、それでも柏木さんの勇気を無駄には出来ない。

 そんな気持ちが先回りしほぼ直感で答えてしまった。

 それが功を奏したのか、柏木さんはまたしても体の力が抜け、その場に膝から倒れこむ。

 「えっ。わっ。あぶな。」

 おろおろする末摘花がその屍を間一髪で支えた。

 「あ、ありがとうございます。」

 「ふんっ。感謝しなさい。」

 柏木さんは末摘花の腕に身を委ねる。

 場の空気はあのカオスな状態から落ち着きを見せ、まさに嵐の後の静寂といった感じだった。

 この静けさにさっきまでの緊張感は無く、どこかアットホームな感じがする。

 「それじゃあ帰ろうか。3人で。」

 「うん。」「はい。」





 空は漆黒に包まれ、街灯のうざったいほどの光と月のわずかな明かりが辺りを照らす。

 それはどこか末摘花と柏木さんを連想させる。

 とりあえずとてつもなく明るくて、夜の闇を打ち消すだけの力はあるが、何かを犠牲にしていて、わざとらしい。

 寄ってくる羽虫は快く受け入れるが、去る者には手どころか指1つ出さない。

 反対に月の光は街灯の大きな光に負け、それなのに競争心がなく、待つばかりの受け身の体勢。

 でもその温かい光に気づいてしまえば心は魅了され、自然の良さに気づく。

 どちらにも良さがあり悪さがあるが、それがとてつもなく極端で・・・・。

 はぁ。なんとかならないもんかね。

 「なにため息なんかついてんのよ!」

 生意気なんだよと言わんばかりに俺の後頭部が叩き落とされる。

 これは日常だ。日常なんだが・・・・。

 後頭部に母のぬくもりの様な、温かい手が差し伸べられる。

 「だ、大丈夫?」

 その澄んだ、何者にも汚されていない瞳に俺は気づかされた。

 これが日常?当たり前?こんなの変じゃないか!

 俺は気づかぬうちに洗脳されていたようだ。

 「ちょ!あんた!なによしよし・・・・」

 「須磨君。その1つ聞きたいことが。」

 「あっ、えっなに?」

 柏木さんは俺の頭をさする手を止め俺に問う。

 「どうして最初、断ったんですか?」

 そのナイフの様な鋭い目に血ではなくウルウルと涙が浮かぶ。

 やはり少しそこがネックになっているのだろう。

 ここは恥を捨てて本当のことを言うべきだ。

 「実は、そのー、俺のこと好きなのかと思って。告白されるのかと。でも今の俺には柏木さんを幸せにしてあげる義侠心も富も何も持ってなかったから。」

 顔が熱くなる。今ならゆでだこの気持ちが分かる。

 笑ってくれ。見事な勘違いをした醜いこの俺を。

 その方が数倍楽だ。

 だが俺の望みは叶うはずなく、しかし柏木さんの返答は想定外のもので。

 「私、須磨君の事好きですよ。」

 「「は?」」

 初めて俺と末摘花がシンクロする。

 「あんた・・・・友達になるんじゃ・・・・。」

 「はい。だからこそ告白もしました。友達になってくださいと。」

 



 これは恋が出来ない女の子と、恋を知らない女の子とのラブコメディである。

 一見矛盾しているように聞こえるかもしれない。

 成就する確率は宝くじの1等が3回連続で当たる確率くらい険しく、色んな道へ紆余曲折すること間違いなしのそれはそれはあほらしい道のりだが。

 一体どんな結末になるのやら。

 それは神のみぞ知る。

 






 

 

 


 

 


 

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絶対に好きになってはいけない両手の花 枯れ尾花 @hitomu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ