絶対に好きになってはいけない両手の花

枯れ尾花

第1話自分の人生を制覇したいのなら仮面を被れ

 「どぉぉぉん!」

 そんな口から出る効果音と共に俺の右腕は部位破壊される。

 現在、朝の8時半。場所は毎日通う高校。

 外は鳥のさえずり、自転車のキックスタンドを蹴り上げる音、車の走る音。

 とにかく平和で何事もない平凡な1日になりそうな予感。

 なのに。なのに・・・・。

 「ごっめぇーーん。あたっちった。」

 セーターの袖の中に手を入れ、その手を袖ごと握る、いわゆる『萌え袖』した両手をあごの下に持ってきながら、さらに甘い甘いまるで外国のお菓子の様な甘ったるい声のぶりっこ全開で言う。

 そんな彗星の如く、そして隕石の様にインパクトのある登場の仕方しか出来ない彼女は我がクラスメイトの源末摘花みなもとみつか

 艶やかでしなやかな黒髪を、まるで垂れた兎の耳の様に結ぶツインテールというある一定層の男の心を鷲掴みにする髪型に、チワワの様なきゅるーん、きゃるーんという感じの大きな瞳。

 赤いマットな唇はまさに魅惑の代物。

 華奢な体にそぐわないボインな両胸。

 陶器の様な白い肌に長い足、長い指。

 まぁ一言で表すなら超絶美人。

 それもそのはず。だって彼女は・・・・。

 「なにまぐれ、たまたまみたいな雰囲気で話してんだ。お前、昨日も一昨日も1年前も2年前もそんな感じだっただろ!」

 「なぁーに、その口調?嬉しいならまどろっこしい事なしで素直に喜べばいいのに。そもそも私のファンは私と話すのに30秒1200円よ。ほんっとあんた贅沢な奴なんだから。」

 そう言って末摘花は俺の肩をバンバン叩き自身の席へと戻った。

 その間、末摘花は人気者な訳で男女問わず話しかけられる。

 「おはよー。」だの「みーたんきょうもかわいいー。」だの。

 末摘花はそれを持ち前の高原に咲く1輪の花の様なスマイルでさらに魅了の魔法をかける。

 大げさに言えば末摘花の通る道は何とか映画祭のレッドカーペットを彷彿させる。

 そんな末摘花を最後までなんとなく見るのがいつもの流れ。

 別段、特別な感情を抱いているとかそんなわけではない。

 ただ近くにいる可愛い女の子を見ているだけ。

 街を歩く美人を2度見してしまう感覚となんら代わりはない。

 だって末摘花に恋することは出来ないから。

 彼女は、源末摘花はアイドルだから・・・・。





 授業中はまさに憩いの場である。

 何言ってんだと罵詈雑言の嵐に見舞われるかもしれない。

 だがもし俺と同じような境遇に身を投じている者がいるのなら、その人物は首がとれる勢いで縦に振っているだろう。

 前提として俺の席は窓側の1番端で、前から3番目という実は目立たない場所であるという事。

 強いて悪い所を挙げるとすれば、時折喚起のために窓を開けるとかなり寒いというところだろう。

 つまり何が言いたいかというと、都会の喧騒から離れ田舎の静けさの良さに触れるという事だ。

 今朝の様に朝礼の始まる前の少しの時間や、10分もある休み時間、昼ご飯を食べる昼休みまで、至る所にある自由時間は俺の周りにぶりっ子ツインテ恐竜の咆哮が充満する。

 それは俺にとってもジュラ紀に生きていた当時の人々にとっても地獄だった。

 もちろん、アイドルで美少女で巨乳な女の子が俺の様な平々凡々な一般人に話しかけてくれるのはすごくありがたい。

 だがそれは時として危険な毒物へと変化するわけで。

 第3者の視点から考えてみよう。

 アイドルで美人で巨乳な女の子が訳の分からない男にベタベタとそれも溶けた飴くらいベタベタしていたらどう思うか。

 「何だあいつは」とか「調子乗るな」とか、危険な思想を持つ特段やばい奴は「殺してやる」とか思うだろう。

 俺はそんなことを思われて悦に浸るやばい奴ではない。

 つまり俺は周りからボロカスに思われ、命の危険すらあるかなりまずい状況に身を置いているという事になる。

 ・・・・よし。寝るか。

 





 1限目が終わる。

 夢とは儚いもので何かにつけて覚める。

 音やら感触やら環境やら・・・・。

 でもまぁなんだ、とりあえず永眠してなくて良かった。

 


 起きてすぐにいつも気づくことが1つあった。

 俺は基本・・・・たまに授業中はおねんねしている。

 だからこそ先生の話はおろか授業ノートなんて書けるはずもないのだが、机の上にはいつも1枚のルーズリーフがあった。

 そこには授業中に書かなければならない事が事細かに、さらには先生の言ったであろう重要語句らしきものが、それもかなり綺麗な字で書かれてあった。

 だが、その字からは勘違いかもしれないが何かに気づいて欲しそうな、そんな訴えを感じる。

 そのすぐに消えそうな儚く薄い筆跡からなのか、黒く滲む消し跡からなのか。

 誰かからの甘いバトンに甘え、俺は感謝感激でそのルーズリーフを左に、自分のノートを右に配置し書き写・・・・「どっかぁーーん。」

 せなかったです。

 「なぁーに休み時間だってのにべんきょおー!?あーりえないんですけどぉー。」

 「さっきまで寝てたからね。」

 俺は握ったペンを走らせつつ、端的に最適な答えだけを返す。

 「そんなの寝てるあ・・・・ってなんだ、またそれか。」

 末摘花の声が1トーン下がった。

 これは俺の返事が適当だったからとか、授業中に寝ていたからとかで怒っているわけではない。

 なんでそんなことが分かるのかって?

 3年目だからだよ!

 いつもならここで末摘花が何故か機嫌を悪くして「なんかつまんなぁーい。」とか「じゃあ用事あるから。ごめんねぇー永遠の月下氷人。」だとか言ってその場を去るんだが、今日はそうもいかなかった。

 「その紙ってさぁ、誰が書いてるのか知ってる?」

 いつものアイドル感満載のアイドルボイスの面影は無く、暗く冷たいつららの様な声が俺の耳を貫く。

 「い、いや。いつの間にか置いてあるから。もちろんお礼したい気持ちもあるし、感謝もしている。そもそも俺が寝なければいい話なんだし。」

 女の子には様々な顔、声、匂いがありそれら全てが魅力の1つ1つでもある。

 アイドルなんてものは1つの仮面に過ぎず、その甘い声も、甘い香りも、同様で。

 「いいえ。あなたに怒ってるんじゃないの。私はこの紙の作者にイライラするだけ。まどろっこしい。むずがゆい。いい加減気づけよ。こいつは、須磨葵すまあおいは鈍感で、根暗で、陰険で、ひねくれてて、でもかまってちゃんな面倒な奴だ。だからいくら遠回りな事してもこいつは一生気づかない。この2年間何をしていた。いい加減その重い枷の付いた右足を次のステップに繋げるために振り上げろよ。そしてその右足に付いた重い枷が弾け飛ぶくらいに地面に叩きつけてみろよ!」

 その罵声や怒声、嘲りは騒がしいクラスを一気に沈めさせた。

 秒針の音、椅子を引く音、誰かの生唾を飲む音が響き渡る。

 クラスの視線を釘付けにし、まるで自分たちが見世物のようだった。

 見られるのが仕事のアイドルとは違い、そもそも注目を浴びることなんて何とか彗星が見れる確率くらい滅多にない俺にとってこの状況は冷汗がコップ一杯になるくらい、顔が真っ青にさながら四次元のあいつの様になるくらい気分が悪くなる。

 「・・・・ちっ、これでも出てこないか。これだからガキは。」

 「えっ?」

 末摘花のボヤキは俺の耳には届かず、というか誰にも聞かせるつもりは無く、どこか自分に語りかけるような。

 「ってー皆、なにマジになってんのぉー?てかてかーフラッシュモブ的な、突如アイドルがシリアスな場面作った的な感じ?どうだったかなー?私女優もいけちゃうんじゃん!きゃぁーーやっちゃえ日産、やっちゃえみーたん!」

 はがした仮面を再度つけ直す。

 それも次は外れないように強く強く、まるで元々、生まれた時から付いていたかのような。

 その瞬間、クラスはさっきの沈黙が嘘のように盛り上がる。

 「みーたんならいけるよ!」「サイン、サインください!」とその場が本当にいつもの教室なのかと疑いそうになるような、ここがアイドルとの握手会場だと言われても「ああそうですか」と納得してしまう様な狂喜乱舞。

 それは末摘花によるサプライズへの喜びなのか、それともいつもの末摘花に戻ったことへの安堵からか。

 そもそもいつもの末摘花というのは一体どの末摘花なのか。

 それはアイドルの様にきゃぴきゃぴとみんなの理想、欲求を叶える姿か。

 それとも氷の様に冷徹で、すべての物事を俯瞰し、まるで大人の様に振る舞う姿なのか。

 はたまた俺の知らない仮面をかぶった末摘花。

 もしくはそれら全部・・・・。

 3年間という高校生にとっては果てしなく長く、人生という単位で見れば限りなく短い時間では俺にはまだ何1つ分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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