60 相性


 グラスの水をリサに手渡し、ソファーの前の床に腰を下ろした。


「ごめんよ。私はどうもものわかりが悪い奴でね。いつもみんなから怒られる」


 言いながら随分と横柄な謝り方だなとは思ったが、これでも私にしては下手したてに出た方だ。


 言い直そうかと口ごもっている間に、水を半分ほど飲んだリサは少し落ち着きを取り戻したようだ。


「私はただ、ショーンのことをわかってもらいたかった。それだけです」


「君のことも、だね?」


 リサは一瞬目を丸くし、はにかむような笑みをこぼした。


「そうね」


 理解されることだけが叶わなかった。そんな二人が出会い、この大いなる偶然の管理者といわれるような存在をともに信じようとしている。


「誤解がないように言っておきますけど……ショーン自身は、わかってほしかったとか、恨み言なんて一言も言ってないのよ。お二人については、心配かけて申し訳ないなあ、早く連絡しなきゃなあ、っていつもそればっかり」


 文句の一つも言ってくれた方がまだ楽だ。蓋を開けてみれば、あいつに落ち度など何もなかった。


「私だって、決して両親のこと恨んでるとかじゃないの。これ以上ないくらいに愛されて、あれこれ与えてもらったわけだし、彼らのお陰で今があるのはわかる。感謝もしてる。でも、何ていうか……ただただやるせないの。人間の限界っていうものが悲しくて仕方ない。他人に理解されなかったり、他人を理解できないのはまだしょうがないと思えるけど、親子なのよ。収入も愛情も十分あって、誠心誠意尽くして、それでも親って結局、自分に似た子のことしか理解できないんだなあって。そう思うと、がっくりきちゃうの。だったら私は親になんてなりたくない」


 いろいろだなあと思う。私は逆に、父親に対する不満から「俺が手本を見せてやる」と奮い立ったようなものだ。結果は残念ながら振るわなかったわけだが。


「でも、不思議ね。こんな話、ショーン以外誰にもしたことなかったのに」


 ホルモンのいたずらのせいであれ何であれ、リサが話す気になってくれたことは嬉しかった。


「やっぱり、親子にも相性の良し悪しってあるみたいね」


「えっ?」


「ううん、何でもない」


 リサはごまかしたが、私も似たようなことを考えていたから、何だかくすぐったかった。


 思い上がりかもしれないが、この嫁の考えていることは大体察しが付く。信哉のことはようやくはしっこの方が見え始めたばかりだというのに。


 血のつながりと性格の類似や相性はまた別。それを改めて裏付ける事態だ。血がつながっているとか、自ら生み育てて長年一緒に暮らしたとか、そういった条件を単純な共通点や相性というものはときに超越するのかもしれない。



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