57 真相
翌朝八時、つまり日本時間の夜十時に麻子がビデオ通話で呼び出したのは、他でもない、我が家の長女。
孫たちはすでに寝入っていた。私も最初に顔だけは見せたが、あなたは散歩でもしてらっしゃい、と邪魔にされた。所在なく近所をうろつきながら待つことにする。話は長くなるだろう。
五月も半ばを過ぎ、こんな晴天の下を歩いていると少し汗ばむほどだった。これまでハイウェイとの出入りしかしていないから気付かなかったが、意外と起伏に富んだ地形だ。ちょっとした丘の上から未開発のエリアを見下ろすような格好になる。濃い緑が一面に生い茂り、土地があり余っているのを改めて実感する。
他の家を七、八軒通り過ぎた先に、新築中の家が何軒かあった。それを過ぎると、なだらかな坂道が一度下り、そして上る。
日頃運動らしきことをしていない自覚があるとはいえ、妙にしんどいなと思い、はたと気付く。そういえば、こちらへ来てから「歩く」ということをほとんどしていない。町全体が車での移動を前提に作られているため、歩く用事がまずないのだ。わざわざジムにでも行くか、こうして散歩でもしないことには本格的に運動不足になってしまう。
少しペースを落としてぼんやりと歩きながら、昨日のリサの様子を思い出す。ズバッと切り込むような物言いが耳に残っていた。
――もっと知る努力をしてほしかった。
――きちんとやり直してあげてください。
つい苦笑がこぼれる。まだ付き合いの浅い
あまり遠くへ行くと力尽きて帰れなくなりそうで、手頃な縁石に腰を下ろした。ハイウェイとは違い、住宅街は車の往来も少ない。丈の長い芝がぬるい風にそよぐ光景は、
望んでいたのかもしれないな、と思う。いつかこんな風に攻撃を受けることを。
反論。意志。根性。食ってかかる心意気。これこそ、私が長年求め続けた芯のある息子像ではなかったろうか。皮肉なものだ。せがれの誕生から三十年という時を経て、彼が妻にと選んだ女性にそれを見出すとは。
そんな彼女が、信哉のことで涙を流し、胸を痛めている。子は成長し、こうやって伴侶を見つけ、命をつないでいくんだな……そんなことを思った。二人は子供を作らないと決めているようだが、それでも新しい世帯が誕生したことに変わりはない。
不思議なものだ。信哉が家を出た時点では、それを自立と呼ぶ感覚はなかったのに。リサがあいつを大人にしてくれる。そんな安心感が生まれつつあった。
あいつは、まだまだ生きねばならない。
たっぷり一時間ほど潰して帰宅すると、麻子が待ち構えていた。
「知ってたわ、志穂」
「うん、何て?」
「妊娠は嘘」
「……ああ、やっぱりか」
信哉のできちゃった騒動は、私のこれまでの認識とは丸っきり違うものだったことになる。何てことだ。
「最初からちゃんと話すと……まず、私たちへのできちゃった報告のすぐ後に、信哉から志穂に相談がありました。相手の妊娠が本当かどうかを確かめるにはどうすればいいかって」
「ははあ……あいつも疑念を抱いてはいたんだな。あの女に
「そう。本人は詳しくは言わなかったみたいなんだけど、志穂の推理では、かなり気を付けてたから妊娠するはずないとか、あの子鼻がいいから、妊娠してるはずなのに生理の臭いがするとかで不審に思ったんじゃないかって」
我が娘の生々しい推理に思わず顔をしかめる。
「でも、いきなり面と向かって美香さんに嘘だろうとも言えないから姉ちゃんに相談してきたんでしょうね。で、志穂からは、『次の検診に一緒に行こう』とか、『母子手帳ってどんなの? 見せて』とか言ってみな、ってアドバイスをしました」
「なるほど」
「で、しばらく経って、やっぱり嘘つかれてた、って信哉から電話が来たと。それで、美香さんの当初の計画通り流産したことにするけど、そのことは誰にも言わないでくれって頼まれたんだって」
「そこがなんでそうなるんだよ。志穂も止めなかったのか?」
「止めようとしたとは言ってたけど、信哉があまりに必死だったもんだから説得できなかったみたい。あのね、娘が妊娠をでっち上げて振られたっていうのと、娘が流産して婚約者が逃げ出したっていうのと、どっちの方がその家族にとって円満な結末になるかわかるでしょって、信哉がそういう言い方をしたんですって」
その家族にとって? 我々の一大事にそんなことを気にしている場合か? 理解に苦しみ、唸るばかりだ。
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