46 イマーン
「私のこと、ひどい女だと思うでしょう?」
「いや、まあ……」
「ショーンが私のために難しい宗教に入信して頑張ってるのに、よく平気でその世俗っぷりを貫けるねって、ムスリムじゃない友達や同僚からよく言われるの」
そう言いたくなる彼らの気持ちもわかる。
「彼の選択が結婚のためとか、私のためとか、そういう風に思う人が多くて」
「まあ、普通はそう思うよね」
私だって、当初はそう信じて疑わなかった。
「実際、直接のきっかけではあるんですけどね。ショーンも最初は、入信しなくちゃ結婚できないんでしょって、それが条件だから考えるまでもないみたいに言ってたの。でも、私はそういうんじゃダメってはっきり言いました。私は結婚せずに同棲で全く問題ないし、その結果家族と縁が切れてもかまわない。だからきっかけが何であれ、あなた自身が他のすべてを抜きにしてイスラムとどう付き合っていきたいかを純粋に決めてちょうだいって。私のためっていう理由なら認めないって言ったんです」
責任を負いたくないがための予防線、あるいは身勝手な言い草という風にも取れるが……しかし、私がパラパラとめくっていた信哉のノートは、ちょうどそれに関係する箇所に差しかかっていた。
「
リサにこれを伝えると、
「そう。そう言ってました。結婚と改宗から半年ぐらい経った頃だったかな。最初は突き放された気がしてちょっと驚いたけど、結果的にはよかったって」
「イマーンってのは? イマームじゃなく?」
「イマーンは、簡単に言えば信仰心のことです。どんなに
「君もかい? 日によってイマーンが上下するの?」
不意を突かれたリサは、
「どうかしら?」
と、苦笑いでごまかした。
「本当は私が一緒に頑張れば一番いいんですけど、表面上だけ真似事をしても意味がないの。だからショーンには、私がいつか……」
リサは言いよどみ、こう言い直した。
「ショーンには、助けになってくれそうな人を紹介したり、役立ちそうな動画を教えてあげたりしてます」
「そういえば、モスクに一人、改宗者の白人女性が来ててね。信哉と似たような苦労を話し合ったりしてるって言ってたけど」
私と麻子が一度ジュムアを見学したことはリサも知っている。
「ああ、彼女は……いくらかはショーンと共通の困難も抱えてます。でも、あの人はもうぶれないところまで確立されちゃってる感じがあって」
「あ、そうなの?」
「生まれながらのムスリムよりもずっと信仰が固まってる改宗者って、結構いるんですよ。彼女は育った家庭にいろいろと問題があったみたいだから、それも影響してるのかも」
家庭に問題があり、それゆえに宗教を頼みとする……いや、その人の家庭の問題というのはおそらく、明白な虐待とか親の離婚とか、そういう特殊な状況に違いない。もっと
「自分の選択」という信哉の先ほどの書き込みを思う。とうとう本人の言葉ではっきりと認められてしまった。結婚がきっかけではあったが、それ以外の何らかの理由で、あいつは神を信じる選択をしたのだ。
「ショーンが彼女と意気投合したのは主に、信者でない家族に関する部分かな」
信者でない家族。それはつまり、我々のことだ。
「彼女は改宗にあたって家族に猛反対されたんです。縁を切る覚悟で踏み切ったけど、うまく切れてもくれなくて……みたいな」
「それは大変だ」
「ショーンだって、反対されるのを心配したからこそ、言わないままこんなに時間が経っちゃったわけだし」
「……そうだね」
もし事前に聞かされていたら、あいつの懸念通り私は反対しただろう。例の件を忘れたのか。お前がいかに中途半端だったことか。結婚や職業をナメきっている人間に宗教など務まるものか、と。
現に私は、入信の事実をリサから事後報告された当初、婿養子のときと同じ軽いノリを感じ取った。何となくふわふわと流されるようにこの道に入ったに違いなく、状況が変わればまたふわふわと離れる程度のことだと。それは大いなる誤解だったようだ。
となると、じゃあなぜ、という疑問がますます大きく膨れ上がる。宗教とは通常、何らかの困難に見舞われ、救いを求めている人がすがるものではないのか。あいつは何からの救いをそんなにも求めたというのだ?
リサやその家族の「居心地の良さ」に、信哉は何度も言及しているという。写真に写った表情を見れば、それがただのおべっかでないことは一目瞭然。
信哉がこの家族によほどの感銘を受け、真新しい人生を切実に
宗教違いだが、「地獄に仏」という言葉が浮かぶ。私はさしずめ地獄の鬼か。
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